第14話 セナルフェの街
エルダー様は忙しい。皆を引き連れて小屋を出ると、小屋を丸ごと封印する。そして結界を張ってあった小屋の周りの地所を更に隠蔽したのだ。
「これでいいか」
軽く頷いて「セナルフェに帰りますよ」と飛んだ。
◇◇
セナルフェは、獣人が四割その他多民族国家ノータム連邦共和国の首都である。普段は好き勝手に暮らしている彼らが一致団結したのは、隣国の強大なカルデナス帝国がサイアーズの森に食指を動かしたからだ。
母なる森サイアーズはエルフは言うに及ばず獣人、魔族にとっても母なる森である。サイアーズに溢れる魔素は森の奥に鎮まるウィンダミア湖にも溶け込み、湖を従えて高く連なる聖地フランデレン山脈には龍が棲まうという。
帝国がこの森を手に入れれば、森を取り巻く国々も帝国に屈するだろう。だから、ノータム連邦共和国が一致団結して帝国に抵抗するのは分かる。
で、そこにこの私が何故関係するのだろう。
ヘレスコット王国の王妃は帝国の姫君だ。王太子アーネストに帝国の姫を迎えたいという王妃の気持ちは分かる。
そうか、私は彼女の意を汲む者に排除されたんだな。もしかして、王国はギルモア公爵家も排除したいのだろうか。だから、公爵家の跡継ぎで、一番非力な私を排除しようとしたのだろうか。
そこまで考えて、身体が震えた。
サイアーズの森で義兄ダリルに襲い掛かっていた新手とは、帝国の、暗部?
彼らは騎士ではない、傭兵とも思えない。とても身軽な格好をして、軽業師のように飛んで、何か煙の出る物や白い粉や火炎の出る物を投げていた。魔術師もいたけれど、それだけではない。
ダリルが私の降らせた雨を身に受けたのは、すぐに洗い流したかったのだろうか。
◇◇
そんな事を考えている間に着いた。転移なのでどのくらい飛んだのか距離が分からない。建物の中で馬車一台分くらいの広間の床に魔法陣が描かれている。
部屋を出ると大きな広い屋敷の離れで、控えの部屋から使用人が出てきた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
チラと一緒に居る私たちを一瞥したが何も聞かない家令らしき年配の威厳のある人と、その後ろに側近、そして使用人たちがぞろりと並んで、一斉に頭を下げる。
庭師のリリちゃんとコックのネムちゃんは自分の持ち場に行き、執事のコケちゃんは側近の後ろに控え、ダリルと侍女のアンは私の後ろに控えた。
侍女長らしき貫禄のある女性が、侍女二人を従えて私の前に来る。
「お嬢様、ご案内いたします」
そしてエルダー様は「ちょっと話がある」とダリルを呼んで行ってしまった。
王都の公爵家とそう変わらない広い屋敷だった。侍女に連れられて屋敷の中の広い浴槽で綺麗に磨き上げられドレスに着替える。
「こちらがお嬢様のお部屋になります」
案内された部屋は二間続きで広い。
すっかり忘れていたけれど私は公爵令嬢だった。エルダー様のお陰で大した苦労もせずにここまで来たけれど、これからどうしたらいいのかしら。すっかり自分を見失ってしまっている。
そうだ、まずヘレスコット王国に帰れるのだろうか。新手がいるとかで帰るのは大変そうだけど、帰ったとしてお父様はどうするのか、ダリルと一緒に帰ったらどうなるのか。
そういえば私はアーネスト王太子に婚約破棄され、修道院に行く所だったんだ。ギルモア公爵領にも修道院があるし、お父様が連れて帰れって言っているのなら、そちらに行ってもいいよね。
あの小さな小屋で暮らしていた方が良かったけれど、アレはエルダー様の好意があってこそで、いつまでも寄り掛かって甘えているのは心苦しい。
考えれば考える程、お先真っ暗で立ち尽くすばかりなのだけれど、ここでのんびりお茶をしながら思う事じゃないわね。
「お嬢様、梨のコンポートとタルトでございまーす」
アンが側に付いていて、なにくれとなく世話を焼いてくれる。
「考えても仕方ないでーす。こういう時はお買い物でございますよ。午後からドレスメーカーが参りますので気晴らしをいたしましょう」
思っているそばから甘やかされているし。
「ダリル義兄様は?」
「こちらの護衛騎士達と鍛錬されていまーす」
「まあ、じゃあ私も魔法の練習をしないと──」
その時コケちゃんが部屋に入って来た。手に何冊かの本を抱えている。
「お嬢様、魔法の本をお持ちしました。こちらが辞書になります。ノートと筆記用具と、あちらのデスクに揃えておきますので必要な物がございましたら──」
「うっ、分かりました」
座学からなのか。頑張るしかない、何かの役に立てばいいのだ。
◇◇
午後からドレスメーカーが来た。デザイナー二人と一同を率いる女性と宝石商と靴屋と統括する人と。
私は寄ってたかって採寸され、エルダー様も込みで様々なドレスのデザインを見生地を見て、宝石や靴も合わせて注文される。
神にこんなに良くしてもらって、いいのかしらと思うのだけど、にっこりと微笑まれると全てが消えてしまう。
いやという選択肢は無い。神よ──。私はその手の中にいるだけでいいの。
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