クズ野郎の思い出

 五年ぐらい前だったけど中学の同窓会があったんだ。


「卒業十周年ってなってましたね」


 つまりは二十五歳になる年だった。アリスは欠席したけど徳永君は、


「あの時の幹事はしつこかったものですから・・・」


 そうだった。欠席の返事を出してるのに何度も電話をかけて来たもの。それってやっぱり、


「だと思います。誰だって忙しい頃ですからね」


 高卒なら七年目、大卒だったりしたら三年目だから、まともに社会人やってれば若手として忙しい時期だものね。女子には仕事だけじゃなくもう結婚して子どもがいるのもいた。そうなると、


「子育てもあるし、旦那がウルサイとこもあったみたいです」


 あははは、そういう点では男より女の方がハードルが上がるよね。アリスもあの頃は会社員だったから、ちょっと時間が取れないから欠席にしたかな。でも本音としては他にもある。


「どうしたって成功報告会の一面はありますものね」


 そりゃ、顔を合わせたら卒業してからどうしてかの話は出るし、当たり前だけど今はなにしてるの話題は避けようがない。それが言えるだけのプチでも成功者じゃないと二の足を踏むところがあると思う。ましてや失敗者状態なら出欠の返事をするのも嫌だと思う。


 この辺の成功度合いはあくまでも主観的なものだよ。だから自分が十分と思えば出席するし、逆に他人からは良いと思われても、それでは不十分だと思って欠席するのもいる。この辺の心理は微妙だろうけど、


「あの頃のクラスの立ち位置もありますよね」


 はっきり言うね。アリスは文学陰キャ少女でクラスの端っこにいるような存在だった。


「ボクも似たようなものでした」


 そうだった。同窓会となれば、どうしてもあの当時の人間関係が出て来てしまう。ぶっちゃけ、あの頃を懐かしんでの話も、合いたい人もあんまりいないってこと。友だち少なかったからね。


「行って会えばまた違いますよ」


 そういう人もいるけどアリスは気が乗らなかったな。徳永君なら立派な成功者だから胸を張って出席したよね。


「ボクも仕事が立て込んでまして、欠席の返事を出したのですが、途中からでも構わないから顔だけでも出してくれって水木に頼み込まれて・・・」


 水木君はあの時の委員長で幹事。委員長になるだけあって勉強も良く出来ていたし、責任感もあったかな。徳永君はその日も仕事があったそうなんだけど、なんとか終わってくれたから駆けつけたのか。そういうところは義理堅いし、優しいのは昔と同じか。


「でも作業着で行ったのは失敗でしたね」


 文字通りに駆け付けたのか。でもさぁ、作業着だからって失敗は言い過ぎでしょうが。そりゃ、ある程度はそれなりでも着飾りたいだろうけど、


「葛木がいたのです」


 あちゃ、あの野郎も出てやがったのか。アリスが欠席したのは他にも色々理由があったけど、葛木のクズ野郎と会いたくなかったのは確実にある。いや、そっちの方が大きかった。葛木の性格は一言にすれば傲慢だ。


 葛木の傲慢の拠り所にしていたのは、家が金持ちだったことだ、これだって今から思えば、金持ちだ、裕福だと言っても所詮は田舎レベルのもので良いと思う。葛木産業って言う社長の息子だったのだけど、あんなもの地方の下請け程度だもの。もっとも中学生だったからそこまで頭が回るはずもなかったから、


『貧乏人』


 こうやって問答無用に見下されてた。さらにそんな葛木の取り巻きまでいて、手が付けられないって感じだったもの。学校に勉強をしにきてるのではなく、嫌味とボクちゃん自慢をしに来てるとしか思えなかった。アリスもターゲットにされて、


『陰キャブス』


 名前で呼ばれ記憶がないぐらい。


「ボクも陰キャオタクのキモ男でした」


 だとするとまさか二十五歳にもなって、


「顔を合わせた途端に貧乏人の底辺労働者って言われました」


 徳永君が他の同級生から聞いた話では、同窓会が始まってからずっとそんな調子だったみたいで、


「シケた店だ」

「生ゴミみたいな料理なんか食えるかよ」

「相変わらず貧乏人とブスばっかりだ」


 言いたい放題、やりたい放題だったみたい。当然だけど雰囲気は最悪だろうし、徳永君も嫌な思いをしたはずだ。でもさぁ、少しぐらい言い返してやれば良かったのに。葛木の会社なんか神戸アート工房に較べたら、


「今はともかく、あの頃はそうではありませんでした。それ以前に、個人のイザコザに会社を巻き込むのは良くありません」


 そりゃそうだけど、悔しいじゃないの。そうだそうだ、葛木が傲慢だった理由をもう一つ思い出した。あの野郎は体も大きくて腕力も自慢で、それで悪ぶってるところもあったんだ。ヤンキーとか不良とまで行かないけど、気に入らない事があればすぐに手を挙げるって話だったもの。校舎裏に呼び出して〆るってやつ。


「ああボクもやられました。ボクだけじゃなくかなりやられてますよ」


 パシリにされカツアゲされてたのは多かったはず。でもさぁ。それぐらい今の徳永君なら一捻りに出来るじゃない。


「あれは言葉によるコミュニケーションが取れない相手だから使っているだけです。いくら葛木でも言葉がぐらい通じます」


 葛木なら日本語は理解出来るとは思うけど、言葉でのコミュニケーションは無理じゃない。


「それよりなにより、葛木の教育的指導までやる義理はありません」


 か、かっこいい。そこまでされても無駄な力の誇示はする気もないなんて。アリスなら店の外まで吹っ飛ばしてやるのに。それにしても、そんな態度で良く社会人が勤まるものだ。つうか良く就職なんか出来たな。


