第7章 学園都市メルキス編 第1話(5)
「はぁ~……つっかれたぁ~……」
女子部屋その一、セリナとエメリアの部屋。
部屋に入るなりセリナは荷物の入ったポーチも解かず、近くにあったベッドに倒れ込み、深い疲労の溜め息を吐いた。それを後から入って来たエメリアが物珍しそうに見る。
「あらぁ、珍しいですねぇ。セリナさんがお疲れを口になさるなんて」
「別にいいじゃない。あたしだって疲れる時は疲れるっての」
セリナの面倒そうな返しに、エメリアも隣のベッドに飛び込んで「もふもふですぅ~♡」とその感触を足をばたつかせてひたすら楽しんだ後、ちらと隣のセリナに視線を向けた。
「それは聞き捨てなりませんねぇ。エメリアちゃんのいない間に、向こうでルベールさんと何があったんですかぁ?」
「別に、何にもないわよ。『何が』って、何で何かあったこと前提の話になってるのよ」
毎度の如く面倒そうに追い払おうとするセリナに、エメリアが語調を強めて突っかかる。
「それはよくないですよぉセリナさん。恋する女の子は自分を誤魔化しちゃいけません」
「だから別にあいつとはそんなんじゃないって言ってるでしょ。いつまで引きずるのよ」
なおも面倒臭そうに返したセリナに、エメリアはその声色に真面目なものを混ぜた。
「それじゃあ聞き方を変えますねぇ。セリナさんがルベールさんにそういう気持ちを仮にお持ちでないとしても、エメリアちゃんの見てない間にセリナさんは変わられたはずです。それもおそらく、ルベールさんや、そのご実家の方々との関係で」
見てもいない事実を断言したエメリアに、図星を突かれたセリナの声がわずかに詰まる。
「何で……そんなのあんたにわかるのよ。何も見てないくせに」
「エメリアちゃんの女の子センサーは確かなんですよぉ。セリナさんどころかお嬢様やサリュー様の心の内だって測れるんですからねぇ。見くびってもらっちゃ困りますぅ」
全く納得のしようもないエメリアの眼を見ながら、セリナは探るように訊いていた。
「勘……ってこと?」
「正しくは、エメリアちゃんの女の勘、ですねぇ。意外と外れてないでしょ?」
手玉に取るように言うエメリアの小悪魔めいた瞳に、セリナは観念するほかなかった。
「末恐っろしい女……で、結局何が言いたいのよ」
「言いたいというか聞きたいだけですよぉ。向こうで、エメリアちゃんのいない所で、セリナさんとルベールさんとサリュー様の三つ巴関係に何があったのか、もぉエメリアちゃんはそれが楽しみで楽しみで仕方なくてここに来る間ずうっとうずうずしてたんですからぁ」
「わかった、わかったから。話せばいいんでしょ、向こうであったこと」
餌を前にした仔猫のように瞳を輝かせて迫るエメリアを前に、セリナは参ったように小さく息を吐くと、心を落ち着けて、エヴァンザであったことを語り始めた。
「あいつの……ルベールの家族に会ったの。あいつ、あの町の御曹司だって知ってた?」
「存じてましたよぉ。コーバッツのお名前は道具屋さんでもよくお見かけしてますしねぇ」
「そうだっけ……あたし全然意識したことなかったなぁ。まあとにかく」
エヴァンザでの一連のことを思い出しながら、セリナは語った。
「あいつの家族って言っても、お父さんと妹ちゃんだけだったけどね。お母さんはだいぶ前に亡くなられたみたい。あの王都襲撃戦の後くらいらしかったけど」
「まあ、そうだったんですねぇ……それは御愁傷様ですぅ」
いつになくしおらしく話を聞くエメリアの態度を意外に思いつつ、セリナは話を続けた。
「なんか、複雑だったわね。お父さんはルベールをそのまま大人にしたような感じだったし、妹ちゃんはあいつが大好きで、あたしやサリューさんを目の敵にしてくるし……」
語りながら、ルベールの二人の家族と、その間にいた彼の姿を、セリナは思い出していた。
