第08話 【この夏家族で映画に行こう!編】~【恋と別れ編】


【この夏家族で映画に行こう!編】



「これより家族会議を始める!」


 家のオフィス。

 父、母、兄と顔を合わせるようにして、ミントは椅子に座っていた。


「父さんな、実力はSランクなのに目立ちたくないからBランクだって詐称してるんだ」

「ちゃんと働いてよ」

「ははは、断固拒否する」


 バァン!

 そのとき家のオフィスの扉が開いた!


「警察だ! お前を詐欺容疑で逮捕し、しかるのち社会による承認と実力に見合った適切な評価を受けてもらう!!!!!!」

「何っ――離せっ、うわああああああ!!!!!!!!!! 周囲から尊敬の目で見られてしまうううう!!!!!!!!!」

「父さーーーーん!!!!!!!!!!」


 家のオフィス。

 母、兄と顔を合わせるようにして、ミントは椅子に座っていた。


「時にはこういう別れもあるから、ふたりもよく覚えておきなさいね。ところで母さんね、時給八百円のパートなのにアクティブユーザ数が二十億人規模のVRMMOを実質ワンオペで運営してるの」

「業績アピールしなよ」

「ふふふ、断固拒否する」


 バァン!

 そのとき家のオフィスの扉が開いた!


「株主だ! お前を株主総会に連行し、しかるのち会社から適切な評価とポストを受けてもらう!!!!!!!!!!」

「何っ――離せっ、うわああああああ!!!!!!!!!! 事業責任者になって次世代のカリスマに祭り上げられてしまうううう!!!!!!!!!」

「母さーーーーん!!!!!!!!!!」


 家のオフィス。

 兄と顔を合わせるようにして、ミントは椅子に座っていた。


「まいったな。これじゃ諸事情あって両親が海外で働いているから実質一人暮らしみたいになってるラノベの主人公の家みたいだ。でも安心しろよ、ミント。兄さんな、全然ラノベっぽいことなんか身近に起こらない、灰色の青春を送ってるんだ」

「楽しそうなことに自分から飛び込んでいきなよ」

「やれやれ、断固拒否する」


 バァン!

 そのとき家のオフィスの扉が開いた!


「宇宙人だ! お前を我が母星に連行し、しかるのち私を恋に落としたことへの適切な報いと愛の言葉を受け取ってもらう!」

「何っ――離せっ、うわああああああ!!!!!!!!!! 己の求めた退屈とはかけ離れた刺激的な、しかしどこか心から拒絶できずに何だかこれも悪くないなんてガラにもなく思わされてしまうようなどったんばったんラブコメディの日々を送らされてしまうううう!!!!!!!!!」

「兄さーーーーん!!!!!!!!!!」


 家のオフィス。

 ミントは椅子に座っていた。


「誰もいなくなってしまった……。でもオレもさ、実はこういう一軒家でだらだら自堕落な暮らしをするのに憧れてたんだ」

「丁寧な暮らしを送りなよ」

「へへ、断固拒――誰だ今の!???!?!?」


 バァン!

 そのとき家のオフィスの扉が開いた!


「家だ! お前を我が体内から弾き出し、しかるのちこの世に生を授かった幸いに見合う立派な人生を送ってもらう!」

「何っ――離せっ、うわああああああ!!!!!!!!!! なんだかよくわからない抽象的なお題目の下に当人の欲望を無視したご立派な人生を始めさせられてしまうううう!!!!!!!!! オレーーーー!!!!!!!!!!」


 すぽーん!

 ひゅるるるるるる……。

 ぐさっ!


 ミントは家から発射され、近所の公園に突き刺さる。

 雨が降って長いのだろうか、砂場の砂はすっかり泥のようであり、ミントは上半身が地面にぶっ刺さっていた。


 ゆっくりと、その身体が傾いていく。


 どちゃっ。


 引っこ抜けた先で、目が合った。


「お前……」

「……グルル……」


 段ボールに入った、雨に濡れた猫。


 同じくずぶ濡れになったミントは、


「名前は?」

「…………チーちゃん、と、呼ばれていたこともある」

「そっか。チーちゃん――」


 泥を除けて立ち上がる。

 上着を脱いで、猫の上に大きく広げて傘にする。


「オレたち、同じだな。ひとりぼっちだ……」



【この夏家族で映画に行こう!編 完】






【ιぁゎせっτぃぅのゎ乙のココロヵ゛決めゑωだょ……! あと環境とか体調とか運とかそれまでの流れとか社会とか文化とかそして最終的には個人的な信念とか編】



「店長~こんなにお客さんが来ないんじゃお店が潰れちゃいますよ~~(裏声)」

「はっはっは。いいんだよ趣味でやってるだけの店だからね(低音)」

「そんなこと言ったって店長別に何の後ろ盾もないしお店が潰れたら人生一巻の終わりじゃないですか~(裏声)」

「はっはっは。はっはっは……(地声)」


 ちんけな店のオフィス。

 受付の席で天井を仰ぎながら、店長のムーナはひとりで喋っていた。


「私の人生は一巻の終わりだ……」

「こんばんはー。やってますかー」

「二巻の始まりだ……」

「『いらっしゃいませ』くらいちゃんと言った方がいいですよ」


 ベルを鳴らして入ってきたのはほとんど唯一と言っていい常連客のミント。

 それからその傍にいつも控えている大きな猫のチーちゃん。


「あれ、外いま雨?」

「家から出たときはちょっとだけ」

「よく雨の日に家から出る気になるねえ、少年」

「オレが家から出る気にならなかったら今日のこのお店の売上ゼロなんじゃないですか? ……雨降ってるから頭重くて」

「物理的に?」

「物理的に重かったら病院行ってます」

「若いのに。直した方がいいんじゃない? 昼夜逆転」

「ゲーム実況ってコアタイムが夜なので、なかなか……」

「大変だねえ、マジカルネットアイドルも。こんな怪しい店にまでノコノコ入ってきちゃうんだから」

「外の看板ほんと趣味悪いんで外した方がいいですよ」

「私のセンスにケチを付けるな生意気な」

「自分で怪しいって言ってたのに……」


 ぶつくさミントが呟くのを無視してムーナは早速施術の準備に取り掛かる。

 が、その前に、


「あ、」

「なんですか」

「今日お金ぴったり持ってきてる?」

「……いや。大きいのしかないかもです」

「じゃあお釣りないわ。銀行寄ってきてからでいい?」

「一緒に行きます」



【ιぁゎせっτぃぅのゎ乙のココロヵ゛決めゑωだょ……! あと環境とか体調とか運とかそれまでの流れとか社会とか文化とかそして最終的には個人的な信念とか編 完】






【銀行編】



「動くな! 俺は銀行襲い屋さんだ! 手を挙げろ、店長を出せ!」

「ひぃいいいいい!!! 動けばいいのか手を挙げればいいのか店長を出せばいいのかどれがどれなんだぁああああ!!!!」

