05
魔法で構築された木々の間を縫った攻撃が、灯里をすり抜けていく。
「デコイ!?」
幻影魔法かともう一度身を隠すが、迫った影の強烈な一撃に服の安全装置の音が響く。
苅野はその勢いのまま、近くに身を潜めたペアの生徒へ襲い掛かる。
「ズルっ……!!」
通常、ペアが離れて行動することは少ない。
仲がいいというのがほとんどだろうが、2人しかいない競技で、フォローのできない距離に離れるというのは、お互いが本当に信頼しているか、フォローなど必要ないほどの実力者かのどちらかだ。
その点、苅野と灯里は、今日初めて会ったばかりだし、お互い武器についても知らないし、近くにいるからと息が合うわけでもない。それなら、お互いが得意な戦法を優先する。
結果が、灯里が囮となり、灯里に気を取られた生徒たちを、苅野が奇襲するというものだった。
最悪、苅野が2人を同時に相手することになるが、今のところ問題なく対応できている。
「それにしても、アレ、デコイじゃないよな……?」
詳しい魔法については聞いてないが、何度か見たその魔法は、確かに灯里をすり抜けている。
幻影魔法であれば、あの灯里そのものが偽物ということになるが、正直そうは見えない。
先程話していた空間魔法だろうか。
「!!」
枝の折れる音に目をやれば、怪魔ロボットがこちらに向かってきていた。
相手をしてもいいが、先程から数組のペアを倒した音に釣られて、別のペアが近づいてきている可能性がある。ロボットに気を取られている間に、背後からやられても面倒だ。
ひとりである機動力を生かさない手はない。
物陰に隠れながら、素早く怪魔ロボットから離れる苅野だった。
「派手に暴れてるな……? いいぞ……このままいけば……」
草陰に隠れながら、様子を伺っていた生徒が、剣を握り直す。
*****
「ご案内が遅れてしまい、申し訳ありません。今年は例年に比べてケガ人が多く……」
「構わない。こちらこそ、急な申し立てを快く受けて頂き感謝する」
ピクリとも表情が動かない青年は、模擬戦を行っているフィールドを見下ろす。
既に、半分のペアが脱落しているようだ。
「例の彼女は、まだ残っているようですね。あまり戦闘に参加はしていないようですが……」
青年は、国が運営する”魔法管理局”の魔法士のひとりだった。
魔法士の中でもトップクラスの実力を持ち、ひとりの魔法士で、一部隊にも相当すると言われていた。
そんな彼がわざわざ模擬戦へ出向いてくる理由はたったひとつ。
黒沼灯里の存在だ。
「高魔大会には、必ず参加させますので、ご安心ください」
「あくまで、彼女の意思を尊重してください」
「は……いえ、しかし……」
Sランクなどという規格外の魔法使いを最も世に出す大会へ出さず、何をしようというのか。
「局長からの命です」
魔法管理局局長からの命令ともなれば、優秀な魔法使いを育成する翌檜学園が拒否しては、生徒にとっても、学園にとっても不利益になりかねる。
頷くほかない。
「他にも、優秀な生徒がいますよ。まずは――」
教頭の言葉を聞きながら、先程から感じていた殺気に目をやれば、赫田がこちらを睨んでいた。
「……」
「どうされました?」
「いや、なんでも――」
「あれ? もしかして、
突然かけられた声に目をやれば、”テレビ局スタッフ”と名札を付けたスタッフが立っていた。翌檜学園の模擬戦は、ネットで配信しており、今年も魔法少女である桜子がナビゲーターとして収録しているらしい。
「少しだけでいいんで、注目している生徒とか、未来ある若者へ何か言葉をもらってもいいですか?」
「君。やめなさい。いきなりなんて迷惑だろう」
「何かの縁ってことでいいじゃないですか。それにほら、幸延さん家の彩花ちゃんとかもいますよ。久遠くんの方は、今年は参加できないみたいですけど」
教頭が止める言葉を無視して、スタッフは”幸延”という名前を使って、九条門から一言でも貰えないかと言葉を続ける。
「まぁ、彩花ちゃんの能力は低いですけど、組んだ相手がそりゃもうバカ強くて」
「彼のことは知っています」
「やはり、彼が最も注目株ということですか!?」
「魔法管理局は、魔法に対する偏見を無くすことを目的に設立されました。確かに、力は最も分かりやすい指標でしょう。しかし、魔法というものは可能性のひとつです。
人々の心を動かすのは、力だけではない。生徒たちには、我々が想像もつかないような可能性を模索してほしいと願っています」
向けられたカメラに、相変わらず無表情のまま九条門は、桜子とゲストで呼ばれていた彩花に目をやった。
「とりわけ、魔法少女というのは、我々が想像もしえなかった可能性のひとつです。力に頼らず、人々を幸せにする。
知り合いは、貴方方に応援されるだけでやる気が出ると言っていました。それは、我々にはできないことです」
九条門の言葉に、桜子は営業スマイルと共に礼を言うが、隣から聞こえてこない声に目をやれば、少しだけ目を伏しがちな彩花の足を軽く叩く。
すると、彩花も慌てて笑顔を作り、頭を下げる。
池袋で起きた襲撃事件から元気がないことは知っている。狙われた魔法少女のほとんどが怯えてしまっている。
次は自分が狙われるかもしれないと。
