第2話 移送『東大病院へ』

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司


 廊下で騒ぎまくる男(周明氏)。


 周明「触るな~、ヤンキー!」


法廷付きの米医務官が一喝する。


 医務官「シャラップ!」


医務官は周明氏の腕に鎮静剤を注射する。


 周明「何をするか! 無礼者」


 救急車に乗せられ『巣鴨プリズン』に身柄を送検されて行く周明氏。


 『人道に対する犯罪者』

極東国際軍事裁判所条例から(D,マッカーサーGHQ最高司令官布告)


戦争犯罪者 A級戦犯者 二八名


罪 名 「人道に対する罪」


絞首刑者 七名

 「東条英機・板垣征四郎・広田弘毅・土肥原賢二・木村平太郎・武藤章・松井石根」

終身刑者 十六名

 「荒木貞夫・梅津美治郎・大島 浩・岡 敬純・賀屋興宣・木戸幸一・小磯国昭(獄中病死)・佐藤賢了・嶋田繁太郎・白鳥敏夫・鈴木貞一・南 次郎・橋本欣五郎・畑俊六・平沼騏一郎・※星野直樹」

有期禁固 二名

 「重光 葵・東郷茂徳」

判決前病死 二名

 「永野修身・※松岡洋右」

A級戦犯(訴追免除)

 「大川周明氏(梅毒性精神障害)・※岸 伸介」


周明氏的表現から

「世間では私が東条君に対する公私の憤りから彼の額を打ったのだと誤解して居者が多い。なるほど以前は東条君と私の間に衝突も対立もあったが、それは過ぎ去ったこと。今この軍事裁判に袂を列ねて立った以上、死なば諸共の戦友である。往年吾々が偕に酒を酌んで酔いを発すれば、男性的愛撫と唱えて互いに頭を打ち合う習わしがあった。私は久し振りでこの男性的愛撫を東条君に加えただけであり、東条君も吾意を拾ってか、莞爾(意味・ニコヤカに)として振り返って私を見て居た。私は此の時までこの事を明瞭に記憶して居るが、法廷での其後の言動についての記憶は曖昧模糊としている。唯だ控室で スターズ・エンド・ストライブスの記者が、明日の新聞に載せたいからと言って東条君の禿頭に似た額の米人を連れて来て、あの時のようにやってくれと頼むので、「よし、よし」と承知して写真を撮らせた覚えがある。私が目を覚ました時は、巣鴨プリズンの独居房に移されて居た。催眠剤を注射して私が眠って居る間に、法廷から運んで来たのであろう」 (文芸春秋昭和24年臨時増刊から)


精神科医の所見から(気に成る表現)

一、「酔いを発すれば、男性的愛撫と唱えて互いに頭を打ち合う習わし?」

二、「東条君も吾意を拾ってか、莞爾ニコヤカにとして振り返って私を見ていた?」

三、「法廷での其の後の言動についての記憶は曖昧模糊」


 『巣鴨プリズン』である。

独居房に「男」が寝ている。

MPが二人、「覗き窓」から「男」を見ている。

男は急にフトンを蹴って起き上がる。

しばらく頭部を回し、突然、正座をする。

そして、大きな目を見開いて「覗き窓」を睨む。

と、何か独り言を言い始める。

「経」を唱えているのである。

MPの二人は「覗き窓」の向こうで顔を見合す。


 MP1「He became mad !(気違いに成ったンだ)」

 MP2「Sure ? Oh my God・・・(ええ? 可哀そうに)」


暫くすると床を立って、愛用の「水色のパジャマ」のズボンを下ろし、「小用(小便)」を始める男。

若いMPの将校が、しっかりとした歩調で廊下を歩いて来る。

足音が止まる。

MPの二人は将校に敬礼をする。

将校が鍵を開ける。

施錠を解く音が廊下に響く。

冷たい鉄格子のドアーが開く。

若い将校が男を見て、


 将校「ミスター オオカワ! デナサイ。アナタハ、特別ナ部屋ニ、カワッテモライマス」


周明氏の怪訝な顔。


 MP二人「Come on ! Hurry up !(出ろ! 早く!)」


MPの二人が周明氏の肩を掴む。


 周明「触るな! 異端者」

 MP1「You have gone mad !(来い、気違い!)」

 周明「マッド? 私は気違いか・・・」


周明氏は大声で経を唱える。


 周明「般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行・・・」


将校が、


 将校「シャラップ! シズカニシナサイ!」

 周明「スリッパを履かせなさい! スリッパを!」

 将校「ダマリナサイ! アナタニハ、スリッパナド、イラナイ!」


向かいの房から『広田弘毅』が覗き窓から周明氏を見て合掌している。


 白い護送車が米軍病院(US MILITARY HOSPITAL)の正門を入って行く。

MPの門番が「捧げ銃」をする。

護送車は玄関に到着する。

MPの二人が護送車の後部ドアーを開ける。

周明氏が裸足で「水色のパジャマ」を着て奥に座っている。


 MP「Come on. Hare up !(早くしろ!)」


周明氏はMPに追い立てられ護送車を降りて来る。

眩しそうに外を見渡す周明氏。

駐車場には大きな「五葉松」が堂々と植えてある。


 周明「 病院か?・・・」

 MP「You go to Psychopathic Area !(気違い病院だ」」

 周明「サイコ? 私は脳病にされたのか。ハハハハ・・・」


周明氏は嬉しそうに大声で笑いながら病院に入って行く。


 一週間後、周明氏は二人のMPに連行されて米軍病院の裏口から出て来る。

白い幌付きのジープが周明氏達三人の隣に停まる。

周明氏はMPの一人に、きつい眼差しで、


 周明「リターンか?」

 MP「No , Hospital changed !(違う病院に移す)」

 周明「チェンジ? 今度は何処に連れて行く」

 MP「It's not necessary to answer !(答える必要は無い!)」

 周明「私は気違いだ。どこに行っても治らない。オマエのような侵略者達に私の気違いの原因なんか解(ワカ)るはずがない」


 東大病院の裏門(救急搬出口)に白いジープが停まる。


 MP「Get off ! Mad monkey.(降りろ、気違いサル) 」


周明氏がジープから降りて来る。

看護婦が周明氏を出迎える。

ジープはタイヤの下の砂利を蹴り上げ、周明氏にぶつけて戻って行く。

看護婦は白衣に赤十字のナースキャップを被り、白靴が眩しく輝いていた。

周明氏は思わず涙ぐむ。

看護婦は周明氏に近づいて、


 看護婦「どうしました?」

 周明「いや、ちょっと・・・」

 看護婦「良いンですよ。此処にはアナタの様な患者さんが沢山いますから」

 周明「私の様な患者?」

 看護婦「そうです。戦争障害者です。ご苦労様でした。大変だったでしょう。さあ、行きましょう」


仄暗い廊下の奥に、「精神科」の挿し札が見える。


 看護婦「あそこで、先生がお待ちです。まず、問診をしましょう」

                          つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る