「何より、あの二人をルベールが本当に大事に想ってるのが、傍にいて伝わってきてさ。あいつが何で家を出て、王都の学園や自警団に入ったのかも、何となくわかった気がした」
「ふぇ……それは、何でだったんですぅ?」
エメリアの問いかけに、セリナはエヴァンザでの一件の中で自らの得た確信を語る。
「あいつ、たぶん自分に責任感じてるのよ。お母さんが亡くなったのも、お父さんや妹が苦労してるのも、自分のせいだって思ってる。本当は全然そんなことないはずなのにね。誰もあいつを責めたりしないのに、あいつはずっと自分を責め続けてる。誰かの役に立つために何かしてないと、その気持ちに押し潰されちゃう。だからあいつ、あんなにマメで気が利くのよ。そうでもしてないと気が休まらないんだって、あの町でのあいつを見てて思った」
迷いなく語ったセリナに、エメリアは驚いたように口をポカンと開けていた。
「セリナさん、お見事ですねぇ。そこまでルベールさんのことを分析なされるなんて」
「別に、あたしが思ったことを言っただけだけど……まあとにかく」
エメリアの反応をさらりと受け流すと、セリナは改めて己の胸の内にある思いを語った。
「あたしは、あいつがそれほどの想いを抱くだけの理由も、そのためにあいつが無茶をするような人間だってことも知った。だから、あたしはあいつを止めたいと思った」
「止めたい……ですか?」
エメリアの訊き返しに、セリナは力強く頷いた。
「あいつは進める時はいくらでも進める人間だし、逆にどこかで止めてあげないとヤバい所まで行きかねないって思ったから。あたしは、あいつの行き過ぎを止めたい。あいつは、ちゃんとしてればしっかり者だけど、おかしくなった時はいろんな意味でヤバい奴だしね。あいつ、そういうの誰にも言わないから余計こじらせるし。ホント、厄介な奴なんだから」
ルベールの姿を思い出して軽く笑いながら、セリナは思い返すように言った。
「でも、あたしには見せてくれたんだよね。そういうとこ。だから……」
そして、その事実を噛み締めるように、己の中に生まれていた決意を言葉にしていた。
「あいつがちゃんと自分の道を見失わないで先に進める、その手伝いをしたいって思った。いつか、あいつがちゃんとあの家族の中で笑える日が来るのを、手伝いたいって思った。あたしがもし、あの町を訪れて変わったとしたら、そういうことじゃないかな」
迷いのないセリナの言葉に、エメリアは驚きを隠せない表情になっていた。
「はえぇ……熱心ですねぇ、セリナさん」
「何よ。そんな本気で感心されるとは思わなかったんだけど」
軽く笑ったセリナに、エメリアは抗議の色を見せながら言い返した。
「セリナさんはエメリアちゃんを穿って見過ぎですぅ。エメリアちゃんだってピッチピチの恋する乙女なんですから、同じ女の子の真剣なお話ならちゃんと真面目に聞きますよぉ」
「へぇ、意外ね。あんた、人をからかうしか能がないって思ってたわ」
「セリナさんひどいですぅ~!」
頬を膨らませてむくれてみせるエメリアに、セリナは吹っ切れたように笑って返した。
「なんか、ありがとねエメリア。まさかあんたにこんな話することになるとは思ってなかったけど、話したら少しすっきりしたわ。やっぱ溜め込むのってよくないわね」
胸のすく思いになりながらセリナがふと見ると、エメリアは表情を凍りつかせていた。
「何、どうしたの?」
「は、はわわわわぁ……まさかセリナさんがエメリアちゃんを行き場のない感情の捌け口にしようとしてたなんて……それはさすがに想定外ですぅ! 助けてクランツさぁ~ん!」
「ちょ、何て曲解してんのよ! そのノリでクランツのとこに行くなバカ猫ぉッ!」
安息もそこそこに、悪ノリで駆け出したエメリアを追って、セリナは部屋を飛び出した。
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