第06話 【聖なる自由の剣編】~【大いなる船出編】


【聖なる自由の剣編】



 でっかい墓場の前。

 フィントは立っていた。


「父さん……私、もう行くよ」

「あ、そっちのお墓掃除終わったか?」

「うん」

「忙しいところありがとな。行ってらっしゃい」

「行ってきまーす!」


 ダッ!

 フィントは駆け出し、駆け出しながら顔を上げた。


 空は見えない。

 ここはでっかい地下労働帝国。


「よう、フィント! 今日はとうとう旅立ちの日かい?」

「門番のおじさん! うん! 私、こんな場所で労働だけして一生を終えるなんてまっぴら! 今日から無職になる!」

「はは! 威勢のいいこった! 暗くならねえうちに帰ってくるんだぞ!」

「帰らないよ!」


 フィントは真剣な顔で、


「だって……おかしいよ。なんでオペのためにあのよくわかんない棒みたいなやつをぐるぐる回させられるのか、私、全然わかんない」

「それは俺もわかんねえ」

「わかんないのに一生こんなことするつもりなの!?」

「人生ってのはそういうもんだから……」

「私の人生は……違う!」

「そう結論を急ぐ必要はないさ。そのうち労働者にもかかわらず経営者の目線に立って意味不明な過重労働や社会構造の悪趣味さも肯定できるようになる。伝統って名前を付けて、理不尽を呑み込めるようにもなる」

「そんなの待ってられないし、伝統なんてクソ食らえだ! この旅立ちだって遅いくらいなんだから! 私もう行くね! うわ~遅刻遅刻~!」

「……行っちまった。ひょっとしたら、あの子ならなれるのかもしれねえな。働くってことの本質を理解した、有職でも無職でもない伝説の存在……『自由人フリーター』ってやつに」


 ズダダダダダダダ!

 フィントは生まれて初めて風の存在を知った馬のように意気揚々と荒野を駆け巡る!


 見渡す限りがでっかい不毛の大地、砂漠。

 地下労働帝国は強大で、しかし慈悲がない。


 すでにこの星の地表は住めたものではなくなり、地下もいずれそうなることは想像に難くなかった。


「ハア……ハア……。勢いで駆け出してきちゃったけど、どうすればいいのか何にも考えてなかったや」


 息を切らしたフィントは足を止め、うずくまる。

 ぼんやりと考え事をして、


「……うん。決めた。私、この世で最強の剣士になる! 自分のすることを自分で決められるようになるために! そうと決めたらどっかに剣がぶっ刺さってないか探してみよーっと!」


 てくてくてくてく。


 デデーン!


「わ、わあ! まるでものすごい速度で隕石が落ちてきて地上をぶち抜いてこの帝国領にまで届いちゃったみたいなでっかいクレーターがあってその中心に大型肉食獣がぶっ刺さってる! 剣じゃないけどまあいいや! 夢って追い掛ける中で少しずつ変わっていくものだけどそれは何かを諦めたからじゃなくて距離が近付いていくにつれてその輪郭がよりはっきりしたからだもんね! 私、この世で最強のテイマーになる! 引っこ抜いちゃお、よいしょお!」

