02

 魔法使いとしての才能。

 日本にいくつか存在する魔法使いだけの学校は、云わばその魔法使いの才能を持つ生徒が集まる学校である。

 翌檜学園もその中のひとつであり、魔法士育成機関としても有名である。


「あー……例年通り、体力測定後、Dランク以下は魔力測定も行うため、残るように。Cランク以上は、ゴールデンウィークに魔力測定を行う。そちらでは、全国学生魔法大会の選考にも含まれるため、各自しっかり用意するように」


 魔法使いは、A~Fランクに分けられる。その中でも、怪魔との戦闘になれば、最低Cランクは必要と言われており、それ以下は一般人と大きく違いはない。

 一応、Cランクであるため、彩花は人の少ない間に着替えてしまおうと更衣室に向かおうとすれば、約半数の生徒が魔力測定に残った生徒を見ていた。


「あいつ、Fじゃね?」

「じゃあ、ただの筋肉バカじゃん」


 ほとんどは値踏み。

 一般の学校の優越が成績で決められるなら、魔法使いだけの学校では、魔法の才能が優越を決める。

 つまり、ここで、高位の魔法使いと下位の魔法使いに分けられるということだ。


「……」


 魔法が使えるという同じ土俵であるが故、指を指して笑われて言い返しても、やり返される。

 人ができることは、魔法を使えば同じことができる。

 そう言って笑われる。


「あ、彩花ちゃんも見物していかない?」


 無邪気に誘われる言葉を、張り付けた笑みで誤魔化す。


「人が少ない内に着替えちゃいたいから。ごめんね」


 当たり障りのない言葉を口にして、更衣室に向かう。

 その途中、妙に人だかりができていた。毎年恒例といえば、恒例のイベント。部活の勧誘。


 ただし、今のタイミングにいるのは、高位の魔法使いを勧誘したい部活だ。


「陸上部に入らない? マネージャー枠でもいいから! Bランクならレギュラー入り確実だよ!」

「魔法武道部はいかが!? 魔法少女なら、戦いのカッコよさも! シェイプアップもできるよ!」


 魔法少女なんてやっていれば、どうしても顔も名前も知れ渡っているのは仕方ないとは思うが、腕を掴んだり、囲んだりして逃げられないようにされるのは、少し困る。

 興味が無いわけではないが、自分が入ったところで、客寄せパンダにされるのが目に見えている。

 特に、魔法の優越がそのまま部活のヒエラルキーに直結する運動部では、魔法の才能がないことがバレれば、マネージャーの椅子に座らせられるだけ。


「邪魔」


 まだ授業中であることもあり、仕事があるからという逃げ文句が使えず、仕方なく他の人が来るまではぐらかしていれば、覚えのある怒気を含んだ声が響く。

 目をやれば、見覚えのある苛ついた表情で、こちらを見下ろしている赫田の姿。


「あ、君もどう? 体格いいし! 魔法も強いならサイコーだよ!」


 最初こそ、その迫力に怯んでいたが、負けじと勧誘チラシを渡そうとする先輩に、少しだけ感心してしまう。


「退けってんだよ。耳ついてんのか」


 この流れ、だいぶ覚えがある。


「ん? お前、後輩リンチにした野郎か!?」


 そう。昨日の入学式の時だ。


「ぁ゛あ゛?」

「ぁ゛あ゛? じゃねェよ! 後輩ボコりやがって!!」


 この流れはマズい。非常にまずいと、周囲の人が巻き込まれないように、慌てて身を引き始める。

 ただ、攻撃魔法を発動させた先輩と、未だ魔法を使う気配をさせていない赫田の勝敗の予想は、彩花と周囲では反対のものであった。


「オラッ! 死ねッ!!」


 さすがに運動部だけある素早く、攻撃力の高い攻撃魔法に、周りは赫田のことを心配するが、赫田は叩き落とした。


「………………は?」


 彩花も含め、その場にいた誰もが理解できなかった。

 魔法を素手で叩き落とす人間など、見たことがない。ありえるかどうかすらも怪しい。

 しかし、今見たのは、動画でもなく、生の映像。フィクションなどではない。

 血の気が引く感覚を体験している先輩たちは、強制的に動かされる頭に、魔法を叩き落す手が自分の頭を掴んでいることを察し、声すら上げられず、震えた音だけを漏らす。


「赫田! ダメ!!」


 頭でも握りつぶしかねない赫田を慌てて止めるが、その目は話など聞いていない。

 周りの魔法自慢のはずの先輩たちも、先程の光景を見てしまっては、誰も仲裁に入ろうとする様子はなく、むしろ巻き込まれないように徐々に距離を取ろうとしていた。


 役立たず!


 怒鳴りたくなる衝動を抑え、赫田の服の裾を掴む。


「手を離して!! それ以上は、反省文じゃ済まないよ!」


 暴力沙汰のきっかけが両方とも、喧嘩を売られたからとはいえ、それ以上に相手を傷つけては、さすがに言い訳もできなくなる。

 だが、赫田は聞く耳を持たない。


「うるせェ――」

「あ、灯里! 灯里に怒られるよ!!」


 灯里の名前を出せば、ようやく赫田はこちらを見て、しばらく考えた後、同じ陸上部の先輩に頭を握っていた先輩を投げつけた。

 追い打ちをかける様子はなく、ひとまず収まったかと胸を撫で下ろす。


 さすがに今の光景を目にして、勧誘してくる厚顔な先輩はいないらしく、先程まで通り過ぎるだけで大変だった通路に道ができていた。


「……灯里って怒ると怖い?」

「怒ったところ見たことねェ」

「え、じゃあ、なんでやめたの」


 灯里といた時は、アレほど暴れていなかったため、てっきり灯里の言うことは聞くか、怒ったら怖いのかと思ったが、違うらしい。


「頭は誤魔化しできない時があるからって言ってたからな」


 それはどういうことかと、大分気になったが、聞いてはいけない気もした。


「骨折なら、先輩が適当に治せるしな」

「できれば聞きたくなかった……」


 洗脳といい、骨折の治療といい、赫田の暴力沙汰の隠蔽のために、魔法を悪用しているのではないかと勘繰ってしまいそうだ。


「赫田さ、なんで灯里と仲良くなったの? 魔法少女にも関係ないし、全然接点無さそうだけど……」


 うろ覚えではあるが、灯里はあまりコミュニケーション能力に長けているわけではない。初めて会った時だって、じっとこっちを見ているばかりで、欲しいとか、交換してとか声をかけてきたわけではなかった。

 その後も、親を挟んで会話を増やしていたようなもので、もしかしたら赫田との方が会話をしたかもしれない。

 昨日だって、思い出してもらうまで、赫田を間に挟んで会話をしていた。


 もしかしたら、灯里の能力を赫田が利用するために、一緒にいるのかもしれない。

 だとしたら、灯里を赫田から離した方がいいのではないだろうか。


「あ? 別に、なんかぞわぞわしてキモかったから、ぶん殴りに行っただけだぜ?」

「は!?」

「まっ! ボコボコにやられたんだけどな!」


 清々しく笑っている赫田に、大分頭が痛くなった。


「全然勝てねーの! すごくねェか? 先輩」

「あ、うん。そうだね」


 あまり深く考えたら負けな気がした。

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