第25話 岡田 滋は『仮の病』

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司

 岡田 滋(疾患者・元准尉) 中村獅童 

 堀田善衛(疾患者・元新聞記者)


岡田が廊下の窓から西空を見ている。

周明氏がそっと近づき、


 周明「・・・夕日が綺麗ですねえ」


岡田はその声に驚き、


 岡田「うッ! 貴様(キサマ)は誰だ!」

 周明「いや、102号室の大川周明と申します」


岡田は周明氏をじっと見詰め、


 岡田「大川?・・・死神か」

 周明「死神? ハハハ、そう云う者ではない」

 岡田「・・・?・・・『大川周明』・・・。どこかで聞いた事があるぞ。何か用か?」

 周明「用? いや、そんな大それた用ではない。私も夕日を見ていたいのだ」


岡田はまた窓の外を眺める。


 岡田「・・・南方の夕日は綺麗だ。故郷(フルサト)を思い出す」

 周明「フルサト?・・・どこですか」

 岡田「鹿児島45連隊だ」


周明氏は少し驚き、


 周明「鹿児島? 第6師団でしたか」


岡田は周明氏を睨(ニラ)み、


 岡田「貴様(キサマ)も九州か」

 周明「私は山形生まれの熊本育ちです」

 岡田「貴様は山形か。で、どこで編成された」

 岡田「編成? ああ、この病院で」


岡田はまた周明氏を睨む。


 岡田「貴様も狂っておるの。・・・まあ良い。戦線もこんな展開になってしまったら、狂うなと言っても無理な話だ」


周明氏は夕日を見ながら静かに一言、


 周明「・・・戦争は負けましたぞ」

 岡田「負けたか。だからどうした。俺は国には戻らない。俺は敵前逃亡者だ」

 周明「何をおっしゃる。あなたは今も戦っているじゃないか」

 岡田「うん? 面白い事を言うヤツだ。俺は脳の病だ。励ましても無駄だ」


周明氏は怪訝な顔で岡田を見る。


 周明「自分の病(ヤマイ)が分かってらっしゃるんですか?」

 岡田「自分の事は自分が一番良く分かる。俺は敗残兵で多くの部下を見殺しにしてしまった。戦場を逃げて帰って来たんだ。だから、ここに居るのが一番なのだ」


周明氏はそっと岡田の淋しそうな横顔を見る。


 周明「・・・、岡田さん、そんなに自分を責めなさんな。生きて国に戻れたのも何かの運命(サダメ)です。天は残された者に重任を荷す。我々の祖国を今一度、蘇(ヨミガエ)らさなくては」

 岡田「大川と云ったな。貴様は患者か?」


周明氏は明るく、


 周明「患者? ハハハ、私は患者にされたんです」

 岡田「された? 面白い事を言う気違いだ。俺の部屋は106だ。一緒に来るか!」

 周明「いや、今日の所は遠慮して置きます。今度は私の方からお邪魔します。お邪魔でなければ」

 岡田「ジャマ? 邪魔ではない。何も御構いは出来ないが、朝倉に言って茶と菓子ぐらいは出してやろう」

 周明「ああ、そりゃあ有り難たい。ハハハハ」


周明氏は自分の部屋に戻ろうとする。

と、103号室のドアーが開き、堀田が寝巻きを抱えて出て来る。


 堀田「あッ! 大川先生」

 周明「おお、堀田くん。風呂か。今日は誰と」

 堀田「杉浦さんです」

 周明「杉浦?」

 堀田「104号室の杉浦誠一と云う患者さんです。戦争画家だった方ですよ」

 周明「画家? 戦争画家ですか・・・。で、例の小説の方は順調に進んでますか?」

 堀田「大分進みました。多分、面白い作品に成りますよ」

 周明「そりゃあ良かった。是非、後で読ませて貰いましょう」

 堀田「だめです。トップシークレットですから。洩れたら終身刑に成ってしまう。ハハハハ」


堀田は二人の前を通り過ぎ、奥の風呂に向かう。

岡田は周明氏を見て、


 岡田「先生? アンタは先生か。ノイローゼにでも成ったのか」

 周明「ノイローゼ? そう言えば 戦争ノイローゼ かもしれないな。ハハハ」


岡田は周明氏をキツイ目で睨む。

                     つづく

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