「実家に就職しています」


 あちゃ、まあ、そうなってるのか。他に行くとこもないだろうけど、葛木なりに順風満帆なのかもね。


「ところでシナリオ的にはこのオチをどうつけますか?」


 定番で良いのじゃないのかなぁ。徳永君は葛木に罵倒されて帰ったみたいだけど、実は罵倒した相手が社会的には立場が上であっただけではなく、大きな取引先で、侮辱したことで怒りを買って、契約を切られて倒産するはどうだ。


 そこまでやりたくなければ、学生気分のままでマウントを取ろうとして他の元クラスメイトに軽蔑され、見放されるパターンはよく使う。中坊のノリが社会人に通用しないのを思い知らされるぐらいの展開だ。


 そうだな、ここにマドンナを出すのも常套手段だ。葛木みないなアホも惚れていて、良い機会とばかりに口説こうとするのだけど肘鉄を喰らわせられるのは常套手段だ。そうだな肘鉄もカウンターが良いと思う。


 マドンナに中学時代から大嫌いだったと面と向かって言われるだけじゃなく、実は葛木がバカにしきっていた同級生と恋人とか、もっと直球にするなら結婚しているのもありだ。


「さすがですね。まさかそんなシナリオも書いたことがあるとか」


 あったり前じゃない。書かなきゃ食えないのがこの仕事だ。でもさぁ、でもさぁ、葛木みたいなクズ野郎にこそ自業自得、因果応報があっても良さそうじゃない。でも無いのが現実だと思う。無いからこそ、願望としてそういうシナリオが求められるんだものね。


「それはそうなのですが、実はあの同窓会なんですが・・・」


 卒業十周年で開催するのは時期として節目なのはわかるけど、同窓会となると葛木が出て来る可能性が高いじゃない。アリスもそうだけど、誰が葛木の顔なんか見たいかって話だ。


「成人式でもかなりだったみたいです」


 そんな葛木が出席するかもってだけで出席は嫌がられるだろうし、アリスもそうだった。だからこそ幹事は必死になって出席者をかき集めようとしたはずなんだ。そこまでして、どうしてやろうと思ったのだろう。


「水木に聞いたのですが、水木は葛木がどうしていたのかを良く知ってまして」


 親の会社に入ってるってやつでしょ。


「そうなんですが、葛木の親っさんは脳出血で倒れて入院して、社長の座を葛木に譲ってるのです」


 あちゃ、社長になってたのか。そりゃ、傲慢にますます輪がかかるし、絶対に出席するはずだ。まさに憎まれっ子世を憚るってこの事じゃない。ホント、出席しなくて良かったよ。そしたら徳永君は含み笑いをしながら、


「なにを言ってるのです。あの葛木が社長になってるんですよ。上手くいくはずないじゃないですか」


 あっ、そうだった。あんな歪んだクズ野郎が会社経営なんて出来る方がおかしいもの。たちまち業績が傾いたのか。そりゃ、そうだろう。会社経営は甘いものじゃないんだから、


「水木は葛木が出席しないだろうと考えて企画したんだそうです」


 なるほどね。もっともそんな事情を他の同級生に話せないから、出席者の確保に苦労していたんだろうな。


「ですが出席の返事が来たのです」


 だから出席して暴れてるのだけど、


「水木もかなり恨みを持っているはずなんですが・・・」


 水木君も何回か校舎裏に呼び出されて〆られ、カツアゲもされたはずだって。その復讐を同窓会でしてやろうぐらいは考えるかも。


「それは半分当たりで、半分ハズレです」


 どういうことだ。へぇ、水木君って経営コンサルタントになってたのか。それもかなりやり手とはやるじゃない。なるほど、なるほど、葛木は会社の経営立て直しのコンサルトを水木君の勤める会社にしていたのか。


「水木に言わせると経営者が心を入れ替えて取り組めばなんとかなるそうです」


 そうなると水木君はもしかして、


「ただ水木もそこまで人格者じゃなかったので」


 水木君の計画は二段だったみたいで、葛木が過去を反省してるようなら手を貸すつもりはあったようだけど、もしそうじゃなかったら。


「シカトで根回ししてました」


 結果はシカトになったのか。葛木が何を言おうが、何をやろうが誰も反応せず、まるでそこに存在しないかのように扱ったとはキツイわ。部屋の隅でヤケ酒飲んでる状態になってたみたいだけど、徳永君が遅れて駆け付けた時には、また暴れ出すとはホントのクズ野郎だ。


「後で水木と話をしたのですが、あそこまでになると手の付けようが無いになりました」


 葛木の傲慢を支えていたのは実家の威光だ。それをすべて失なおうとしているのに傲慢な態度を変えようともしないのは救いようがない。


「それでも水木は、あれが葛木の最後のプライドだったかもしれないとしてました」


 せめて同級生には昔通りの自分を見せようとしたってか。アホや。底なしのアホや。それが生み出すものなど無いじゃないの。


「今までやりたい放題にしていたツケを払わせれるだけって言えばそれまでですが、それでも人は変われる生き物です。十年後は無理でも、二十年後には生まれ変わった葛木を見れるかもしれません」


 徳永君は優しいね。アリスはそんな気に到底なれないよ。それでも人の不幸ばかりを願うのは良くないから、心を入れ替えて再生して欲しいぐらいは言っておこう。

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