妖刀・太歳


「……この辺りでいいか」


 俺は勅使河原家から届いた品々を持ち出し、ある場所まで来ていた。

 かつて、饕餮城の裏手にあった岩山を平地に変え、海外から輸入されてきた農作物の研究所に変えてからというもの、まず俺が必要に迫られたのは魔術の鍛錬場所である。

 華衆院家直属の軍隊が使っている訓練所を利用するという手もあるんだけど、時々という程度ならともかく、次期当主である俺が頻繁に訓練所を利用していたら、兵士たちはどうしても気を遣ってしまう。


(人間相手の訓練をしたい時は混ぜてもらうけど、やっぱり周りを気にせず自分一人で訓練を励みたい時ってあるからな)


 そんなわけで、俺が新たに選んだ訓練場所はここ……城下町と、そこから少し離れた場所にある森林との間にある平野だ。

 所々剥げた地面と大小様々な岩が転がっているこの場所は今現在、開発するという話は持ち上がっていない。元々、森だの山だのといった人の手が入っていない場所は妖魔が棲み着きやすいから、そういう場所から程近い土地ほど開発には慎重にならざるを得ないのだ。


(まぁ勅使河原領の鉱山みたいに、危険を冒すだけの価値があるんなら話は違うんだけどな)


 生憎と、この森にはそういう目ぼしい資源は確認されていない。だからこそ、俺も遠慮なくこの周囲を荒らすことが出来るし、森から飛び出して城下町に近づこうとした妖魔を駆除しながら実験台にできるという、一石二鳥な訓練場所という訳だ。


「さて……ちゃんと使えるかな」


 そんな饕餮城から離れた場所で、俺は持ってきていた魔道具に魔力を注ぎ込む。

 金属製の枠に、平らに加工された水晶版が嵌め込まれたその魔道具は、形状だけ見ればノートパソコンに酷似している。

 違いがあるとすれば、本来キーボードがある場所が大きなタッチパッドで覆われているという点だろう。そこに専用の筆状の魔道具で文字を書くと、水晶版に書いた文字が浮かび上がった。


「このままサラサラサラと」


 そのまま適当な文章を書けば、それがそのまま水晶板に表示され……俺の意思に応じて、その文章が送信される。

 そして待つこと数分。俺が先ほど文字を書きこんだ魔道具に返事が届いた。


[動作確認、完了しました。こちらからの返信、届いておりますでしょうか? 天龍院雪那より]


 おぉ……! 届いてる。ここから離れた場所にある饕餮城にいるはずの雪那からの返書が届いている。何か感動だ……!

 続いて俺は魔道具に秘められた別の機能を作動する。すると水晶版に雪那の顔が映し出された。


『わわ……! ほ、本当に國久様のお顔が映し出されました……! あ、あの、私の声も届いているでしょうか……?』

「あぁ、聞こえているよ。……どうやら通信魔道具は、大まかな形になったらしいな」

 

 そう、このノートパソコンっぽい魔道具は勅使河原領で開発中の通信魔道具、その試作品だ。

 元々は携帯電話みたいなのを想定してたんだけど、現代の魔道具制作の観点から、あそこまでの小型にすると量産体制を敷くのは無理だと判断。結果持ち運びには少しだけ不便な大きさにすることになったんだが、どうせならもう少し機能を付け加えようという話になったわけである。

 それが通信相手の顔を判別する機能と、あと一つ。


(前世じゃ当たり前のように使ってたけど……改めて考えると、メール機能っていうのは画期的だよな)


 簡易的な手紙の作成・送信・保存機能……インターネット上のメールボックス的な機能だ。

 立場関係なく、人間誰しも二十四時間いつでも通信に対応できるという訳ではない。いくら通信魔道具を持っていても、忙しくて通信に出れないことだって多々ある。

 しかしメール機能があればどうだ? 相手が通信に出れない時でも、用件をしたためた手紙を相手の通信魔道具に保存し、相手はそれを手が空いた時に確認することが出来る……これはとてつもなく有用な機能だ。


(メールが届くのは一瞬。今までだったら、他家の当主に急ぎで確認したいことがあれば、手紙を持った使者を送って、その使者が返書を持って帰ってくるまで数日かかっていたけど、この魔道具があればその日の内に返事を確認できる)


 前世で当たり前のように使われてきたわけだよ……この世界に転生してから十八年以上経って、通信機器がないのが当たり前になっていた今だからこそ、それがより実感できるっていうか。 

 

(現状、この試作品を持っている奴同士じゃないとやり取りが出来ないけど、これを量産できるようになれば革命が起こるな)


 そうなるにはまだまだ時間を要するが、とりあえず西園寺家に二台、華衆院家には俺と雪那用に二台と、それに加えて土御門家に渡すように二台が送られた。これからは晴信や惟冬とのやり取りがメッチャ楽になるな。


