第6話 森の中の小さな村
転移したのは部屋の中だった。床に魔法陣が描かれていて淡く光って消える。
魔法陣は特殊な魔力を封じ込めたインクで描かれた術式で、簡単なものから複雑怪奇なものまで多種多様で、簡単なものは工房の職人にも描けて魔道具に使われる。動力源は魔石で、最近は魔法陣が細かく書けるようになり、小さな魔石で長く出力できるようになって、庶民にも行き渡るようになったと聞く。
「ここも拠点のひとつだ」
どうやらエルダー様には拠点があちこちにある様だ。
部屋を出ると小部屋があって、その向こうは廊下だ。そのまま他の部屋に入らずに家の外に出る。森に囲まれてひっそりと建つ大きな屋敷で、外に出れば高台だ。
入り組んだレンガの坂道に大木が競うように茂っている。似たようなこじんまりとした家がぽつりぽつりと建っていて、間を縫うように小さな川が流れ、家々を囲むように森があった。
この村にあるのは魔素ではない。ぼんやりとした小さな灯りが少し大きくなったり小さくなったりしながらフワフワと漂って、現れては消えて行く。まるで精霊のような、幻想的な景観に心を奪われる。
「ここはサ・エセルの村だ」
エルダー様が村の説明をしてくれる。
「境界の森の東の外れだ」
サイアーズの森はとても広い。隣接している国は五カ国ほどで、ヘレスコット王国もそのひとつだ。森の中にも村があるんだな。
そんな事を話しながら坂道を下って、エルダー様は雑貨店の看板のあるお店に入って行く。
「ステラの服を買おう」
「そんな、あの、えと……」
「家を追い出され、何も持たず、着の身着のままで逃げて来たんだろう?」
全くもってその通りなのだ。私は着の身着のままで断罪され、修道院もしくは娼館に行く所だった。
頼れる人は誰一人としていない。どうやって生きて行けばいいのか分からない。見つかれば今度こそどうなるか分からない。彼の好意に甘えてもいいのかな。
「いらっしゃいませー」
ふくよかなご年配の婦人が出て来た。
「あら、エルダー様」
婦人はエルダー様に愛想よく笑顔を向けた後、私の格好を見て痛々し気に眉を顰める。エルダー様が毒を取ってくれた時に汚れも一緒に取ってくれたので、ドロドロではないけれど、ひどい恰好ではある。胸には例の布切れではなく、エルダー様から頂いたハンカチを入れている。
「急に娘が出来てね、彼女に合うものを頼む」
ええと、私はエルダー様の娘枠なのだろうか。何故か納得がいかない。そんなに年が離れているとも思えないし、私がガキっぽいのだろうか。色々グルグルする私を置いてけぼりにして、お店のご婦人は商売に乗り出した。
「さようですか、お任せくださいませ」
にっこりと微笑んで、私のサイズを聞いて、服から靴から下着から帽子からリネンから、店の中の物を手あたり次第持って来る。
「可愛い嬢さまでございますこと」
「コレなんかお似合いでございますよ」
「色々選びがいがございますわ」
お世辞を言って色々宛がって、どんどん山になっていく商品を、無造作に取り出した袋に詰めていくエルダー様。いや、いいのかしら。
後で公爵家に請求できるだろうか、とちょっと考えた。お父様はメラニーの味方だし、私のことは、もう死んでいると思っているだろうな。
エルダー様がポンポンと商品を放り込んでいる袋はマジックバッグだろうか。転移魔法もマジックバッグも空間魔法だからきっとそうだろう。
属性魔法が使えない私は、空間魔法も覚えられない。自分が何も出来ない矮小で、卑屈で、弱虫で、ちっぽけな虫けらみたいな────。
「もうその辺りで止めなさい」
彼の手が私の頭に乗りポンポンと撫でる。
神よ──。私はこんなに近く、すぐ側に居るのに、その存在は星程に遠い。
◇◇
買い物が終わるとエルダー様の家から転移して元の小屋に戻った。そして買った物を小屋の中に全部出して言うのだ。
「しばらく、ここに隠れていなさい」
「えっ、よろしいのでしょうか」
そうだ、私は断罪され修道院に行く所を逃げ出したのだ。探し出されたら今度こそどうなるのか分からない。隠れ家はありがたい。
しかし、この小屋はサイアーズの森にある。王国から探しに来たら、見つかるのではなかろうか。
「大丈夫だよ。滅多なことでは見つからない」
そして地下の食品庫と、屋根裏部屋を教えてくれて「全部使っていいからね。欲しい物があったらメモしておいて」と、至れり尽くせりだ。
「拠点の小屋に人の気配があったので、ちょっと覗きに来たんだ。いずれ迎えに来るから、ここで待っていてくれるか。また来るからね」
そう言い置いて、私の頭に手を置いてポンポンとすると、彼は帰って行った。
何処の人だろう。人間離れした人だったな。とても優しい人でよかった。追い出されなくてよかった。
でも、慌ただしい人だ。
村で買った荷物が小屋の中に山のように積まれているし、彼が出したお茶のセットはそのままだし、彼が出した椅子もそのままある。
また来るって言ってたな。
ちょっと頬を抓ってみる。痛い。
神が来たことが夢幻ではなくて良かった。
久しぶりに話が出来る人と会って、ちょっと逆上せてしまった。
商品の真ん中で座り込んで作業しているとすぐ夜になる。片付けは終わらなくて明日に持ち越すことにする。
夕飯はサ・エセルの村で買って来たお肉を焼いて、野菜を付け合わせたけれど、お肉は焼き過ぎて硬くなったし、野菜は小さく刻み過ぎてべちょべちょになった。
「まず、お料理が出来るようにならなくてはね」
その内出来るようになる……、だろうか。お菓子は作れるから、習ったらきっと何とかなるわ。
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