第39話 日劇衣装部へ

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司

 堀田善衛(疾患者・元新聞記者)

 岡田 滋(疾患者・元准尉) 中村獅童

 肥田春充(体育家・周明の親友)

 杉浦誠一(疾患者・元従軍画家) 柄本 明

 山田欣五郎(性同一性疾患者・元海軍兵)

 首藤操六(疾患者・元参謀副長) 石橋蓮司 

 村瀬源太郎(巡査・GHQ本部付け)

 川口六郎(日劇衣装部主任・元陸軍上等兵)

 女 (日劇通用門受付係り)


 有楽町「日劇裏門搬入口」に軍用トラックが停まる。


 村瀬「着きました。で、この奥に俳優課の受付が有ります。みんな『役者』と云う事で元気よく入って下さいね」

 周明「ああ、役者ね。? ちょっと待ってくれ。何と言って入るんだ?」

 村瀬「ああ、そうだ。『オハヨウゴザイマス。衣装合わせに来ました』って言って下さい。で、先生は月組マネージャー樋口と云う事で名前はすでに、川口君から受付に伝わってます」

 周明「私の名前はヒグチだね。で、ほかの方の名前は?」

 村瀬「適当に書いて下さい。ただ・・・」

 周明「ただ?」

 村瀬「ただ、みんな女の名前で書いて下さいね。ここから先は女の世界ですから」

 周明「オンナの世界?」

 村瀬「全員、『オ・カ・マ』。入る前に必ず全員に伝えて下さいよ。入ったら川口君が迎えに来ます。早く降りて下さい。この車、目立ちますから」

 周明「あッ! そうだね」

 村瀬「うまくヤッテ下さいよ。あッ、本部正門の衛視ジミーの次に第二の関門が有ります。ビルの中の受付にヘレンと云う女が居ます。必ず笑顔でウインクをして下さい」

 周明「ウインク?」

 村瀬「片目を瞑るんですよ。こうやってね」


村瀬は周明氏にウインクする。


 周明「あ~・・・」

 村瀬「これも必ず全員に伝えといて下さいね。 ここからは先は最前線ですから」


周明氏は車を降りてトラックのホロを上げる。


 周明「皆さん、着きました。日劇です!」

 首藤「着いたか。よ~しッ!」


六人がトラックの荷台から降りて来る。

周明氏が運転席の村瀬に合図する。

軍用トラックが急いで走り去る。

六人が建物を見上げる。


 杉浦「懐かしいーッ!」


山田は建物に近づき壁に触れる。


 山田「わ~、ここで、衣裳替え?! 夢みたい」


周明氏が物陰に隠れて六人に、


 周明「皆さん、ちょっと集まって下さい。注意事項を伝えておきます」


六人が周明氏の周りに集まる。


 周明「皆さんは、搬入通路の奥の受付に着いたら『オハヨウ御座います。衣裳合わせに来ました』と言って下さい。で、名前は女名(オンナメイ)にして下さい。アナタ達はここから先は女性ですから」

