悪役転生者は結婚したい~序盤のザコ悪役でも最強になれば、超絶ハーレム主人公でも攻略できない非攻略対象と結婚できますか?~

大小判

プロローグ


「ゲームの世界に転生とか、もう時代遅れだろ」


 そうボヤいた俺は今、自分が置かれている状況、世界、時代……そう言ったどうにもならないものに対して頭を悩ませていた。

 まぁ簡単に言うと、現代日本で暮らしていたけど事故って死んで気が付いたらゲームの世界に転生していた……なんていう、WEB小説でどれだけ使い回された設定なんだって感じの状況に陥っている訳である。


「事実は小説より奇なりってか? どうせなら、もう一回日本に生まれ変わりたかったなぁ……!」


 ラノベで見る分には面白いけど、実際に自分が体験する側となると話が違う。色々と便利で娯楽の多かった前世に比べて、圧倒的に不便で楽しい事が少ない異世界での生活など楽しい訳がないのだ。

 正直、こんな事が現実に起こるなんて欠片も思っていなかったんだが……まぁ起こってしまったものは仕方がない。現実を認めて、状況を把握し、身の振り方を考えなければと思い、俺は調べられる限りを尽くして、どんなゲームの世界に転生したのかを把握した。ていうか、把握してしまった。


「よりによって……よりによって【ドキ恋】の世界かよぉ……!」


 知りたくなかった……正直に言って知りたくなかった……! どうせならもっと別のゲームの世界に転生したかった……!

 というのもの【ドキ恋】……正式には【ドキドキ♡あっ晴れ戦姫恋愛絵巻】とかいうクッソ頭の悪そうなタイトルをしたゲームは異世界に朴念仁ハーレム主人公が転移し、出会う美少女全員を嫁にする……大雑把に言えばそんな感じのエロゲーである。


「何でよりによって【ドキ恋】……!? いや、他の世界だったら良いのかって訳でもないんだけど、よりによって……俺シナリオそこまで読み込んでねぇよ!? 友達のPCでプレイしただけで、そもそも買ってもいないし!」


 もうちょい詳しく説明すると、魔法要素のあるファンタジー世界に存在する大和帝国という和風な国に、都合よく古流武術を学んでいた現代日本育ちの主人公がなぜか転移し、その上チートパワーに目覚めて俺TUEEEEE! する作品な訳だが、登場する美少女キャラ全員から特に理由もなくモテまくるという、作品なのだ。

 世の中にはハーレム系の作品なんてありふれてはいるが、その中でも【ドキ恋】は異常なくらいに主人公がモテる作品として有名で、ヒロインは総勢で五十人を超える。

 ちなみに作品の煽り文句は「異世界美少女を全員嫁にせよ!」。やかましいわ。


(正直俺自身、作品全体としては好みから外れていたから買わなかったけど、ヒロインが五十人以上登場するだけあって、個々で見れば好みのキャラクターも大勢居たから、友達から借りてプレイしたことはある……)

 

 だからシナリオも大体分かるんだが……ぶっちゃけ、プレイしてて違和感が凄かったから、結構読み飛ばしてた。

 真面目な戦闘パートとかシリアスな場面とかはそれなりに楽しめたんだけど、いざ主人公がヒロインたちを口説き落とすって場面になると、「えぇ……」って言いたくなる場面が多いのなんの。


(何というか、ヒロインが皆してチョロインなんだよなぁ)


 主人公がちょっと甘臭いセリフを言うだけで惚れて、主人公がちょっと力を見せつけるだけで惚れて、主人公にちょっと助けられるだけで惚れて、終いには主人公は特に何もしていないのにいつの間にか惚れて……もうね、「そうはならんやろ」って言いたい場面ばかりだった。

 いや、分かるよ? 作品コンセプト的に、予算とかそう言った都合でヒロイン一人一人に焦点を当てて主人公に惚れる経緯を事細かに設定するのは無茶ぶりだってことは。プレイする側としても、主人公が何時までもヒロインとのフラグを立てないのはもどかしいし。