「なんて脆弱な処理能力なんだ……わかった! さっきの要求は全部忘れて改めて金を出せ!」

「はい! 出しました! これをあげるので早く帰ってください!」

「よし、わかった!」

「はい、このとおり上にあげたんだが? あげるとは言ったけど渡すとは言ってないんだが? 約束なのでさっさと帰ってほしいんだが?」

「クソッ、論破された……」


「お次のお客様~」

「少年、先行く?」

「お先どうぞ。年功序列」

「舐めるなよ」



【銀行編 完】






【恋と別れ編】



 看板には『催眠術屋さん』という文字と、大きな目と手と念波の絵と、サイケデリックな紫色の明かり。


 そんなちんけの店の施術室のオフィス。

 ミントはベッドで目を覚ました。


「……よく寝た」

「よく寝れんねえ、こんな怪しい店で。寝てる間に何かされてたらどうすんの?」

「そのときはチーちゃんの口元が赤く染まってると思います」

「怖……人食うのこの子……」

「グルル……」


 ミントは大きく伸びをする。

 壁掛けの時計は十九時。


「あ、頭重いの取れた」

「頭ごと?」

「はいはい。こんなに良い効能があるならもっと流行ってもいいと思うんですけどね、この店」

「怪しいからね」

「怪しいのなくしましょうよ」

「その才能は……私にはない」


 預けていたバッグを手に取って、コートも着込む。

 ミントの耳には、静かな音が響いている。


「もしかして、雨結構降ってます?」

「降ってんね。傘持ってきてない?」

「小雨だったから」

「止むまで待つ?」

「や、夜に打ち合わせがあるんで走って――」

「ちょい待ち」


 ばたばたとムーナがさらに奥のオフィスに入っていく。

 手持無沙汰でミントはエントランスのオフィスで視線を巡らせる。


 変な猫の置物がある。


 傘を持ってムーナが出てくる。


「地下道の入り口まで送ったげるよ」

「え、いいですよ」

「どうせちょっと買い足したいものあったし。……あ、それ見てた? それねえ、」


 ムーナが変な猫の置物を手に取って、


「昼の客が置いてったんだよね。ジンクスグッズとか言って」

「うそ」

「ほんとほんと。何だっけ、考古復興調査会?とかいうところと繋がってるらしくてさ。んで、昔いた伝説の猫にあやかった古代遺物だから何たらかんたらとか言って勝手に――」

「そっちじゃなくて、」


 ミントは目を丸くして、


「いるんですか、オレ以外に客が」

「そりゃいなきゃ餓死しちゃうでしょ、私が」

「こんな変な店なのに?」

「おかげで変な客しか来ない。旧貴族の血筋で財閥の御曹司とか何とか言ってたけど、全然こっちの話は聞かないし、なんか毎回要らんプレゼント持ってくるし……って、ちょっと待って。流石にサンダルだとあれだから靴持ってくるわ」


 ばたばたとムーナがさらに奥のオフィスに入っていく。


 ミントはその背を見送ると屈み込んで、


「チーちゃん」

「ワン」

「オレって可愛い方だよな? 自分で言うのもなんだけど、顔とか。アイドルだし。そんで帰り道とか送ってもらえるってことは、向こうも憎からず思ってくれてるってことだよな? 少なくとも嫌われてはないよな?」


