第7章 学園都市メルキス編 第1話(3)

「やあ、クランツ。それに皆さんも。メルキスに来ていたんですね」

 声をかけられた少年・カルルは、まるで顔なじみに再会したかのような気軽さで返した。開いた口が塞がらないクランツに代わり、クラウディアを始めとする面々が彼に歩み寄る。

「カルル君……戻っていたのか」

「ええ、つい数日程前に。またお目にかかれて嬉しいです、クララさん」

 ぴきっ。

 カルルが平然と口にしてのけたその親しげな言葉に反応したクランツが突っかかる。

「お前、何でここに……」

「前に会った時に言わなかったかな。僕はメルキスの聖堂学園の学生だよ。夏季休暇から帰ってきただけさ。レポートも書かなくちゃいけないしね」

 カルルの説明の一端に興味を示したルベールが探りを入れた。

「レポート、というと学園の課題か何かかい?」

「報告書、というより単純な旅の記録ですね。見て回ったものはちゃんと記憶にしておかないともったいないですから。学徒にとって、あらゆる経験は力になりますしね」

 それよりも、と、カルルは言った。

「実は、エマさんとゲルマントさんから話は聞いていたんだ。ここに来たのも、ハーメスでの旅業の続きなんだろう?」

 カルルのその言葉に、今度は全員が呆気にとられた。セリナが訝しげに訊き返す。

「何、じゃああたし達が来るの知ってたってこと?」

「さすがに、いつもの用事でここに来たら会えるとまでは思ってなかったけどね」

 苦笑してみせるカルルの言葉に、クランツはあることに気づいてエマを見た。

「エマさん、もしかして知り合いって……」

「ええ、彼のことよ。ギルドの仕事に興味があるみたいで、よく立ち寄ってくれるの」

 エマの話に、クランツはカルルの襟を掴んで強引に顔を近づけた。

「うわっと……何だい?」

「ひとつだけ教えろよ。お前の正体について、あの人は知ってるのか?」

 クランツの単刀直入な言葉に、カルルは少し驚いたような顔をした後、小さく笑った。

「気を遣ってくれてるのかい?」

「お前の身分考えたら、バレたらまずいんだったら気を付けないとだろ」

 クランツのその気遣いに、カルルは笑みを見せると軽く言った。

「エマさんに訊いてみなよ。何なら、僕の級友達でも町の人達にでもいいけどね」

 そして、クランツの腕をやわらかく振り解くと、クラウディア達に向き直った。

「何にせよ、また皆さんとお会いできて光栄です。僕はこれから寮に戻りますが、もしよろしければ後日訪れる聖堂学園をご案内させてください。学園内でも割と顔が利く方なので」

 今後の行動を見透かしたようなカルルの言葉に、クラウディアが訝るように眉を顰める。

「なぜ、私達が聖堂学園を訪れることを知っている?」

「ハーメスでの旅業の目的に沿うなら、貴女方は町の代表に顔を合わせに行くはずです。そしてこのメルキスの事実上のトップはセイランド学園長。簡単な推理ですよ」

 そう言うと、それに、と、カルルは照れ笑うように付け加えた。

「どうせ学園においでになるなら、僕の普段暮らしている風景を紹介したいと思っただけです。皆さんにはまだ僕のことをあまり知られていないようなので。ほんの気まぐれですよ」

「相変わらず聡い上に現金ねぇ。恐れ入っちゃうわ」

 呆れ返るように感心したサリューのその言葉を節目に、カルルはその場の辞意を告げた。

「では、皆さんはお仕事のお話のようなので、僕は今日はこれで。聖堂学園に来る時はぜひご一報ください。では、失礼します。エマさん、また日を改めますね」

「ええ、またね。カルル君」

 エマに柔和に見送られ、カルルはその場を後にした。その背を見送ったセリナが呟く。

「何よあの感じ……学園に一報って、別にあの子が学園長ってわけでもないでしょうに」

「はは……まあ、似たようなものといえば似たようなものだろうけどね」

「え、どゆこと?」

「いや、何でもないよ。しかし彼も相変わらずの王子様気質だな。ブレないものだ」

 セリナとルベールの話す横で、クラウディア達もカルルの登場について話し込んでいた。

「すごいですねぇ、たまたま出会っちゃうなんて。これも運命なんでしょうかねぇ」

「あなたが言うと解釈に困るけど……でも、本当に偶然ね。聖堂学園の学生だっていうのは聞いていたけれど、まさか趣味でギルドに出入りしてる中でばったりなんて」

 重なる偶然に驚くエメリアとサリューに、ゲルマントが言葉を挟む。

「いや、わからんぞ。あいつは少なくとも俺がこの町に着いた時点でお前らも合流することを知ってたはずだ。偶然を装って狙い通りに来た……あの坊主ならやりかねんな」

「あら、それは策士ね。そんなにしてまで驚かせたい人でもいたのかしら」

「そうですねぇ。お嬢様も隅に置けませんねぇ」

「なぜ私を見る、お前達……」

 サリューとエメリアから揃って向けられた好奇の流し目に、クラウディアは呆れたように小さく息を吐くと、リーダーとしての立場からカルルとの再会について語った。

「だが、彼と再会できたのは僥倖だったかもしれないな。ハーメスで別れてから、彼も独自の行動を取っていたはずだ。彼とも情報を交換できれば、より事態の把握に繋がるかもしれん。ここは誘いに乗らせてもらうことにしよう」

「まあ、そうね。向こうも乗り気みたいだし、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

「ですねぇ。そういえば、ジャックスさんは一緒じゃないんでしょうかぁ。気になりますぅ」

 カルルとの再会について言葉を交わすクラウディア達のそれらのやり取りをよそに、クランツはカルルの去った戸口を、敵を睨むような目で見つめていた。

(あいつ……)

 再会して早々クラウディアに誘いをかけてくるなんて、やはり油断がならない。

 転機の地に着いて早々、気を引き締めなければならないクランツだった。

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