 岡田「女性? オレはオンナか。・・・分った。その後は?」

 周明「中に入ったら川口と云う衣裳の担当が迎えに来ます」

 首藤「カワグチか。分った。よしッ、行こう!」

 周明「あッ、もう一度繰り返します」

 首藤「何だ。早くしろッ!」

 周明「皆さんは、オカマですからね。くれぐれも軍人の癖は出さない様にお願いします」


六人は驚き、


 六人「オカマッ?」


 七人が搬入通路を日劇の中に入って行く。

周明氏を先頭に六人が俳優課の受付に並ぶ。

周明氏が受付に、


 周明「月組マネージャーの樋口勇次です」 


受付の女が、


 女 「ああ、マネージャーの樋口さんですね。こちらにお名前をお願いします」


女は「本日の出入者名簿」を周明氏の前に差し出す。


 周明「ここですか?」

 女 「はい」


周明氏は鉛筆で自分の名前を書きながら、


 周明「・・・後ろの六人は私の事務所の女優です。衣装合わせに来ました」


女はチラッと覗き、


 女 「男役ですね」


堀田が一歩前え進み、


 堀田「オハヨウゴザイマ~ス。『野島ミサキ』で〜す」


受付けの女は気持ち悪そうに、


 女 「男? 役ですか?」

 堀田「はいー」

 女 「そこにお名前を」

 堀田「ここね」


堀田は記名して俳優通路に入って行く。

山田が受付の女に薄笑いで敬礼をする。


 山田「オハヨウ。衣裳合わせよ」


受付の女はエモ言われぬ顔で、


 女 「オ・ハ・ヨウ・・・御座います」


山田は出入者名簿に名前を書く。


 『珠(タマ)いり子』


女は山田をジッと見て居る。


 女 「・・・女性ですか?」

 山田「もちろんよ~」

 女 「・・・男役? ですよね」

 山田「そう。変(ヘン)?」

 女 「あッ、いえ・・・どうぞ」


山田が日劇俳優通路に入って行く。

杉浦が受付の女を見て奇妙な女言葉で、


 杉浦「オハヨウ。私もオンナよ。衣装合せ」

 女 「? アナタも男役?」

 杉浦「勿論よ〜!」


杉浦は達筆な字で、『杉浦春子』と書く。


 女 「杉浦さんは老婆役?」

 杉浦「見える?」


女は気持ち悪そうに、


 女 「え? んまあ・・・どうぞ」


岡田が受付けにそっと顔を出す。


 岡田「オハヨウ。アタシも衣装合わせだ」


女はチラッと岡田の動きを見て、


 「え、えッ?・・・どうぞ、ここにお名前を」


次々に俳優通路に入って行く。

最後に首藤が、


 首藤「オハヨウ。僕も同じよ」

 女 「ボ、ボク? 男性みたいですね。ボクですか・・・。男役ですね。・・・名前を書いて下さい」


首藤はゆっくりと正確に、『岡目はるか』と書く。

女は呆れた顔をして首藤を見る。

首藤はオンナッぽく鋭い『流し目』で、


 首藤「何か?」

 女 「あッ、いえ。達筆ですね。オカメハルカさんですね」

 首藤「そう。問答無用よ。書道の先生役なの」

 女 「ショドウのセンセイ?」


女は首藤を舐める様に見て、


 女 「・・・ど、どうぞ」


六人が俳優通路に入った事を確認して、周明氏が最後に一言、


 周明「ウチの俳優は上方(カミガタ)じゃ有名なんですよ」

 女 「あ〜あ、そうだったんですか。カミガタでねえ。頑張って下さい」


周明氏は俳優通路に消えて行く。


 七人が俳優通路の奥のピロティーに集って居る。

川口が七人を見つけて急いで近寄って来る。


 川口「アラ~、いらっしゃーい。お待ちしてました。こちらよ」


川口は山田と同じ「人格」である。

周明氏が川口に近寄る。


 周明「川口さんですね。大川周明と申します。宜しくお願いします」

 川口「大川さん?! アナタが? 新聞でしか見た事ないけれど・・・良い男じゃない」


周明氏は川口に七人の役割表を渡す。

川口は歩きながら表を見る。

振り返って、後ろの六人を見る川口。


 川口「ウエイトレスってどなた?」


山田が軽く右手を上げて、


 山田「アタシ。ヨロシク」

 川口「あら~。アナタが山田さん? ビルマでお会いしたかったわ」

 山田「絶対アナタとは合わないと思うわ。アタシ海軍ですもの」

 川口「いいのよ。ここで会えたのだから」


八人は階段を上り三階に行く。

奥に「衣裳部」の挿し札が見える。


 川口「ごめんなさい。あそこよ」


衣装に着替えた踊り子達が数人、すれ違う。


 踊り子達「オハヨウございま~す」


川口は踊り子達を見て、


 川口「オハヨウ~ッ! 頑張ってッ!」

 踊り子達「ハ~イ」

 川口「ヨシコッ! 胸、気を付けて。ブラが見えているわよ」 


ヨシコは胸を見て、


 ヨシコ「あッ!・・・ハ~イ」


岡田、杉浦、首藤、肥田達の眼が点。


 堀田「何を見ているんですか! 早く行って下さい」

 肥田「・・・凄いねえ」

 岡田「気合を入れろッ! ただのオンナだ」

 首藤「その通り。ここに居たら気が抜けてしまう。早く行こう」


杉浦は踊り子の尻を見詰めながら、 


 杉浦「あの踊り子の裸体を描いてみたいなあ〜・・・」


川口は衣装室の前まで来てドアーを開ける。


 川口「は~い、ここよ。早く入って」


七人が衣装室に入って行く。

                     つづく

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