第15話 密談(ダリル)
グレダン教授に「話がある」と呼ばれて、俺は彼の後を追いかける。ステラは侍女に案内されて回廊を奥まった建物に向かっている。
「あちらは私の私的な屋敷だ。後で案内しよう」
俺の不安を見越してか声をかけて来る。
エルダーリンディア・セイリオス・グレダンは魔族やエルフ族、妖精族そして獣人など強力な種族が混在するノータム連邦共和国の重鎮である。彼らを纏めてノータム共和国の礎を作った人物とされる。国の要職には就いておらず、もっぱら相談役として悠々自適に過ごしていると聞く。
彼に付き従う年配の男は家令だろう。その男に付き従うように秘書やら近侍らしき男たちが、次々に指示を仰いで離れていく。
広い屋敷は華美ではなく機能的で、どちらかというと公的な建物に近い。廊下に並んだ沢山のドアの一つに案内される。そこは前室のある応接室で人払いをして向き合った。
「君はギルモア公爵への連絡手段を持っているか?」
いきなり聞いて来る。当然持っている訳で「はい」と答えた。
「連絡を取りたい。紹介を頼む」
頷く。お互い名前は知ってはいるようだが顔見知りではないようだ。ヘレスコット王国とノータム連邦共和国の間には広大なサイアーズの森があって、交流もあまりなく、そういう国があると認知されている程度だ。
俺がマジックバッグから連絡鳥を取り出し、用件を書いて署名すると「急ぐからスピードを上げよう『ヴィテス』」と鳥になった連絡鳥に魔法をかける。
そして、もう一枚連絡鳥を要求して用件を書き出した。
俺が貰った連絡鳥はギルモア公爵本人に届く。あらかじめ魔力を流しているから他人に奪われることはなく、本人に届いて読まれれば消え去る。届かなくても消え去るから証拠にはならない。密約にはあまり使えないだろう。
俺は森に入る前に王家の暗部を見つけた時と、ステラを発見して森の小屋で鳥を出した。公爵からはステラの安全を第一義とするよう言われている。
公爵からの返信を待っている間「君はギルモアの伝説を知っているかい」と、目の前に座ったエルフの男は俺に聞いた。
「ステラの母親から聞いたことはあります」
『昔、ギルモアの地に星が落ちた。一瞬の閃光と轟音と共に人々は消え去った。森は焼け台地は火を噴き切り裂かれ抉れ、海は大荒れて逆巻き大地に襲い掛かった。稲光が襲う空は粉塵が厚く垂れ込め暗く雪と氷が舞った』
「俺は公爵夫人に連れられて他の兄弟たちと一緒にギルモアの領地で育った。良く遊んで、よく食べて、よく勉強した」
ギルモアの地も公爵夫人も俺達を受け入れてくれた。
ステラは愛らしく、コロコロと太って良く笑った。ステラが公爵家を継ぐ。俺たちはステラを助ける存在になって欲しいと言われていた。
「長兄が家宰、次兄が商会、俺は軍事」
しかし、ステラが王太子の婚約者になって俺たちは離れた。王家に余計な疑いをもたれない為に。ステラはまだ年若く、王家に押し潰されそうだった。
守ろうとしても、俺たちも力が無かった。俺たちは細心の注意を払いながらそれぞれの道に邁進するべく勉強した。
「公爵は俺達を安全な所で教育したが、王家の横暴に手を焼いていた」
王太子がステラを嫌っていると分かると、公爵はメラニーを宛がった。ステラを庇うつもりだったが、婚約破棄の後、王家は本気でステラを殺しに来た。
「ステラは生きている。公爵は俺に言った。連れ戻して来いと。ステラが生きていれば何とかなるのだろうか」
俺の疑問にグレダン教授はあっさり言ってのけた。
「何とかなる」
エルフは笑う。にっこりと無邪気に。そしてその表情を真面目なものにして思いがけない言葉を俺に告げるのだ。
「君は父親に会いたくないかい」
「生きているんですか?」
今まで何も言って来なかった。何の消息もない。名前さえ知らない。もし生きていても俺の事なんか忘れ果てているだろう。
「会わせてあげよう、というか、是非とも会って欲しい」
グレダン教授は意外な事を言いだした。
「別に俺は、会ったこともないし、どんな奴か知りたいかと言えば知りたいが──」
「そうかい。君が会うのも嫌だというのでなくて良かった。早速手配するよ。まあちょっと拗れた奴だから、君への態度も拗れているだろうが──」
その言葉を聞いて少し不安になる。
「その……、危険な奴なのだろうか」
「危険といえば危険かもしれないが、一度会ってみてもいいんじゃないか」
軽い奴だ。
やがてギルモア公爵からの返事が届いた。グレダン教授は先程したためた連絡鳥に至急の魔法をかけて飛ばした。
「待ち合わせをしないといけないからね」
俺の伝書鳥をもう一枚受け取りながらにっこりと笑う。惹き込まれそうな美しい笑みだ。これに騙される奴は多いだろう。
ヘレスコット王国はどうなっているのか。
この男を信じていいのか。利用されるだけか。ヘレスコット王国はどうなるのか。ステラはどうなるのか。俺はどうするべきか。
取り敢えず鍛錬をした方がいいな。
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