第2話 婚約破棄と断罪


 だが王太子アーネスト殿下の王立貴族学院卒業パーティの日、彼は下級生の私をわざわざパーティに呼び出して、みんなの目の前で婚約破棄したのだ。


「私はステラ・ギルモアと婚約破棄する。そしてステラの妹メラニー・ギルモア嬢を新たな婚約者とする」

 私が卒業までと我慢をした意味はなかった。


「お前の無責任な態度、妹メラニーを虐げ苛めて、さらには毒を盛った。その悪逆非道な振る舞いは目に余る」

 ありもしない冤罪をかけられて断罪までする。


「よって、今後はサイアーズ修道院に入り、自分の行いを反省し、この国の為に祈るがよい」

「わたくしは、そのような事は──」

「黙れ! この女を拘束せよ」

 何の言い訳も許されず、騎士に押さえつけられる。そのまま引き摺られて広間を連れ出され、囚人の護送馬車に乗せられた。まるで流れるような手際の良さだ。


 お父様は財務卿、外務卿を歴任した後、宰相を任じられるかと思われたが内務卿になった。仕事は忙しく、今現在も王宮で忙しくしている。お父様の所に私の婚約破棄の知らせが行くだろうか。知らせを聞いてお父様はどうするだろう。


 私はこのまま修道院に送られるのだろうか。サイアーズの修道院に行く街道は殆んど王家の直轄領か、もしくは国王派の貴族の領地を通る。お父様がこの事を知っても、もはやどうしようもないように思われる。

 まだ十六歳なのに修道院に隠棲するのか。私の人生はもう終わったようなものだ。それとも修道院の方が王宮よりもマシだろうか。



  ◇◇


 だがまだ終わりではなかったのだ。

 途中で馬を替え、護送兵を変えて急いだ馬車は、やがて旅の終わりを迎えた。

「おい、降りろ」

 修道院に行く途中の森で、護送兵達に乱暴に腕を掴まれ、馬車から引きずり出される。途中で何度か交代した護送兵は、ガラの悪いならず者に変わっていて愕然とする。


「何をするんですか、離して!」

 私の誰何に護送兵たちはニヤニヤ笑って、少し入った草むらに私を引き摺った。

「このまま死ぬのは可哀想だからな」

「人生の楽しみを教えてやろう」

「奉仕が上手ければ、娼館に売り払った後も贔屓にしてやらんこともない」


 男たちの言葉の端々から自分の未来が透けて見えた。修道院には行かず、ここで凌辱されて娼館に売り払われるのか。恐ろしい言葉に震え上がる。

「やっ……、誰か──」

 叫ぼうとした口に布切れを突っ込まれ、両手を押さえられた。ドレスの胸元を引き裂かれて胸が露わになる。

「へへ……」

 下卑た笑い声に絶望が襲い掛かる。男たちの手が私の胸を弄りスカートを引き上げる。足をジタバタして最後の悪あがきをした。

(誰か────!)



 その時だった。ギャンギャンと犬の吠え声がした。

「わっ!」

「魔狼かっ!」

「ぎゃっ!」

 狼が護送兵たちに襲い掛かったのだ。それも一匹ではない。明らかに群れを成してぐるりと囲んでいる。


 護送兵たちが魔狼に向かっている隙に私は逃げ出した。しかし魔狼は集団で襲い掛かって来たのだ。護送兵だけでなく私にも遠慮なく襲い掛かって来る。

 そして護送兵たちは私を置いて逃げ出した。武器もなく、魔法も使えない私を、魔狼の只中にひとり残して──。



  ◇◇


 この世界には魔法があって、貴族はその魔力が多くて、平民の魔力は少ない。

 しかし教会の魔力鑑定の儀式で、公爵令嬢である筈の私の魔力は平民並みに少ないと判明した。おまけに属性魔法が使えない。


 属性魔法は攻撃や攻撃補助、そして回復と戦闘に使用する魔法で、火と風と水と土が基本だ。二属性が使えると雷か氷を覚え、三属性が使えると光か闇魔法を覚えるという。


 つまり二属性使えてレベルを上げれば雷か氷を覚える。そして三つ目の魔法のレベルを上げれば、光か闇魔法を覚えるのだ。

 二属性使える人間は少ないうえ、レベル上げが大変で光とか闇魔法になると大陸でも数えるほどしかいないという。


 しかし鑑定の結果、私に使えるのは『自然魔法』という訳の分からないモノだった。誰もこの魔法の事を知らない。少ない魔力では、どうやって使えばいいのか、発動の仕方もよく分からない。


 その事に父親の公爵は大層がっかりして、その時点でお父様は私に見切りをつけたのだろう。自分の庶子の中に私の身代わりになる手頃な娘を物色し始めた。

 そして、庶子のメラニーは魔力が多く属性魔法も二属性使えた。


 王立貴族学院の卒業パーティでの蔑むような王太子アーネスト殿下の顔と、勝ち誇ったメラニーの顔が胸に過る。

 だが、それ所ではなかった。



  ◇◇


 私は今、絶賛森の中、ギャンギャン吠える魔狼たちに囲まれている。


 ひとりぼっちで森の中、魔狼に襲われ、か弱い貴族の令嬢ひとりでどうすればいいというのか。攻撃手段を持たない私にはなす術もない。

 物語が始まる以前の問題だ。護送兵に襲われ娼館に行くか、魔狼に食べられて一生を終えるか、こんな酷い二択はいらない。


 死にたくないと思った。この期に及んでまだ生きたいと願った。

 私はあの学校から王宮から、あの状況から逃げたいと願ったのだ。願いが叶って婚約破棄され断罪され逃げられた。

 おまけに、お誂え向きに魔狼まで出て来て、ならず者の護送兵からも逃げられたではないか。


 だから、生き延びたい。

 そうだ、こんな沢山の魔狼じゃあ、痩せた私一人食べたくらいでは、彼らにとって腹の足しにもならないだろう。逃げてもいいよね?


 逃げたいと見回す私の目に、木の枝が見えた。あの木の枝に飛びつければ。しかし、手を伸ばしても届かない。


(ここに来て、届いて──!)

 必死に伸ばした手に木の枝がぶら下がってきた。

 私はそれを掴んだ。両手で掴んだ。枝は、あっという間に元の位置に戻って、飛び掛かった魔狼の牙が私のドレスを掠めて落ちて行った。

 ギャンギャンと魔狼が吠え立てる。枝に掴まっている私に吠え掛かり飛び掛かろうとする。私はもう一段高い場所にある枝を探した。手頃な枝を見つけて手を伸ばす。


(ここに来て。助けて)

 木の枝が私を抱えて持ち上げる。

(ああ、ありがとう)


 高い枝に登った私を見て、魔狼たちは悔しそうに木の根元でぐるぐると回り、木に飛びついて吠えた。

(いや、怖い)

 私はしっかりと木につかまった。すると木の枝が伸びて私をゆりかごのように包むのだ。疲れ果てていた私には魔狼の吠え声が子守唄に聞こえた。

 我ながら図太いとは思う。けれど、本当に枝はゆりかごのようだったし、長旅と度重なる緊張でくったりと気を失うように眠ってしまった。


 そんな風にして、私は王宮で馬鹿にされて以来の自然魔法を使った。私自身は、自分が魔法を使ったとは全然全く思ってもいない。

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