2話 強くてかわいい魔法少女
01
見覚えのない天井。
体を起こしても、違和感のある部屋に、寝ぼけた頭がゆっくりと現状を思い出してくれた。
「家出、したんだった……」
勢いだけで家出してしまったが、灯里の言葉通り、今は灯里たちと同じ寮”琴吹荘”の一部屋を借りている。
あの怪魔騒ぎの後、SNSにアップされた情報を元に、小林がすぐに飛んできたが、事情を話して一緒に琴吹荘へ来ては、頭を抱えていた。
「おはよう。眠れた?」
「おはようございます。おかげさまで、ゆっくり眠れました」
「それはよかった」
この琴吹荘を管理している大澤は、小林と同じ魔法に関係する事件を取り扱う警察官らしい。小林曰く、元上司。
その上、琴吹荘には、灯里と赫田のふたりしか住んでいない。
つまり、訳ありということだ。
「黒沼ちゃん、起こしてきてくれる?」
「わかりました」
琴吹荘は、学生が使う学生棟と一般棟に分かれており、学生寮はキッチン、ダイニング、風呂など共用のものが多い。
感覚としては、少し大きな家といったところだろうか。
「灯里ー朝だよー」
灯里の部屋のチャイムを押して少し待つ。
音はしない。
「灯里ー?」
朝、弱いのだろうか。
起こしてこいと言われても、何度もチャイムを鳴らせば起きるものだろうか。もう一度、チャイムを押しながら、ふとドアノブへ手を掛けた。
「マジか……」
ドアノブが動いた。
一応、一般棟の人と住み分けるため、学生証を持っていなければ、こちらに入ることはできないようなっている上、個人の部屋へ来るために通るダイニングに、管理者である大澤がいるため、多少の安全は保障されているが、それでも自分の部屋の鍵を閉めていないのは、いかがなものだろうか。
むしろ、大澤はそれを知っていたから、彩花に起こしてくるように言ったのかもしれない。
「入るよー?」
さすがに悪いかと思いながら、そっと中を覗き込む。
カーテンは閉め切られ、暗く、物陰だけが見える。ゆっくりと中に入れば、ベッドの上に丸くなっている布団。
「灯里。朝だよ。起きて」
ようやく見つけたと、布団を掴み、揺らせば、中から呻き声が聞こえてくる。
「ほら、朝」
抵抗の強い様子に、仕方なく一度手を離し、窓に向かう。
外から見た時、一般棟はベランダがあったか、学生寮にはベランダが存在しなかった。東京の中心地で格安の家賃である学生寮ならではと言えばそれまでだ。
だが、容赦なくカーテンを引いた窓の向こうには、ベランダ。
「う゛……ぅ、ゥゥ゛……」
その向こうには、学生寮の壁が取り囲んでいる。
全ての窓が、建物の内側、見えないように設置されていた。
「ほーら、起きて」
半ば強制的に体を引っ張り起こせば、少しだけ不機嫌そうに彩花のことを見ていた。
「わたし、朝テレ、でない、ムリ」
「あ、朝テレ見てくれてたんだ。今日からキラピカコンビだよ」
昨日まで出ていた朝の情報番組の1コーナーは、今月は別の魔法少女”キラピカコンビ”と呼ばれる2人の魔法少女が担当することになっている。
魔法少女の話題を出したからか、灯里はもぞもぞと体を起こすと、時計をじっと見つめ、ようやく服を手に取った。
「気が重い……」
これから家に色々と報告しないといけない小林には、少しだけ同情するが、原因が自分でもあるため、謝ること以外は何もできない。
そもそも、しばらくは家に戻る気はないのだから、小林には諦めてもらう他ない。
「もう一度確認するけど、本当に家に戻る気はない?」
「小林さんには申し訳ないと思ってるけど、今のところはないです」
「仕事は続ける?」
「はい。できることなら、続けたい、です」
これは、本音だが、未成年であり、親の許可が無ければ仕事できないのも事実。
特に、幸延家の人間が魔法少女になった時点で、家とは関係ないとは言えない。だから、家を出るならやめろと言われるのも仕方ない。
「続けたいなら、うまく洗脳してみる?」
制服に着替えてきた灯里が首を傾げるが、ぎょっと目を見開き、小林が止める。
「そうならないように、こっちで色々手を回すから! 全く、これだから高レベル魔法使いは……」
先程以上に疲れたようにため息をつく小林に見送られながら、3人で学校に向かう。
「そういえば、前にも洗脳って言ってたけど、灯里、得意なの?」
確かに、魔法には洗脳が可能なものはある。
しかし、それには個人の素質と高い魔法操作能力が必要のため、使える魔法使いは限られる。
「専門じゃないけどできるよ。書き換えるっていうよりも、忘れさせるって方だけど。書き換えるのは…………うん。ちょっとだけなら、たぶん」
妙な間が大分気になるが、精神的な魔法はただでさえ高レベルの魔法だ。ふたりについては、昨夜簡単には聞いたが、ふと後ろを歩く赫田へ目をやれば、すぐに目が合う。
「赫田は、できるの?」
「できると思うか?」
「ううん」
見た目からして、完全に物理タイプだ。精神攻撃なんてするタイプには見えない。
「先輩は特別なんだよ」
特別。その言葉に間違いはない。
灯里は、特別な存在だ。個人的な話ではなく、世界にとって、魔法使いにとって。
「彩花ちゃん?」
「あ、ううん。私からすれば、ふたりとも特別で、羨ましいよ」
少しだけ顔を逸らしてしまう。
ふたりことは好きだけど、自分が欲しかった才能が目の前にあることに、少し抵抗があった。
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