第43話 通行証を高く翳(カザ)す

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司

 堀田善衛(疾患者・元新聞記者)

 岡田 滋(疾患者・元准尉) 中村獅童

 肥田春充(体育家・周明の親友)

 杉浦誠一(疾患者・元従軍画家) 柄本 明

 山田欣五郎(性同一性疾患者・元海軍兵)

 首藤操六(疾患者・元参謀副長) 石橋蓮司 

 村瀬源太郎(巡査・GHQ本部付け) 

 ヘレン(GHQ正門受付嬢)


 眼の前に厳めしい元第一生命ビル正門(GHQ本部)が見える。

衛視が二人、両脇に立っている。

右にMP、左に日本の警察官。

山田が『喫茶店の女給』の衣裳に、出前箱を右手に持って左手で『通行証を高くかざす』。

MPの衛視は山田を一瞥(イチベツ)して軽く挙止の敬礼をする。

山田は軽く笑顔を見せてMPに、


 山田「ハロ~、ナイスガイ」


MPは山田に向かって軽くウインク。


 山田「ワ~オ」


日本の警察官が「違和感の眼」で山田を睨(ニラ)む。

山田がビルの中に消えて行く。


 GHQ本部内『受付』である。

山田が受付嬢にウインクをして軽く手を上げる。


 山田「ハ~イ、ヘレン!」

 ヘレン「ハ~イ。? イツモノ、ヨシコハ」

 山田「ヨシコ? オウ、キョウハ カレシト デート。ワタシガ、ママヨ」

 ヘレン「ママ?」


ヘレンは山田の姿をまじまじと見る。

山田が受付名簿に名前と職業欄に『喫茶マロニエ・ママ』と書く。

ヘレンは山田の化粧をジッと見詰めて、


 ヘレン「アナタ、ルージュカラー カエタラ?」

 山田「シャラップ! ヘレン」


ヘレンは呆れた顔の上目使いで山田を見る。


 山田「オウ、ノウ・・・」


山田は出前箱を回転させ、後ろ姿で手を振るように「通行証」を見せてエレベーターに向かう。

ヘレンはそれを見て、おでこを掻きながら俯く。


 周明氏と堀田が受付の前まで来る。

ヘレンに通行証を提示して、周明氏が受付名簿に会社名と名前をサインする。

ヘレンは周明氏の身なりと顔を見て、


 ヘレン「Translator?」

 周明「Yes, He's a newspaper article. Is a marshal at home ?」

 ヘレン「Yes」


周明氏は堀田を見て奇妙な日本語で、


 周明「レンラク シテオイテ ヨカッタデスネー」

 堀田「ミスター小川、有難う。良い取材が取れそうです」


周明氏はヘレンに、


 周明「They seem able to get good coverage today.」

 ヘレン「That was good.」


周明氏はヘレンに軽くウインクする。

ヘレンは両手を軽く開いて。


 ヘレン「Wa~o!」


周明氏と堀田がエレベーターに乗り込む。

堀田が振り向いてヘレンにウインクする。


 杉浦が受付の前まで来て名簿に名前を書く。

ヘレンは杉浦の書いた職業と名前を見て、


 ヘレン「ぺインター?」

 杉浦「ああ、イエス。ぺインターだ。司令官のポートレート画を書きに来た」

 ヘレン「パスヲ、ミセテ、クダサイ」


杉浦は痩せた手で「通行証」をテーブルに置く。

ヘレンは通行証を見て、


 ヘレン「OK! ドウゾ」


杉浦は通行証を手に取りヘレンにウインク。

ヘレンは顔を崩して、


 ヘレン「オウ」


杉浦はエレベーターを待つ。


 首藤が堂々とした態度で、「通行証」をヘレンに見せる。


 ヘレン「コチラニ、ショクギョウト、ナマエヲ、ココニ」


首藤が達筆な字で職業と名前を書く。


 ヘレン「・・・プロフェサー?」


首藤はぎこちなくウインクをする。


 ヘレン「・・・OKプリーズ」


首藤と杉浦がエレベーターを待つ。

エレベーターが到着する。

ドアーが開く。

二人が乗り込みドアーが閉まる。


 岡田が正門を入って来る。

緊張した表情で周囲を見回す岡田。

ヘレンは急(セ)かす様に、


 ヘレン「? ヘイ ユー! カモン」


岡田は頭を掻きながら受付に行き、「通行証」を提示する。


 ヘレン「OK,ココニ、サイント、ショクギョウヲ、カイテクダサイ」


岡田は緊張のあまり声が上ずってしまう。


 岡田「ハイ!」


岡田のサインする手が震えている。


 岡田「・・・岡田紳士服店。岡田 滋・・・」


ヘレンがそれを見て、


 ヘレン「オウ、テーラー?」


岡田は直立不動で、


 岡田「はいッ! 服屋です。元帥閣下の身体の寸法を測りに参(マイ)りましたッ!」


岡田は思わず『敬礼』。の手を止め、ヘレンにウインク。

ヘレンはにっこりして、


 ヘレン「モウ、センソウハ、オワリマシタヨ。アナタヲ、セメルヒトハ、イマセン。マーシャルガ、オマチシテイマス。ドウゾ」

 岡田「はッ! 失礼します」


岡田は軍隊調に踵を返し、エレベーターの前に行き、直立不動の姿勢を保つ。

岡田をジッと見詰め、ため息をつくヘレン。


 『GHQ本部裏門搬入口』に軍用トラックが停まる。

トラックのドアーを開けて村瀬と肥田が出て来る。

村瀬は受付に行き、MPと何か話して居る。

村瀬が硬直して立っている肥田を見て、手招きをする。

肥田が急いで村瀬の傍に来る。

村瀬はMPに江戸弁英語で、


 村瀬「He's shop assistant furniture store.」

 MP「Have a pass?」


村瀬は肥田を睨み、きつい言葉で、


 村瀬「通行証ッ!」

 肥田「あッ! こッ、これ?」


MPは肥田の差し出す「通行証」を見て、


 MP「・・・OK」


村瀬と肥田が搬入口から貨物用のエレベーターに乗る。

貨物用エレベーター内の村瀬と肥田。


 肥田「・・・英語が喋れるんですか」

 村瀬「アタボーよ。知ってる単語を並べりゃ、何とか成るもんでさー」

 肥田「へ~」

 村瀬「あッ、八階だ。肥田さん! 後は頼んまっせッ。新聞で会いましょう」 


エレベーターのドアーが開く。

肥田が降りて、突然振り向き、


 肥田「村瀬さんッ!」

 村瀬「アイヨッ!」

 肥田「いろいろと有り難う御座いました。これ、俺の時計です。形見だと思い取っといて下さい」

 村瀬「何だよ。今生の別れでもあるまいし。まあ、時計は預かっときます。後でまた病院に返しに行きますから」


村瀬はエレベーターから廊下の奥を覗く。

六人が集まって居る。


 村瀬「おお、居る居る。集まってるぞッ! 面白く成りそうだ。じゃッ、肥田さん! 頑張って行ってらっしゃい」


村瀬は力一杯、肥田の肩を叩き、挙手の敬礼をする。


「参 考」

ヘレン・アンドリュー(豪・キャンベラ出身・元オーストラリア軍通訳・日本兵担当)

                     つづく

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