第7話 森の小屋でのんびり
タオルもシャンプーも石鹸もリネンも豊富にあるので、お風呂に入って、しっかり身体も髪も念入りに洗って、髪にしっかり櫛を入れて梳かした。
鏡に映る顔は銀の髪にアイスブルーの瞳、まだ少し頬がこけているけれど暗い表情は消えている。あの酷い姿のままで神の前に立ったけれど、神は私を突き放すのではなく救ってくれた。まさしく神だわ。
(神に感謝を──、会わせてくれた存在に感謝を──)
独りの部屋で考える。誰かが毒を盛って私を殺そうとしていた。
お父様か……? あの人が私を殺して何の得があるというのだ。公爵家は私が継ぐ。これは決まっている。メラニーの母親だろうか? 分からない。
メラニーとその母親は公爵邸に来たけれど、公爵邸は広い。めったな事では会わないくらい。私は忙しかったし、食事はてんでんばらばらで会う事はなかった。
王家か? アーネスト王子は我儘で感情的な人だ。母親は帝国の姫君で、国王の二番目の妻にして現王妃だ。国王は亡くなった前王妃との間に王子二人と王女ひとりがいた。上の王子は亡くなり下の王子は病弱で、王女は他国へ嫁いだ。
メラニーが公爵家を継ぐと思って、私を排除しようとしたのだろうか。随分と手回しのよい排除の仕方だった。あの王子だけの考えだろうか。国王が公爵家を排除しようとしたのか。
何故────。
疑問ばかりが増えて考えるのを止めた。ベッドに入る。
ちょっと寂しい。どうしよう。
ひとりぼっちだった。
私はひとりで気を張っていたんだな。
強力な保護者を得て、気が緩んだのかな。
泣きたい時は泣いてもいいよね。
◇◇
夜は何処までも落ちて行くけれど、日の出とともに元気になった。
考えてみれば、考えなくても神に拾われて親切にして頂いた。住む所も衣服も食事の心配すらない。そして、また来るって言ったじゃないか。また会えるのだ。
星繋がりだけで、こんなに親切にして頂いていいのかしら?
次の日はお片付けだ。
朝食は、昨日サ・エセルの村で買ったパンをミルクと卵に浸けてバターで焼いて頂いた。これはお母様が病気の時にコックに習って作った事がある。お母様はあまり食べられなくて『ありがとう』とだけ言って下さった。
私は辛くてあの時以来作っていなかったけれど、教えてもらったことは無駄じゃなかったのかなと少し思う。
朝食を簡単に済ませてから顔を洗って着替える。
昨日エルダー様に買って頂いた山のような服は、裕福な平民から下位貴族とか領主階級の女性が着るようなドレスだ。可愛くて動きやすそうでエプロンもあって、ブラウスにスカートといった服もあった。ひとりで着られるのだ。
濃紺の縞柄のスカートに白いブラウスの上にエプロンドレスを着る。髪は緩く編んでリボンで結び、歩きやすそうな靴を履く。
よしと気合を入れて片付け始めた。
片付けは昼過ぎても終わらない。お腹が空いたのでお昼にしよう。ついでに地下の食品庫も見ておきたい。
昨日買った食品は、地下の食品庫にエルダー様が入れて下さっている。物置の横に地下に下りる階段の開き扉があるのだ。
扉を開けて階段を下りて食品庫のドアを開けると、内部は少し肌寒い。棚にはシロップ漬けの果物やジャムの瓶と野菜を酢漬けにしたピクルスの瓶詰が並べられていて、チーズや燻製魚、干し肉や干した野菜果物、包装された黒パンが棚に並べて置いてあった。
地下の食品庫の魔道具は起動していて、上の小さな食品庫と違って他にも何かの魔法が掛けられているようだ。多分保存魔法だろうか。
燻製したベーコンの塊があったので、小さな欠片をひとつと野菜とチーズ、それに黒パンを持って食品庫を出る。
お鍋に水を入れてスライスしたベーコンと野菜でスープを作る。カップに入れて、切り分けてあった黒パンにバターを塗ってチーズをのせて食べた。
まあまあよね、……と独り言ちる。私としては、食べられる上に、お腹を壊さないからポイントが高い。
そういえばお腹が弱かったのか、屋敷でも学校でも時々お腹を壊したっけ。それもこれも毒の所為だったとしたら──、本当によく生きていたな。
『毒で身体が弱っている筈だから、しばらく静養しておいで』
エルダー様はそんなことも言って下さった。ひとりというのは気楽だし、何処までものんべんだらりと出来る。
一休みしてから、寝室にある梯子を上って屋根裏部屋に行った。
屋根裏部屋には本棚と魔石や魔道具の棚と机と椅子があった。地下の食品庫と同じ位の広さだが、天井が低くて小さな明り取りの窓がある。
本の棚を調べてみる。料理とか裁縫とかの本はないだろうか。
そして私は簡単な料理の本と、家事の本を見つけた。ありがたい。
あとは殆んど魔法の本のようだ。魔法の本は学校で習うものよりかなり上級のようで、私には理解出来ない記号や言葉が書き連ねてあった。
エルダー様に聞いたら教えてもらえるだろうか。これが解れば私の自然魔法も少しは使えるようになるだろうか。
◇◇
次の日、何かの鳴き声がして小屋の外を見ると白い動物がいる。何だろう。
「お前、何処から来たの?」
動物に聞くと「めぇぇー」と鳴く。山羊だろうか。まだ子供みたいだ。人懐こくて私が触っても逃げない。
小屋の近くには牧場とか人家はない。妖精とか悪魔が化けて出たのだろうか。だがどう見ても普通の子山羊に見える。
「名前を付けようか?」
「めぇぇー」
「うーん、白いからリリ?」
「んめぇぇー」
「あ、いいんだ。じゃあ、あなたはリリね」
私は小屋の道具置き場から桶を出して、水を入れて飲めるようにして、放置していると仔山羊はそのまま居ついた。
その内、羊が来て雉鳥も迷い込んできた。ネムちゃんとコケちゃんと名付ける。小屋は賑やかになった。
山羊と羊は小屋の周りのぼうぼうに生えた草を食べる。
「美味しい?」と聞くと「んめぇぇー」と返事をする。
魔獣も出ないし長閑なものだ。
ひとりで何とか生きている。でもなんか違うような気がする。
迷いの山羊や羊や雉鳥もいるけれど……、何か足りない。
この小屋のある場所から出たらどうなるのだろう。そもそも、この小屋の位置が分からない。この近所には何があるのか知っておきたいけれど。
そんなある日、男が来た。
癖ッ毛の黒い髪に大柄な体躯。冷めた暗い瞳で私を見る、どこかで見たような男が──。
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