「――――それじゃあ、俺は引き続き訓練をしてから帰るから待っててくれな」

『承知いたしました。お帰りをお待ちしております、國久様』


 しばらく雪那と会話してから通信を切断し、通信魔道具を脇に置いた俺は、もう片方の手に持っていた細長い袋……刀袋から白木の鞘と柄で覆われた刀を取り出し、抜刀する。


「おぉ……これは……!」


 俺は華衆院家の次期当主として数々の名刀宝刀を目にしてきたが、この炎のような赤い刀身と、揺らめくような独特の刃紋は、これまで見てきたどの刀よりも実用性を追求し、一周回って芸術性まで帯びた見事な造りだと理解できる。 

 さすがは金属加工において大和で右に出る者が無いと謳われた勅使河原領の刀工の作品……正直、これほどの刀を俺は見たことが無い。


「これが伝説の魔導金属、日緋色金で仕上げた刀型魔道具……妖刀、太歳たいさいってわけか」


 妖刀……この大和帝国では魔術的な力を秘めた刀の総称で、月龍や鬼切丸がこれに属している。

 魔力を注ぐだけで戦闘面において何らかの有利が働く武器型の魔道具は魔術師の装備としてはポピュラーで、うちの軍でも装備している兵士は数多く存在しているが……実を言えば、俺はこれまで妖刀のような魔道具に頼らずに戦ってきていた。


(戦闘用の魔道具は楽して強くなれる分、それを失った時の反動が大きいっていうからな。【鳴神之槍】用の鉄塊は魔道具でも何でもない、魔術で四角に加工しただけの鉄の塊だし)


 一概に俺のやり方が正解って訳じゃないけど、少なくとも俺は、まずは地力を鍛えることを徹底する方針を取っていた。

 しかしその方針で鍛え始めて十年以上経ち、さらに先日の天狗との戦いやこれから更に激化するであろう戦いに備えて、俺もいい加減戦闘用の魔道具に手を出す時期が来たと思った訳である。


(というか、魔術師の強さって基本的に魔道具の出来栄えで決まるところがあるしな)


 人間は生物的な構造の関係上、多数の魔術を同時に発動することが出来ない。人によっては常人よりも一つか二つほど多くの魔術を同時発動出来たりもするんだけど、それでも十には届かないだろう。


(これだけ聞くと「二~三の魔術を同時発動できれば十分じゃね?」って感じだけど、実はそうでもないし)


 例えば、炎を放射する単純な魔術。実はこの魔術を発動するには、まず火を発生させる魔術と、それを前方に向かって放射する魔術の、合計二つの魔術を発動して初めて成立する。

 俺の【岩塞龍】だって似たようなもので、鉱物の形を変える魔術と、それを動かす魔術を同時発動することで成立するのだ。


(そうなってくると、魔術の同時発動は途端にシビアになってくる。一見すると単一の魔術も、細かく分ければ二つ以上の魔術を同時発動して、ようやく戦闘にも使える魔術になるからな)


 それに加えて、身体強化魔術と感知魔術まで加わってくるのだ。仮に十の魔術を同時発動できても足りないくらいである。

  

(そんな魔術師をサポートするのが魔道具ってわけだ)


 魔道具は魔力を注ぐだけで魔術と同じ現象を引き起こしている道具だから、厳密に言えば魔術師自体が魔術を発動しているわけじゃない……つまりは、同時発動できる魔術の数を増やせるという事だ。

 惟冬が使う小銃とかが良い例だ。貫通力に長けた音速以上の速度が出る魔力弾の連射なんて、並の魔術師なら魔道具抜きだと発動すらできないだろう。

 あらかじめ魔道具に施しておいた術式を戦闘中に変えるなんて出来ないから応用性には欠けるけど、それを踏まえても魔道具がもたらす戦闘時での恩恵は大きい。


(そして魔力伝導率に優れた日緋色金で出来た魔道具は、他の素材で作った物よりも更に多くの魔術を同時発動する魔道具になる)


 この太歳という号が与えられた妖刀は、俺が勅使河原領に居る時に惟冬からのお礼という形で造ってもらった一振り。

 俺が戦闘で使いたくても使えなかった術式の数々を盛りに盛った、言わば現実的に製造可能な「俺が考えた最強の武器」って奴なのだ。


(とは言っても、スケジュールの都合上、完成を見届けられずに領地に戻る羽目になったしな)


 だからこうして完成品を握るのは今日が初めてなのだ。

 理論上どんなに優れた魔道具も、実際はどれほどのものなのかは使ってみなければ分からない。だから今日はこうして妖魔の駆除を兼ねて試し斬りをしに来たというわけだ。


「グォオオオオオオオオオオオッ!」


 そんなことを考えていると、森の奥から一体の赤鬼が現れた。

 ここに来てからというもの、魔力を放出して妖魔が寄ってくるように仕向けていたけど、それに掛かったらしい。


「そんじゃあ、さっそくコイツの斬れ味のほどを確かめさせてくれ」


 こうして俺は赤鬼を相手に太歳の性能を確認した訳だが……結果から言えば、良い意味で想像以上だった。

 何しろ思いの外性能が良すぎて、赤鬼を縦一文字に両断するどころか、森の一部を消し飛ばしながら地面に長く深い巨大な斬撃の痕を刻むことになったのだから。


 


――――――――――


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