最終話 訪れる不幸

 朝の目覚めは最高に気分がよかった。


 少し股のあたりがヒリヒリしたが気にするほどではない。私はベッドから起き上がり、広々とした自分の部屋で支度を整える。朝食は1階に降りリビングルームでいただく。毎朝、料理人が家に訪問しその腕を振るう。登校は運転手付きの高級外車。生徒たちからは羨望せんぼう眼差まなざしが向けられる。そう、これこそが私、一生かかっても黒瀬なんかでは体験することのできない日常。


 教室に入るとみんなの視線が私に集まった。


「エリカ、これってどういうこと?」


 香にSNSの投稿画面を突き付けられた。

 それは間違いなく私の鍵垢かぎあかだった。クラスメイト全員分の悪口を面白おかしく書いたもので当然非公開にしている。


「なにそれ? 私、知らないよ」

「下手な芝居しばいはいいから。これがエリカのアカウントだってことはもうみんなにバレてるし」


 どうして非公開の鍵垢が――あっ、考えられることはひとつ。昨日、私に成り代わっていた黒瀬が公開したに違いない。指紋認証が裏目に出た。当の本人はしれっと私の前の席で正面を向いている。ムカつく。


「清白ってこんな風に俺たちのこと見下してたんだな」

「ほんと。金持ちだからって調子乗りすぎ」

「顔がいいからってなんでも許されると思うなよ」


 クラスの男子たちがまくてる。


「親友だと思ってたのに……もう絶交よ」

「……香」


 男子たちは正直どうでもよかった。それよりも香との関係にヒビが入ったことがなによりもつらかった。


 勢いよく教室のドアが開く。

 担任の笹岡ささおか先生が、息を切らしながらドアにもたれかかる。


「清白、黒瀬、至急学園長室まで行ってくれ!」



※※※



 廊下を黒瀬と並んで歩いた。


「よくも私の鍵垢さらしてくれたわね」

「ごめんなさい。SNSって操作が難しくて」

「後で覚えておけ。神社のときよりもっと痛めつけてやるからな」


 学園長室に入ると、学園長の篠峯麗子しのみねれいこと床に正座する灰谷修がいた。そして開口一番、学園長は私たちに謝罪をしたのだった。


 ――昨日、私が黒瀬として灰谷から受けた卑猥ひわいな行為の録音データと、灰谷と私がそれよりもさらに過激な行為をしているフェイク動画が学園長あてに送られてきたそうだ。床に正座する灰谷のようすから反省の意は伝わる。となると、今回の呼び出しは謝罪と隠蔽いんぺいが目的? 学園長の話が長々と続く中、なんと回収された灰谷のスマホデータから余罪が発覚、灰谷修は即刻クビとなり学園を去ることになった――。



※※※



 学園長室から出ると、再び廊下を黒瀬と並んで歩いた。


「全部あんたの仕業なんでしょう」

「ご明察めいさつ!」

「あんないかがわしいフェイク動画を作るひまがあったら、少しは勉強でもしたら」


 皮肉を込めて言ったのだが予想外の回答が返ってきた。


「あれってフェイク動画じゃないわよ。昨日わたしがあなたの体を使ってやったリアルな盗撮動画よ」

「はぁ~ ふざけんじゃないわよ。私の体になんてことを……」


 私は怒りにまかせて渾身こんしんの力で平手打ちをしたのだが、それを黒瀬はなんなくとけてしまった。


「まさかあなたが処女だったなんて、意外~」


 顔が熱くなる。

 地味で真面目な黒瀬はすでに経験済みだったのか?


「そうそう、伝え忘れていたことがあったわ。神社での暴行動画を撮ったカメラなんだけど、さっき学園長室に忘れてきたの。どうしましょう。学園長が間違えて再生しないとよいのだけれど」


「黒瀬……あんたそんな性格だった?」


「それと、あなたのお父さんのインサイダー取引の証拠も偶然見つけてしまったからマスコミ関係者に送っといたから」


「ちょっ、私だけじゃなく家族まで巻き込むなんて……」


「でも、さんを恨んではダメよ」


 ここまで徹底的にやっておきながら今さらなにを言って――ん? 今、自分のことを黒瀬さんって。昨日の神社での出来事が蘇る。そういえば、わら人形は他にもあった。


「だって、当然でしょ。わたしじゃないんだから」


 黒瀬はそう言い放ったのだった。

 





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