大河内高原ライン
「砥峰高原と峰山高原を結ぶ大河内高原ラインってのがあるそうなんだ」
高原ラインって気持ちよさそうな道じゃない。
「とりあえず全面舗装されていて走れるそうだけど、かなりのワインディングロードだそうだ」
ついでに道も狭いのか。その代わり交通量も少ないそうだけど、少ないのには理由があるってやつだな。でも下りて登り直すよりましかも。距離は?
「ナビで六キロ半となってる」
健一も渋ってるところがあるのよね。あの化物ハーレーはワインディングは苦手らしいんだ。バイクはクルマに較べると小回りが利くのだけど、あそこまでのサイズになるとさすがにね。
さらに言えばバイクも生産された国やメーカーの特徴はあるのかもしれない。ハーレーはアメリカ産だけど、アメリカで走るとなればワインディングロードを駆け巡るイメージはないものね。イメージで言えば地平線まで見える原野と言うより荒野に伸びるハイウェイを走って行くだもの。
ハーレーだってあれこれあるだろうけど、健一が乗ってるロードキングはある意味でハーレーらしいバイクで、それこそ大陸横断が似合ってる感じがする。その代わりじゃないけどツイスティなワインディングは苦手そうなんだよね。
日本製だって得手不得手はあるけど、日本で販売されているのは、日本の道を走るのにそれなりには適合しているはず。だからアリスのダックスちゃんの方がそういう道は得意かもしれない。あれこれ相談したけどトライすることにした。
交流館の近くから高原道路に入るのだけど、へぇ、すすきが原が見渡せる良い道と思ったのは一瞬だった。なんなのよこの道。狭くてクネクネなのは覚悟していたけど、なんちゅうアップダウンだ。
走り始めてすぐに後悔したけど、入ってしまったものは仕方がない。たった六キロ半だ押し通してしまえ。そしたら前からクルマが来た。クルマが来たと言うからには通れるはずだと思ったのだけど、クルマを停めて話しかけてきた。
「落石があって行けまへんで」
あちゃ、ここまで来てるのに。引き返そうと思ったけど、健一はなおもクルマのドライバーと話し込んで、
「行くだけ行ってみよう」
落石現場でも見たいのかな。それともバイクなら通り抜けられる隙間でもありそうなのか。しばらく走ったら、あちゃちゃ、大きな岩が道を塞いじゃってるじゃない。あれじゃあ、バイクでも通れないよ。
そしたら健一はバイクを下りたんだ。ちょっと冗談でしょ、まさかあの岩をどかす気とか。あんなものクレーンでもないと絶対に無理だって。それかブルドーザーで谷に押し落すとか。
「ちょっと大きいな」
ちょっとじゃないでしょうが。えっ、えっ、なにをする気なの。健一は岩に向かって空手チョップをって、そんな事したって・・・割れちゃったよ。
「岩にも弱点と言うか目みたいなものがありまして・・・」
それは聞いたことがあるけど、それだってタガネとかを打ち込んでなんとか割れるか割れないかレベルのはず。それなのに素手で割ってしまうってどうなってるの。
「よっこらしょ」
アリスは自分の目を疑いそうになった。健一は割れた岩を谷に突き落としちゃったのよ。他にもあったもう少し小ぶりの岩なんて片手ヒョイとつかんで投げてるじゃない。健一ってどれだけ力持ちなんだよ。格闘技が嫌いならウエイトリフティングでオリンピックを目指したら良かったのに。
「これぐらいはロケ現場で良くあるから」
それ言葉が間違ってるぞ。そりゃ、ロケ現場に行けばそういう事があるかもしれないけど、あんなもの人力で、それも一人でどうにかなるものじゃない。あそこまでになると、もう人間業を越えてる気がする。そもそも岩がどうしてあんなに簡単に割れるんだよ。
「通れるようになったよ」
日本で怪力伝説と言えば相撲取りに多いのだけど、まずは横綱栃木山。引退してからアメリカの酒場で力比べを挑まれたそうなんだ、相手の男は鉄棒を折り曲げて見せたそうだけど、栃木山はそれを真っすぐに伸ばし直して返したそう。
他にも大関の伊勢ノ浜が百五十キロの大鈴を片手で持ちあげて振ったとか、横綱太刀山が二二五キロの砲弾を片手で抱えたとか。どれも驚異的な怪力記録だけど、健一が押しのけた岩はもっと重いはず。
いっつも思うけど、健一って持っている才能とやりたい事がバラバラと思えて仕方がない。その気さえあれば格闘技界のチャンプにだって、オリンピック重量挙げの金メダリストにだってなれたはずなんだ。
だってだって、健一の怪力も喧嘩の強さも特別のトレーニングを積んだものじゃない。たかだか現場労働者として自然に鍛えられたものだもの。それなのにあの桁が二つ違うほどの強さはなんなのよ。
健一はね、もって生まれた最大の才能である体には興味も関心もないとしか言いようがない。せいぜい気は優しくて力持ち程度にしか活かしていないってこと。でもね、それが健一の本当の魅力の気だけはしてる。
魅力と言うか格闘技界の王者だとか、オリンピックチャンピオンにならなかったからこそアリスの彼氏になってくれたのじゃない。ここも健一に選ばれたアリスは幸運だったけど、健一にとって不幸である可能性は神棚に上げさせてもらう。