(駄作とまではいわない……けど個人的にやり込みたいと思える作品でもなかった)


 ぶっちゃけ、主人公にとってやたらと都合のいいストーリーだったなぁ……と思った。そんなにチョロくて大丈夫かヒロインたち……とも。

 まぁそんなゲームでも良いところはあったし、あそこまで突き抜けていればかえって需要もあったのか、続編とかアンソロジーとか派生作品が出てた。俺個人の評価は置いといて、総合的に見れば名作だと思う。

 ……じゃあこの世界に転生して何が問題なのって話だが、俺は主人公やヒロインがどうのこうのって考えちゃいない。いや、確かに主人公のことは鼻についてムカつくとか思ってるけど、どうこうしようと思っていない。ハーレム作りたければ好きにすればいい。


(問題は、俺の転生先なんだよなぁ)


 これまたWEB小説じゃありきたりな話なんだが……主人公である御剣刀夜と敵対する、序盤の悪役キャラ華衆院國久という奴がいる。俺の転生先は、まさにそいつだ。

 この國久ってがまたどうしようもない奴で、大和帝国の名家の出で、メインヒロインの婚約者という設定なんだけど、序盤に出てくる悪役だけに、これと言った信念も長所も持ち合わせていない、身分に笠を着て横暴に振舞うという、何とも小物臭いキャラだ。

 勿論、そんな奴がハーレム作品のメインヒロインの婚約者の座になんて居座ってたら、主人公に排除されるに決まっている。


「……それどころか、国家反逆罪で打ち首獄門なんだけど……」


 犯罪に手を染めたり、目下の人間にはかなり横暴に振舞ったりと、殆ど自分の過失でメインヒロインの婚約者の座を主人公に奪われたのに、それを逆恨みして物語の黒幕の手下になって大和帝国を脅かし、最後には主人公に再び敗れてあっけなく打ち首になる……それがシナリオにおける國久の最後だ。 


「転生の神様よ……アンタ平和な日本暮らしだった俺を、異世界のしょぼい悪役に転生させて何がしたいんだ……?」


 最初は何かの間違いであってくれとも思ったんだが、実家が華衆院なんて珍しい苗字の貴族だし、名前が國久だし、皇族や他の貴族とかにいる、調べられる範囲での主要キャラを探してみたらマジでいるし、そこまで分かると俺も現実を受け入れざるを得なかった。

 このまま何の対策もしなければ、悪役キャラルートまっしぐらになって身を滅ぼす可能性は高い。


「ただ転生してみて思ったけど……國久だって別に根っからの悪人だったって訳じゃなかったのかもな」


 今の俺は10歳になるが、俺は生まれた時から異世界に転生したという自覚と、前世の記憶があった。言わばある程度の大人としての価値観とか道徳観とか知識が、肉体年齢に見合わないくらいに備わっている訳である。そんな俺だからこそ、華衆院家に渦巻く闇というのが、大体分かるのだ。


「父親は市井で女と子供作って帰ってこない、そんな父親を母親は心を病みながら健気に待って、生んだ息子は育児放棄……そりゃ原作の國久もグレるわ」


 原作にも、國久の腹違いの妹だっていうヒロインが居た。その事実と、屋敷の使用人のヒソヒソ話や、母親の様子を見ていれば、俺の推察は事実なんだろう。実際父親の様子を見に行ってたら、原作ヒロインを小さくしたような子供と楽しそうに歩いていたし。


「原作の國久は婚約者だったヒロインに執着してたけど、この生い立ちが関係してたのかもな」


 自分が家族に恵まれなかったから、自分が結婚する時は幸せな家庭を築きたかった的な。まぁ今となっては分からんけど。

 ちなみに父親は婿養子で、華衆院家の血筋の人間じゃない。皇族から任せられた領地は本家の血筋である母親が取り仕切っている。何時父親が帰ってきてもいいようにってな。


「それで最後まで報われずに3年後には死んじまうんだから、どうしようもないよな」


 作中において、國久の母親は既に死んでいる。確か妹に向かって、「俺が13の頃に母が死んだ! お前のせいだ!」みたいな恨み節をぶつけてたのを覚えてる。そこら辺の詳しい掘り下げはなかったから確信は持てないけど、実際に母親はかなり心労が溜まってるし、いつ死んでも可笑しくなさそうなくらいに辛気臭い。