彩花の場合は、大切な友人が巻き込まれてしまうかもしれないということらしいが。
「そういえば、彩花ちゃん、先輩の応援はした?」
「ぇ……」
「ほら、いつも言ってる幼馴染の先輩。出てるんでしょ?」
本当はアイドルがひとりを応援するなんて許されないけど、相手は異性でもないし、今回ばかりは良いだろう。
戸惑う表情の彩花に、桜子は妙に圧を感じる笑顔で迫る。
その時、ひどい爆風が吹き荒れた。
「何っ!?」
爆風の発生源は、模擬戦が行われているフィールドだった。
「森が……」
先程まで木々が生えていた場所の半分が消え、消えていない場所も燃え上がっている。
それを行ったであろう生徒は、剣を構えたまま、叫んでいた。
「うわぁぁぁああっ!!!」
大きく振りかぶった燃え盛る剣は、防御魔法を張った生徒たちをフィールドの外へ吹き飛ばす。
危険を知らせるアラーム音が周囲から鳴り響いていた。
「暴走!?」
生徒から吹き荒れる魔力は、明らかに異常な大きさだった。
考えられる可能性は、魔力暴走と呼ばれる、制御できない量の魔力の奔走。しかし、魔力は辛うじて制御されていた。
「だァァァッ!!」
周囲の魔力を吸収して、本来本人に出せない魔力を出力させる。いくら、武器が仲介しているとはいえ、本来扱いきれない魔力を扱うというのは、危険が伴う。
「お前も、邪魔、するなァッッ!!」
振り下ろされる剣の重さは、まともに受けたら剣が折れる。
その上、遮蔽物まで無くなり、フィールドの外側から狙っている機銃の照準が向いている。
「くっそっ……!!」
苅野はよく攻撃を捌いた。しかし、魔力で作ったフィールドに、周囲には高ランクの魔法使いが戦った後で、漂った大量の魔力。
状況は、相手に分がある。
だが、辛うじて扱っている魔力の限界は近い。苅野がそれまで耐えられる保証はないが、耐えられれば苅野の勝ちだ。
「必死になっちゃって、ダッサ」
「もしかして、あいつ? 調子に乗ってる低ランクって」
「女子だったはずだから、もう吹っ飛ばされてんじゃね?」
「確かに。てか、普通あんなの逃げるよなー自滅待てばいいし」
「だよなーアイツも全然ダメだわ」
観戦席には嘲笑う声が多かった。
必死になっている彼らを笑う声に、せり上がってくる言葉と動きそうになる体をぐっと堪える。
ここで、あの生徒たちに何か言ったところで、笑われるだけ。
だから、苅野に近づく灯里の姿に、小さく息を飲んだ。
「――――」
指の一振り。それだけで、猛攻は一瞬で収まった。
「さすがに、危なさそうだったから……迷惑、だった?」
「あ、いや、助かった」
まるで魔力が、自分を素通りするような感覚に、苅野も不思議そうに自分の体を見るが、何も変わった様子はない。
先程のデコイと同じような仕組みなのだろう。
「ふざ、けんなァ……!! 俺は、今年こそ、高魔大会に出ないといけねェんだッ!!」
自分と同じ、高校生魔法大会に参加しなければいけない生徒かと、一瞬言葉に詰まる。
そのために、彼は魔力暴走を起こしかねない武器を使った。制御を違えれば、安全装置が働き、即座に失格となる可能性を踏まえた上で。
「なのに、なんで――」
持ち得る力も知識も自分の全てを使った攻撃。
確かに届いている。届いているはずなのに、届いていなかった。
巻き散らす魔力を吸収し、どんどん強くなる威力に、苅野も灯里の方へ目をやってしまうが、気にする様子はなく、ただ生徒のことを見ていた。
彼女にとって、あの程度の魔力は大したものではないのだろう。
圧倒的な力の差を見せつけられていた。
それを理解できてしまったから、彼は泣きそうな顔で、それでも武器を振るうのをやめることはできなかった。
「がんばれェェェ!!」
轟音鳴り響く中、確かに耳に届いた声に顔を向ければ、観戦席でこちらに向かって声を張り上げる彩花の姿。
「うっわぁ……さすが陽キャ中の陽キャ……」
絶体絶命と勘違いしたのか、灯里を応援する彩花の姿に、苅野は乾いた笑いを漏らす。
だが、声をかけられた灯里の目は、嬉しそうに輝いていた。
「…………陰キャじゃアドバイスにならないかもしれねーけど、打ち上げってことでパーッと盛り上がったところで謝っちまったら?」
自分にとって、相手にとっても、この模擬戦は大事なものだ。
だが、彼女にとっては、彩花との喧嘩の方が大事なことだ。この表情を見て、真面目にやれと罵る奴がいたら、そいつとは仲良くできない。
乗り掛かった舟だと、背中を押してやれば、灯里は驚いた表情のまま苅野を見つめた。
「………………一緒に打ち上げ来てくれる?」
「え゛っ」
何故そうなる!? 陽キャ怖い。と、提案してしまった手前、どうにも断りにくい状況に、渋い表情をしながらも否定せず、ブリキ人形のように頷く苅野に、灯里は嬉しそうに頬を緩ませると、右腕を前に突き出した。
「じゃあ、ちょっとだけ本気」
同時に、突然現れた大量の黒い魔方陣。
圧倒的な魔法による蹂躙は、暴走などではなく、精密過ぎる程の精度で、非殺傷に生徒とロボットだけを砕いた。
世界に色を付ける系アイドル始めました 廿楽 亜久 @tudura
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