それより何より神戸アート工房の専務になってるのだって立派な成功者だ。それに健一は満足しているようだから文句のつけようもないもの。ただ健一のイフの可能性を考えると人生って本当に何があるかわからない気がする見本みたいな人だ。
そこからもクネクネ道に大苦戦した。だってだよ、舗装こそしてあるけどガードレールさえないところが多いから、ちょっとでもスピードを出し過ぎたら谷底に落っこちそうだったもの。
「あそこみたいだ」
やっと峰山高原に着いたみたい。へぇ、ゲートがあるんだ。そのゲートの奥にはオシャレそうなホテルがあるじゃない。なるほど、ここは冬はスキー場なんだ。そのためのリゾートホテルってことか。さっきのゲートも冬は有料駐車場になるからで良さそうだ。
「こういうところは冬以外にどうやって客を集めるかになるんだろうな」
それは思った。キャンプ場やグランピング施設を作ってるのもそのためなんだろう。スキー以外で峰山高原にわざわざ出かける人は限られてるものね。でもさぁ、
「それはボクも思ったし、高原ラインもそのために整備されようとしてるのもあるみたいだ」
砥峰高原は秋の休日なら渋滞が起こるほど人気があるそう。でもあそこには交流館こそあるものの、他はなにもないとしても良いと思う。砥峰高原は行ってみるだけの価値は確かにあるけど、他にもう一つぐらいセットで回れるところがあれば嬉しい感じかな。
「生野銀山ってことになるのだろうけど・・・」
まあそうなんだけど、砥峰高原と峰山高原はたったの六キロ半なんだよ。周遊で余裕で回れる距離じゃない。
「高原ラインは事前にも調べたのだけど・・・」
今日だって結構な道だったけど、かつてはもっと酷かったんだって。舗装は途中で切れて、そこからは轍を走り、最後にはクルマでもバイクでも通行の安全は保障しないって警告看板まであったぐらいだそう。
それが全面舗装まで整備はされて、アリスのダックスちゃんでもなんとか走れるようになったのだけど、あの道を走るのは根性が必要と思う。アリスは知らずに突っ込んだけど、ああいう道だと知っていたら、運転に自信がない人は敬遠するのじゃないのかな。
「バイクでもワインディングを楽しむレベルと言えないものな」
それと道幅の狭さ。クルマの通行量が増えたらすぐにパンクしちゃうよ。とはいえ、これ以上の整備は費用がかかり過ぎるんだろうな。なんかもったいない気がするけど、
「まあな。砥峰高原が人気があると言っても、しょせんは知る人ぞ知るだからな」
そんなことを話しながらホテルのフロントに。グランピング場に案内してくれたけど、良く言えばコテージ風、悪く言えばコンテナハウスみたいなところだ。ユーチューブで確認した時はテントだったけど作り替えたみたい。
そのコテージの前にウッドデッキがあって、そこにターフがかかってる。電気も通っていて冷暖房もあって、そのまま泊れるってことで良いみたい。思っていた以上に快適そう。高原のお散歩を楽しんでからお風呂だけどホテルのお風呂が使えるのが嬉しいな。露天風呂まであるとはね。
ホテルのロビーでもゆっくり寛いで、夕食はウッドデッキでのバーベキューだ。売店でビールを買い込んで、
『カンパ~イ』
こういうロケーションで食べるとテンションが上がるし美味しい気がする。あははは、コトリさんたちが居たら、どれだけ追加注文したんだろうな。バーベキューを堪能してから健一と夜空を見てた。
これはこれで贅沢な星空の気がする。こんな星空は神戸じゃ絶対見れないもの。満天の星空って良く言うけど、こういうのこそ、それのはず。星座を決めたり、それにまつわる神話を考えたのは古代の羊飼いだとも言われてるけど、そんなことを考えたくなるのもわかる気がする。
こんな時間が過ごせるようになるなんて、健一と出会う前には考えもしなかった。そりゃ、コトリさんたちの言う通り干物女だったもの。でも今は違う。健一と言う潤いが出来て、ピチピチギャルは無理としても、干物じゃない女になれてるはず。
そうだそうだ、今夜はどうなんだろう。やるとかやらないじゃなよ。つうか今夜はやらない。さすがに隣に音が筒抜けになりそうだし、家族連れがお隣さんだから子どもの教育に良くないもの。
そんな事じゃなく結婚への大事なステップだよ。そりゃ、結婚なんか婚姻届を役所に出せば出来るけど、その前にやらねければならない儀式があるのよ。そんなもの今さらってカップルもいるかもしれないけど、アリスはちゃんとしたいの。
そういうシーンの主人公になる日をずっと夢見ていたんだから。女なら誰だってそうじゃないかとまで思ってる。今夜のシチュエーションならあるかもと思っていたけど、どうも無さそうな気がする。
ここであっても良いとは思うけど、あの儀式のロケーションとしてちょっと違うかも。なにが正しいやり方かなんて決まりはないはずだけど、
「流れ星だ」
健一と幸せになれることを一生懸命に祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます