神有人 -kamiaribito-
瑞篠 翠雅
プロローグ 春風
「ありがとう…でも、ごめんなさい」
春を迎える直前、若干の冷気を含んだ暖かな冬の風が2人の間を駆け抜けた。
少し間を開けて彼女が僕に何かを伝えようとしているが、今まで何一つ聞き逃すまいと彼女の言葉を拾っていた僕の耳は何一拾えず、そして、今まで何一つ見逃すまいと彼女の仕草を追っていた僕の目は、次第にぼやけて霞んで滲んで見えなくなる。
込み上がった感情を押し殺した僕は「ふぅ」、と一つ息を吐いて空を仰いだ。
「そっか、ごめん…ありがとう」
水面下まで上がってきた感情を強引に押し殺して、無理矢理作った酷い笑顔で虚勢を張った。
僕は今どんな顔をしているのだろうか。きっと、人に見せられるような顔ではないのだろう。ましてや"好きだった"人には到底…。
「ごめん、引き止めちゃって…もう、大丈夫です…うん…大丈夫…ありがとう」
真っ白な頭の中で紡がれた言葉は震え、滅茶苦茶だ。
「そう?…じゃあ、ね?」と言って彼女は小走りでその場から離れた。
あぁ、終わったんだ。何もかも。
“じゃあね”
彼女の最後の言葉を心の中で繰り返した。いつもの帰り道で別れ際に交わした言葉は、この先に“またね”は無いという現実を強く、鋭く、深く僕の胸に突き刺し、固着させた。
繰り返す度に留めておいた感情と涙が溢れ出た。
こうして僕と彼女の関係は終わったんだ。どんなお世辞でも"いい"とは言えない形で幕を閉じた―――。
そう、思っていたんだ。
少なくとも、当時の僕はそう思っていた。
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