思わぬ展開

「葛木の末路のシナリオなんて、どこに書いているのですか」


 あれはネット漫画だよ。動画と言うより紙芝居みたいなものだけど、徳永君は見たことないかな。


「ネット漫画なら恋愛物も書いてるのですか」


 当然だよ。これが一番依頼が多いかな。すれ違い、思い違い、一途な想い、三角関係・・・なんでもござれだ。


「幼馴染ラブは?」


 ジャンル的には好きな方だ。定番中の定番は、幼稚園・保育園時代から続いていて高校生で恋に落ちるやつ。これもいくつかパターンがあるのだけど、これまで同い年の友だちだったのが、ある時から異性として意識してしまうのは王道だ。


 存在が近すぎて相手の気持ちに気づかないとか、お互いに意識してるのに幼馴染が故に喧嘩になってしまうとかもある。紆余曲折があって相手の気持ちがわかり晴れて恋人同士になるぐらいかな。


 でもこのパターンは個人的に不満がある。こういうシナリオの暗黙の前提はハッピーエンドだ。恋愛のハッピーエンドとなれば結婚になるのだけど、高校生の恋って部分に引っかかる。


 高校生で恋人になるのは何の問題もないし、アリスも彼氏が欲しかった。でもさぁ、高校生から結婚となると交際期間が長すぎるじゃない。たとえば大学進学なんかしてしまえば、それだけで四年だ。


 高校生カップルの結婚率のデータは三十%ぐらいなんてのがあるそうだけど、アリスの知っている範囲ならもっと低い気がする。この辺は高卒と大卒で違いもあるだろうけど、どう考えても結婚までに長すぎる春があるもの。


 だから幼馴染ラブでも再会物の方が好きかな。ふとした偶然での再会ってパターンだ。この辺は同窓会で再会にさせるのが一番お手軽だ。卒業してからの歳月があるけど、これはお互いが変っている設定に出来るんだよね。


 人って変わるのよ。高校時代にキラキラしていても冴えなくなっているケースもあるし、その逆だっていくらでもある。幼馴染ラブだから魅力はパワーアップかな。もちろん長年の秘めた想いパターンも余裕でアリだ。


 社会人同士で恋に落ちるのだから、そこから結婚を目指すのは無理ないじゃない。あっ、わかった徳永君もそんな出会いを求めて同窓会に出席したんだろ。


「無いと言えばウソになります」


 お目当ての子はどうだった。


「欠席でした」


 そりゃ、残念。今の徳永君なら落せたかもしれなかったのに。それぐらい男らしくなってるもの。


「四葉さんは会いたい人はいなかったのですか?」


 いるわけないだろ。あの頃のアリスは小説家を夢見る陰キャ文学ボッチ少女だったものね。文学ボッチ少女だって恋をするけど、さすがに同級生ラブをしようにもガキに見えたのは白状しておく。


「まだ中坊でしたからね。あの頃の四葉さんは孤高って感じがしました」


 どこが孤高だ。誰にも相手をされなかったから、ボッチだっただけじゃないの。


「ところで今のボクはどう見えますか? 設定的に幼馴染ラブに近いじゃありませんか」


 ちょっと違うかな。幼馴染と言うよりか同級生ラブの変形バージョンに近いと思うよ。歳月を隔てた再会物というジャンルは同じだけど、幼馴染ラブとするには淡くても幼な恋の要素があってのものになる。


 もっともこれは細かいジャンル分けの話で実態的には同じとしても良いと思うよ。そういう意味では男の成長に目を瞠らされるパターンになるかな。中学の時には恋愛対象にもならなかったのが、すっかり男らしくなっていて密かなトキメキを感じるぐらいだ。


「へぇ、ボクにトキメキを感じてくれるなんて光栄です」


 そりゃ、トキメクに決まってるじゃない。婚活的には余裕で優良物件だ。欠点は強いて上げると現場労働者の点かな。現場労働者が悪いはずはないけど、葛木じゃないが現場労働者って言うだけで底辺と決めつけるのがいるものね。


「学歴至上主義者とか、学歴信仰の人に多いと聞きます」


 学歴はなんだかんだと言いながら必要だとは思う。良い学歴を得るには並大抵でない努力が必要なことぐらいは横目で見ていたからね。そこまでして得た学歴は社会人としてのスタートを有利に切れるのは間違いない。


「就職できる会社から違ってきますからね」


 それぐらいの価値は十分にあるのが学歴だ。けどね、社会人になれば評価されるのは実力とそれに伴う実績がすべてだ。いくら素晴らしい学歴を持っていても、実績を残さないとすぐに色褪せる。


 ここなんだけど学歴信仰になる人が多いのは、良い学歴での成功者に多い気がする。現在の成功は良い学歴を取れたからって考え方かな。言い換えれば、良い学歴を取れる能力はイコールで社会人としての能力になるぐらいだ。


 これだってそう言う人が決して少なくないのは否定しない。もっと言えば当人の密かな自負ぐらいであれば問題は無いと思う。良い学歴を取れるのはある種の能力だとは思うし、学歴を取れる能力が社会人としての能力と連動している部分があるのも否定しない。


 だけどねイコールじゃない。良い学歴があっても社会人として無能なのはいるし、その逆だっている。ここは言いだすとキリがないのだけど、


「それでも相対的に良い学歴を持つ者に、社会人としても能力が高い者がいる比率が高いぐらいは言っても良いとは思っています」


 なんだよね。これだって未知数のところがたくさんあるのだけど、就職の時の物差しには学歴ぐらいしかないものね。まったく関係ないって力説するのもいるけど、あれはあれで言い過ぎだと思ってる。だけど学歴信仰はもう一段考え方が飛躍する、


「良い学歴がないものは無能の証拠」


 上手いこと言うね。学歴がないものは頭から認めようとしないのが学歴信仰としても良いと思う。


「まあ、それなりに苦労しましたからね」


 徳永君の最終学歴は専門学校卒になっちゃうものね。それもイラストの学校だから高卒並みに見るのもいるかもしれない。そういう意味で学歴信仰傾向のある女には避けられるかもしれない。


 ここもだけど別に自分の結婚相手をどんな条件で選ぼうが人の勝手だ。学歴重視でも、収入重視でも問題は無い。それでも徳永君が独身どころか彼女もいない方が不思議過ぎるぐらいだ。じゃあさぁ、アリスはどう見えるの。


「高嶺の花の初恋の人です」


 どっひゃぁ。それ相当変わってるよ。それに高嶺の花って誰の話だ。今でもこんなものだけど、中学の時なんて輪をかけてたのがアリスだよ。女性への趣味が歪み過ぎてるよ。


「そんな四葉さんがさらに魅力的になって現れたので驚きました」


 はぁ、それって眼科に行った方が良いよ。いや、こういう場合は精神科かも。徳永君もアリスがオフィス加納に頻繁に通ってるのを知ったそう。そりゃ、顔ぐらい合わせるものね。


「申し訳ないですが、なかなか顔と名前が一致しなくて・・・」


 それはお互い様だ。中学以来だもの。それでもアリスの苗字と名前の組み合わせは珍しい方じゃない。芸名かもしれないって思いながら履歴書を見たってか・・・おいおい、そんなものどうやって、


「麻吹先生に頼んだら見せて頂けました」


 おいおい、どうして麻吹先生がアリスの履歴書なんか持ってるんだよ。責任者出て来い。まあ実害は無いようなものだから許すけど、四葉アリスは本名だし、生年月日も同じだったからアリスだと確信したのか。ちょっと待った、ちょっと待った。この話の流れは良くないよ。


「夢にまで見た四葉さんとの再会のチャンスを逃したくなかったのです」


 夢ってホラー物の悪夢か。ゾンビになったアリスが徳永君を襲うとか、


「勇気を出して声をかけたら、思い出してくれてホッとしました」


 やっぱり精神科に行くべきだ。徳永君はイイ男になったのは認める。今なら余裕で恋愛対象内だ。それぐらいイイ男になってるから、こうやって二人同窓会にもノコノコ、いやイソイソと出て来てるからね。


 でもね、でもね、徳永君に自覚はないかもしれないけどイイ男になり過ぎてる。こうやって話をしたらなおさらそうだ。あんなに強いのに、こんなに紳士なんだぞ。アリスだってトキメクぐらいだ。


 徳永君ならアリスを選ぶのはもったいない。それどころじゃない、アリスなんか選んだら人生の失敗、黒歴史、不良債権になっちゃうじゃない。そりゃ、男は初恋の相手をいつまでも想い続けるらしいけど、あれは幻覚だ、妄想だ、気の迷いだ、青春の汚点だ。


 今の徳永君ならアラサーのアリスをわざわざ選ばなくても、もっと若くて、可愛くて、家庭的で、献身的な女を選び放題だ。それぐらいはアリスが保証する、それなのに選りも選って究極のハズレ女のアリスを選ぶな。


 これは徳永君を立派な男と認めたからの忠告だ。徳永君の初恋の相手がアリスだったのは嬉しかった。あの頃のアリスでも好きになってくれてる子がいたんだもの。アリスに全然そんな気がなかったのは置いとかせてもらう。


 でもね、でもね、だからと言って恋人になりたいなんて思ってもいない。なりたいのはせいぜい異性の知り合いまでだ。だからこの話は終わり。これ以上は口にしたらいけない。なのに、なのに、


「誰を好きになり、誰を愛し、誰との結婚を目指すかは自分が決めるものです。その時に相手の美醜、相手の性格、相手の長所短所の評価を決めるのはすべて自己責任です。ボクは四葉さんが好きです。どうか付き合って下さい」


 ああ言っちゃった。アリスの話を聞いてないのかよ。アリスは徳永君の相手に相応しくないってあれだけ言ったのに。

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