「グルルルル……」

「こんにちは!」

「挨拶は時間の、ムダ!!!」

「うわあ、とってもストイックなチーターだ!」


 フィントは初めてチーターを見た。

 伝説の生き物だ。


「う、運命感じちゃうな……。あの、チーターさん! 私と一緒に旅してくれますか!」

「ワン!」

「伝承のとおりワンって鳴いてる! すご……って、うわわ! いきなり何!?」


 ふわっ。

 どさっ。


 フィントはチーターに首を咥えられると、そのもふもふの背中に乗せられた。


「グルルルル……行先……言え……」

「い、行先? 乗せて行ってくれるの?」

「ワン!」

「ほんと!? すっごく嬉しい! えっとーね、それじゃあ……」

「…………」

「えっとね。えーっとね……待ってね、今ね……」

「…………」

「考えるから……」

「ワン!」

「わあ! ごめんって! 私、旅に出たばっかりで何もわかんないんだってば!」


 ぶんぶんとチーターに振り回されながら、捕食される寸前、すんでのところでフィントは、


「あ、あなたの方は何かしたいこととか、行きたいところとかないの!?」

「…………」

「チーターさん?」

「……天島、テンコ」


 天島テンコ、とフィントはその言葉を繰り返す。


「誰? あなたのお友達?」

「グルルル……知らないなら、いい……」

「いや、でも行きたいところがあるなら――わ、わかったって! ええと、それじゃあ、それじゃあ海! 海行こ、海! 私、まだ海見たことないから!」


 それで、と必死にフィントは頭を絞って、


「それで――サメでもテイムしようよ! 旅の仲間は多い方が楽しいでしょ?」



【聖なる自由の剣編 完】






【大いなる船出編】



「やっべ~……封印明けから六万度寝くらいしてド派手に寝過ごした~……」


 でっかい海のほとり。

 それは目覚めた。


 頭を振る。

 眠気を覚ます。


 それからそれは、自分のことを思い出す。


「名前は……ヘクトラゼオン。年は……忘れた。故郷、友人、それから自分が最後にどいつから不意討ちを食らっていつものように封印されたか……」


 んおー、とヘクトラゼオンは頭を掻くと、こてん、と身体を後ろに倒して、


「いつものごとく全っ然思い出せん! 生きてる時間の長さに比べてあたしの記憶力はどうも……って」


 起こして、


「なんじゃこりゃ」


 海を見た。


「やったー! とうとう着いたよチーちゃん!」

「グルル……」

「長い旅だったねえ……って、私がワガママ言いまくっちゃったからだけど。でも――ねえねえ! ほら、海だよ海! 私も初めて見たんだけど、こんなに綺麗なら長い時間をかけて一緒に旅してきた甲斐があると思わない?」

「…………」


「おーい。そこの君ら」


 すると、ちょうどよくその時代の者らしき人間と動物が現れたものだから。

 ヘクトラゼオンは手を挙げて、そっちに近寄って行った。


「よっす。君ら、現地民?」

「こ、こんにちは……? 現地民……ってわけじゃないですけど。強いて言うなら旅人?みたいな。ねえ?」

「グルル……挨拶は時間の、ムダ!」

「うおっ、動物が喋っとる。竜の一種か?」


 あたしはヘクトラゼオン、とそれでも名乗る。


 人間の方は、フィントと名乗った。


「そんな固くなんないで。全然道とか訊くわけじゃないから。あたし今、ちょっとした記憶喪失状態でさ」

「え、えぇっ……。大丈夫なんですか、それ?」

「まーねー。慣れてるし。つーか別に記憶があったところで大して役に立つほど『最近』でもないんだけど……って、そんなことはどうでもよくて。訊きたいのはさ、」


 こんこん、と指の背でヘクトラゼオンはそれを叩いた。


「何、これ」

「何って……海ですけど」

「いやそっちじゃなくて。こっちのガラスのこと」


 フィントは首を傾げて、


「ええっと……ごめんなさい。何を訊かれてるのかよくわからないんですけど、その、ガラスがなきゃ危ないですよね。だって、壁を作らなくちゃ水が流れ込んできちゃいますし」

「……何。まさか、君ら地下に住んでんの?」

「地上に住んでる人なんて――」



 ギィーガゴゴゴゴゴゴ!!!



 フィントの言葉は、轟音によって半ばで断ち切られた。


「げっ、『監視人』……」

「カンシニン? なんだそれ」


〔――生体信号確認。識別整合失敗。オートパトロールモードからインタラクションモードに移行。不明個体に警告。当機に対し、カウントが開始してから十秒以内に、当エリアへの入場許可を伴う身分証明コードの提示を行ってください〕


「帝国の治安維持装置で……その。見ての通り?」

「なるほど? オーケー。何となく事情は呑み込めた」


〔提示が確認されなかった場合、当機は鎮圧モードに移行します。カウント開始。十――〕


 懐かしい得意分野だ。

 ヘクトラゼオンは寝起きに軽く肩を回して、


 一応確認。


「あれって、ぶっ飛ばしちゃっていいんだよね?」


 こくこく、とフィントが頷く。

 に、とヘクトラゼオンは笑った。



「――――〈まずは全てを始めよう。全てを忘れるところから〉」



〔七――〕


「〈お前たちは覚えているか? あらかじめ火を失っていた日々のことを〉」


〔六――〕


「〈土が、水が、風が、光が、お前たちが友とする全てのものが未だ形もなく、影すらも影ではなく、ただ空白であり、空白ですらなかったあの日々のことを〉」


〔五――〕


「〈覚えているなら、忘れるがいい〉」


〔四――〕


「〈私もまた、それを覚えていないのだから〉」 


〔三――〕


「〈忘れろ。言葉が失われた日々を。お前たちの存在しなかったあの遠き日々を。何も存在せず、ゆえにこそ遠く及ばぬあの日々を〉」


〔二――〕


「〈そして今、全てを忘れたなら、ただ一つを思い出せ〉」


〔一、〕


「〈お前のもっとも傍に立つ、もっとも近しき友の名を〉――」





〔焼却砲、発射〕

「――――〈ゼロ〉!」





「す、すごい……」


 バチバチと、『監視人』はその機体のほとんどを失って崩れ落ちる。


 ぴゅう、とヘクトラゼオンは口笛を吹いた。

 懐かしい響き――どこの誰から教わったのだか忘れてしまったが、確かこんな風に、調子の良いときにする仕草のひとつだったはずだ。


「どうよ? 物は相談なんだけど、君。頼りになる用心棒は――」

「――あんなに複雑な魔法を、意味のわからない戯言をべらべら喋りながら!?」

「ん?」


 ヘクトラゼオンは眉間に指を当てて、


「お待ちよ君――ええっと、フィント。今のは詠唱と言って非常に高度な魔法の――ちょっと待て。君、魔法使える?」

「え? あ、はい。簡単なのなら」

「やってみて」

「はあ……えいっ」


 ぼっ、と火が点いた。


「――――おい、」


 ヘクトラゼオンは、


「無詠唱魔法なんて流行ってたら私が意味のわかんねーことをべらべら喋ってるヤバい奴みてーじゃねーかよ!!!」

「え、えぇっ!? 違うんですか!?」

「違うわ! このっ、こいつらっ、折角同族殺しに使わずに済むように詠唱なんて無駄だけど無駄にカッコイイ工程を組み込んで使用速度を縛って余裕を持たせて長いことやってきてたのによぉ! なんでお前らはすぐにそうやって良いもんを悪い方向に活用しようとするんだよいつ起きてもそこだけはほんっと死ぬほど変わんねー!」

「ええと、何かすみません……あの、でも、それって」


〔機体反応消滅確認。戦闘経過から一級危険存在と認定。周辺機体は直ちに集合し、対象の排除を――〕


 ギィーガゴゴゴゴゴゴ!!!

 ズズン!!


「……詠唱っていうのに時間をかけてたら、こんな風に『監視人』に取り囲まれちゃったときどうするのかなー……なんて」


 ヘクトラゼオンは、ゆっくりと振り向く。

 けれど振り向く必要は、本当はなかった。


 囲まれているから。


〔対象確認。排除モード。焼却砲二式――〕

「そういうときはな、」

〔発射!〕

「こうすんだよ!」


 バッ!

 ヘクトラゼオンはフィントを抱えて宙に高く飛び上がる!


