第10話 戦争疾患者『岡田 滋・106号室』

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司

 鮫島昭子(東病棟担当 看護婦) 中条あやみ

 岡田 滋(疾患者・元准尉) 中村獅童


 陽が沈む。

周明氏は入浴を終え、愛用の水色のパジャマに着替え、さっぱりとした感じで病室に戻って来る。

暫くお膳の前で座禅、沈思黙考の瞑想を。

すると、病棟の廊下を「独り言」を言いながら歩いて行く男がいる。


 男 「弾も無い、食う物もない。あの野郎これで戦えと言うのか。クソッ」


男は突然、声を張り上げる。


 男 「衛生兵~ッ! 俺の左手を持って来い。手が無いと着剣出来ないぞ~ッ!」


男は震える小声で、


 男 「さッ、三分したら突撃だ。急げ・・・、手が無い・・・左手、手、・・・岡田、落ち着け。岡田、オカダ、オカダ・・・」


また悲鳴のような大声が廊下に響く。


 声 「トツ、ゲ~〜キッ! ・・・・・。天、皇、陛、下~、バンザーイッ!」


 静まる東病棟。

周明氏が病室の覗き窓からそっと廊下を見る。

裸電球の灯りが廊下を照らしている。

廊下に男が倒れて居る。

叫んでいた男である。

暫くして鮫島看護婦がトレーに注射器を載せて廊下を走って来る。


 鮫島「岡田さん! しっかりしてください。大丈夫ですか?」


反応が無い。

鮫島看護婦は岡田の右腕に、持って来た注射を打つ。

暫くすると岡田の眼が開く。


 鮫島「気が付きましたか?」

 岡田「・・・う! 看護兵か!? 俺は生き残ったのか」


鮫島看護婦は岡田の眼の奥を覗き、いつもの様に芝居をうつ。


 鮫島「ハイッ! 弾は急所は外れています。しっかりして下さい」

 岡田「クソ! 腰の短銃に一発ある。ヤッてくれ」


鮫島看護婦は岡田の腰元を見て、


 鮫島「腰に短銃なんか有りません!」


岡田は腰元を右手で探る。


 岡田「何ッ? 失(ナ)くしたか。・・・オマエは従軍看護婦か! ここはどこだ。急いで部隊長に報告しなければ。起こしてくれ」


鮫島看護婦は気合の入った声で、


 鮫島「岡田准尉、自分で起きなさい!」

 岡田「何ッ! キサマ~・・・」


岡田は鮫島看護婦を血走った眼で睨み付ける。

鮫島看護婦は冷静に、


 鮫島「さあ、起きてお風呂に行きましょう。さっぱりしますよ」

 岡田「フロ? 状況は厳しい。風呂なんぞに入ってる場合ではないぞ」

 鮫島「明日は、観兵式です。閣下が御見えです。身体を綺麗にしなければなりません」

 岡田「カッカが?・・・そうか。風呂に入らなければならないな」


岡田は何も無かった様に立ちあがり、


 岡田「よしッ、行くぞ!」


岡田は肩を怒らせ風呂場に向かう。

鮫島看護婦が岡田の症状をジッと見守る。


この病院の患者は『これが普通』なのである。

                     つづく

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