 チーちゃんは頷く。


「――ああっ、でも勇気が出ない!」

「グルル……早く、しろ!」

「いやでもさあ! ……いやでも、そうか。そうだよな。誰かに取られる前にさっさと言わないとダメか。それこそ、チーちゃんの言う『効率的』ってやつだよな」

「違う」

「え?」

「大切な言葉は、いつまでも伝えられるわけじゃないからだ」


 ムーナが出てくる。


「よし、ごめんね待たせちゃって。行こっか……何話してた?」

「店ダサいねって」

「ぶっ飛ばすぞ」


 ミントは笑う。


 ムーナが傘を広げて、店の外に出る。

 ミントはひっそりチーちゃんを撫でて、


「ありがと。勇気出してみるよ」


 連れ立って店を出た。


 店から地下道の入り口までは、長いようで短い。


「これ大丈夫? チーちゃん濡れてない?」

「大丈夫で……大丈夫? チーちゃん」

「ワン」

「傘が馬鹿でかくて助かった……」


 胸が爆発しそうなくらいに脈打っている。


 途中でムーナから奪い取った傘を握る手は、雨に触れてもないのに濡れている。


 頭はもう軽いはずなのに、徐々に視線が下を向いていく。


 それでもミントは、勇気を出して、


「む、ムーナさんっ!」

「お?」

「……は、いつごろ自分の催眠術の才能に気付いたんですか」

「グルル……」


 チーちゃんが下から物言いたげな視線。

 ミントは不甲斐ない気持ちで、けれどムーナは普通に答える。


「大したこっちゃないよ。子どもの頃にコインに紐付けて『あなたは段々ねむくな~る』ってやったことあるでしょ」

「ありますけど」

「あれで教室にいる全員寝た」

「えぇ……」


 引き気味で、


「じゃあ何なんですか、店でやってるあの変な蝋燭とかアロマとかああいうのは。要らないでしょ」

「雰囲気作り。癒されるっしょ、間接照明とか」

「いかがわしいですよ」


 どす、とムーナの肘にミントは脇腹を突かれる。

 それが嬉しくて笑ってしまう。


「え、じゃあそれって店の外でもその気になればいつでもできるんですか」

「できるよ。やったげよっか」

「うわポケットにコイン――紐も付けてるし」

「なんだよ」

「変な人ぉ」

「とびっきり変な催眠かけてやる。何にしようかな~」


 悩む素振りを見せた後。


 とびきりいいことを思い付いたような顔でムーナは笑って、



「あなたは段々幸せにな~る~……つって」


 それから、どこか恥ずかしそうにはにかむものだから。



「――ムーナさん」

「なんだよ少年。あ、言っとくけど人には弄っていいときとダメなときが――」

「オレ、」


 ミントはもう、言うしかなかった。


「あなたのことが――――」







「――――『歴史』は好きか?」






 街灯が、すべて消えた。


 ミントはそれから気付く――足が動かなくなっている。


 雨の日の夜の闇。

 その中にぽつんと、人影らしきものがある。


「『チーター』だな」


 人影が歩いてくる。

 手には本。


「『太古』と呼ぶにも生温い『遥か』過去――『世界』の『破壊』と『再生』を繰り返した『古き存在』。司るのは『高速』と『効率』」

「グル――」

「動くな。すでにお前はボクの『能力』の『射程距離圏』にいる」


 それは、少年だった。


「だ、誰だよお前――」

「名はメルトキオ。この街で『願い』をかけて戦う『十三人』の『能力者』の一人。と言っても、『参加者』ではないキミたちにとっては関わりのないことだ。――どうせこの『邂逅』も、キミたちの『歴史』には『残らない』」


 メルトキオはチーターに向かって、


「ボクの『能力』は『単純』だ。『歴史』を『本』に変え、その『内容』を『改変』できる――細かい『縛り』はあるが、『大枠』ではその『認識』で構わない」

「チーちゃん、」

「『ムダ』だ。いくら『チーター』が速くともこのボクの『能力』はいわば『天敵』だ」


 メルトキオは本を叩く。


「『能力』を『発動』すれば、『チーター』の『歴史』の『体積』によって『街』――いや、『国』あるいは『星』か? それが『圧し潰される』。『純粋』な『量』の『問題』だ。『ボク』も『タダ』では『済まない』だろうが、『能力』は『死後』にも『発動』が『継続』するから、少なくとも『交渉』の『余地』を『発生』させることはできる――『キミ』がいくら『速』かろうとね、『チーター』」

「……目的、は」

「『能力者』を『打倒』して『願い』を『叶えたい』。『ボク』の『能力』は『比較的』『貧弱』でね。『強力』な『相棒』が『欲しい』――『キミ』のような」


 チーターが、一歩踏み出す。


「チーちゃん!」

「――少年、ここは……」


 ミントは、泣きそうな顔で。

 言葉を探して、


「か、帰ってくる、よな……?」


 それからふっつり、ムーナとともに、糸が切れたように膝から崩れ落ちる。

 チーターは何も言わずに、ふたりの身体を支えた。


 メルトキオが歩み寄る。


「『すまない』ね。『能力』を使って『ここに至るまでの歴史』を『改変』させてもらった。『命』に『別状』は『ない』し、『ボク』は『絶対記憶』の『持ち主』だから『戦い』から『生きて帰る』ことが『できたら』『元の歴史』を『復元』できる……『重そう』だな。『手伝おう』」


 催眠術屋の小さなオフィスに、メルトキオとチーターは戻る。

 施術室のオフィスにふたりを寝かせて、


「『能力』を使え。ミントから『チーター』の『歴史』を消せ」

「――『いい』のか?」

「覚えていれば、戦いに巻き込まれる」


 メルトキオは本を開く。

 閉じて、


「『消した』よ。『だが』、『本当に』『いい』のか? この『歴史』を『見た』ところ『キミ』は――」

「聞かせろ」


 チーターは、低く唸るように言う。


「『能力者』を打倒して叶えたいお前の『願い』は、なんだ?」


 メルトキオは、本をしまう。


 自嘲するように笑った。



「――死にたくない。笑うか?」



 雨が降り出して、夜は寒くなった。

 チーターはミントとムーナのふたりに毛布を被せる。


「いいや、」


 首を横に振る。


「笑わない」


 一人と一匹が、闇の中へと消えていく。



【恋と別れ編 完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る