 とりあえず母親も何とか救えないか、色々と頑張ってみるけど……正直、無理っぽいんだよなぁ。顔を合わせても俺の事なんて眼中に無さそうだし、話しかけても「今忙しいから」って無視されるし。

 

「……何はともあれ、後3年もすれば父親が戻ってきて、不倫相手との子供原作ヒロインを次期当主に据えようとするだろうな」


 あくまで仮説だが、原作の流れや、これまでの父親の行動から推察すると、そうなる可能性は高い。

 華衆院家の直系は俺と母だけだ。祖父母は死んでるし、分家も滅んでいる。母が死ねば華衆院家の実権は子供の俺じゃなくて父親が握ることになるだろう。そうなれば後は向こうの思うまま。國久が嫡男なのに皇女の婚約者として家の外に出され、妹が華衆院家の次期当主としてゲームで登場してたのは、そういう事なんじゃないかと思う。


「……でも別に、そうなっても良いんじゃないか?」


 俺は当主の座に興味はない。転生者だからって内政能力があるわけでもないし、原作の國久と違って勉強はしてきたけど、その分自分には向いて無さそうと思った。

 むしろ貴族の地位を捨てて自由に生きた方が、俺の為にもなるし、領民の為にもなる。素質の無い人間が上に立つほど、苦労する人間が増えるからな。


「それに今の内から動けば滅亡回避どころか、気ままな人生を謳歌するのだって夢じゃない!」


 生まれた時から転生者という認識があったおかげでこれと言った悪事を犯してないし、今から全力で貴族としての身分を捨てる方向で動けば、原作からフェードアウトして平和な未来に進めそうな気がする。メインヒロインは俺の好みじゃないから、何とか婚約を結ばない方向に持っていきたい。

 こちとら前世で悪役転生物の小説を散々読み漁ってきたんだ。大丈夫、全力で保身に走れば、悪役を脱して平和な人生を掴んだ主人公たちのように、俺だって平穏な毎日を享受できるはず。


「よっしゃ! そうと決まれば計画を練らないとな! 明るい未来が俺を待ってるぞ!」


 そして俺はこれからの身の振り方について色々と計画を練った。屋敷から金目のものを持ち出して出奔して、読み書き計算はできるからどこぞの商会で雇ってもらって安定した収入源を手にしてと、かなり具体的な方針を色々と考えたんだが……結論から言って、平穏な人生を謳歌したいという俺の願いは、叶う事はなかった。


 いや、誤解されないように言っておくけど、悪役からの滅亡ルート自体は回避できたんだよ。要は悪事さえ働かなきゃいいだけなんだから。

 だから後はもう、周りに迷惑を掛けないよう、自分の好きなように人生を謳歌するはずだったんだ。貴族を辞めれば未来の選択肢にはかなり自由が利く。纏まった金を手に入れれば商売を始めるもよし、芸術家になるもよし、農業を営むのもよし、何だったらファンタジー小説よろしく、気ままに魔術を極める道を選ぶのも良かった。

 だがもうそう言った自由に将来を選ぶことは出来なくなったのだ。それは何でかって?


 正直、口に出すのは恥ずかしいから誰にも言えないんだけど……まぁ、あれだ。好きな女が出来たってだけの話だ。


 色恋だけで自分の将来が狭まるなんて大げさと思うかもしれないが、実はそうでもない。その女は人生を賭けて口説かなければ、到底結ばれない相手だから。

 何せ……超ド級のハーレム主人公、御剣刀夜ですら攻略できなかった、非攻略対象の皇女様だし。


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