『監視人』の放った焼却砲が大地を灼く――それを眼下に収めながら、フィントの叫びを耳元で聞きながら、ヘクトラゼオンは、


「〈始まりに、震え〉――」

「ワン!」

「――――んお?」


 詠唱を終えることなく、再び地面に降り立った。


 ヘクトラゼオンは、倒れ伏した『監視人』たちを見渡す。


 攻撃の気配が失せたどころか、動く気配すらもない。


 しかし外傷らしい外傷はそのボディには見当たらず――、


「チーちゃん、さっすがあ!」

「ワン!」


 ボロボロと。

 その黄色と黒の変わった色合いの動物が、『監視人』のコアを大地に広げる様を見るばかりだった。


「……あの一瞬で、こいつらをバラして核だけを取り出したっつーわけか? やってできないことはねーけど、そいつはあまりに――」

「チーちゃんはすごいんですよ! 伝説のチーターなんですから!」

「……伝説のチーターねえ」


 ガシガシとヘクトラゼオンは髪を掻いて、


「そんなに強い相棒がいるなら、用心棒は要らなそうか」

「えっ、いや、一緒に行きましょうよ! 旅の仲間は多い方が楽しいじゃないですか!」

「やっぱそう? よし、これからよろしく! んで、これから先どこに行くとか決めてんの?」

「…………そーれーはー……」

「グルル……早く、決めろ!」

「ああっ! わかった! わかったってば! えっと、じゃあ、」


 ぴ、とフィントは指を差す。


「海まで来たから、海の向こうも見てみたい! ……って、何があるのか全然知らないんだけど」

「海の向こうねえ。まあ、あたしの頃の記憶が確かならその先にゃ――」

「やめろ」

「ん?」


 チーターが低く、グルルと唸る。


「行先がわかってる旅など、退屈で仕方ない。の、だろう」


 ふうん、とヘクトラゼオンはその生き物を見下ろした。


 過剰に効率的な行動。

 その正反対の価値観。


 歪なバランス。


「――ま、細けーことはいいか。それよりここって地上からどんくらい深くにあんだよ?」

「…………うーん」

「君なんも知らねーね」

「し、仕方ないじゃないですか! そんなの誰にも教えてもらってないし!」

「まあそりゃ道理だな。教育と社会が悪い! どうすっかな。そうなったら折角あのメタルゴーレムどもを無傷で確保できたわけだし、これで潜水艦でも作ってみっか」

「センスイカン?」

「海のふか~いところだと圧力が強すぎるからそれに耐えられる箱が必要なんだよ。あたしとそこのチーちゃんはともかく、君みたいな子には必要になるだろ。よう、チーちゃん! 機械工作は得意かよ?」

「グルル……容易い……」

「んじゃまずは――うおっと!」


 がん、とヘクトラゼオンは蹴躓く。


「……ああ、今の衝撃波で地面が捲れてなんか出てきたのか。遺跡か?」

「ええっ! お宝かも!」

「そんなに都合良く行くもんかね。まあでも、ちょっと掘ってみるか。〈二つのものを想像しろ。青と白〉――」

「えいっ」

「この旅で君に詠唱魔法の素晴らしさを叩き込んでやるからな」

「わ、悪い教育が押し付けられようとしてる……」

「いいやこれは良い教育だねつまり詠唱ってのは余裕の話であって――」

「で、何だろうこれ。知ってる? 話の長いヘクトラゼオン」


 フィントが土を払ったそれを、ヘクトラゼオンはじっと見る。


 似たようなものが記憶の中にあるとしたら――、


「祠か、碑」

「何それ」

「祠は神とかそういうのを祀るためのもの」

「神って何?」

「……わーお。碑はわかるか?」

「わかんない」

「後世に何かを残しておくためのものだよ。そっちならかろうじてわかるだろ」

「わかるけど……かろうじてってどういう意味?」

「君のことを侮り始めたって意味」


 フィントがヘクトラゼオンの背中を叩く。


「あ、でも文字みたいなのが書いてある! これって碑ってことなんじゃないの?」

「読めるか?」

「読めない。読んで」

「いつの時代もちびっこのお願い事は軽いの何の……ああいや、でもこいつはあたしが知ってる字に似てるな。ちょっと待ってろよ」


 ヘクトラゼオンは碑に目を凝らし、


「……固有名詞は流石に読めねえな。『誰かへ』『長い』……『頼み事』?『を』『しちゃってごめん』『続く限り』……『続けられる限り』か? 『何か』『を供える』……『何か』は食いもんっぽい……ああいや、『まんじゅう』だ。『まんじゅうを供える』『ように取り計らったから』『君がそれを好むなら』……『よければ』か。『よければ』『食べてね』」


 土埃を、指で払って、


「『頼み事を聞いてくれて、ありがとう』……最後は、碑を刻んだ奴の名前」

「天島、テンコ」


 ヘクトラゼオンは振り向く。


 表情は読み取れない。


 チーターは、じっと。

 じっと、身じろぎをすることもなくその碑を見つめていて。


 けれど、きっとフィントだけは付き合いが長いから。


「チーちゃん、」


 その表情の意味が、わかったのだと思う。




 ――――泣いてるの?




【大いなる船出編 完】

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