オレと契約

 [今回の依頼を受理して頂く当冒険者(以下「甲」という)と依頼書を配布したワタシ(以下「乙」という)との護衛依頼を締結する。 依頼内容は護衛であり、締結されたならば甲はどの様な手段を使っても必ず乙は道中の危険を全て排除し無傷で城下街まで帰還させる義務が発生する。 義務が達成されなかった場合はこの依頼書の効力により契約違反と見做されて深刻なペナルティが課される。 義務が達成されれば80万エヌを一括その場ですぐに払う。 それだけでなくある程度の簡単な願いがあれば叶える事も出来る。 その報酬の為にも甲は依頼を完遂させる事。 必ず、絶対に。 契約する場合のサインはこちら→【 】]


 キャビンの扉の僅かな隙間から、紙がスーーーーッとクズルゴに差し出された。

 事前に用意してあった〔契約書〕が、お嬢様の手によってキャビンの内側から扉の隙間に差し込まれて外に出てきたのだろう。

 その〔契約書〕の内容が上述されたものだ。


 そしてクズルゴが読んで思った内容は・・・・・


 (・・・・・・なんだこの〔契約書〕の書き方? 格式ばってるような雰囲気を出しているが、粗があり過ぎだろ。 甲とか乙とか締結やら義務やらそれっぽい言葉を使っちゃいるが、何だか滅茶苦茶だ。 特に最後の[その報酬の為にも甲は依頼を完遂させる事。必ず、絶対に]の記述は要らんだろ。 正式な契約書にこんな話し言葉みたいなもん書くか普通? あと[それだけでなくある程度の簡単な願いがあれば叶える事も出来る。]とは? 依頼書にそんな事書いてなかっただろ。 他にも色々違和感がするし、なんか全体的に雑な感じだ・・・・・ 筆ペンで書かれたであろうこの字は綺麗だが、それだけだ)


 心中で無茶苦茶罵倒していた。

先日、ガルゴイゴに偽物の〔契約書〕を見せた際に書面の雑さを指摘された時には『〈契約書〉は言葉に込められた意思が大事であって、文字は表層的なものだ、畏まって難解に書く必要はねぇ』とかウンタラカンタラ言っていた奴がだ・・・・・どの口が言っているのだろう。


 (というかコレ、オレを嵌める為に変な細工とかされてねぇよな? 〔契約書〕で書かれた内容はどんなにぶっ飛んでても、両者が合意して締結のサインを何らかの形で残せば契約完了・・・・ちゃんと達成しないと大変な事になる。 だから詐欺とかによく使われる。 上手く騙くらかして契約さえ結んじまえば無茶な要求でも通っちまうからな。 〔契約書〕は直接的な魔法の干渉を防ぐから、魔法による偽造はねぇ。 あるとしたらアナログな方法でだ。 例えば透明なインクで書かれてても、それが意味を持つ文字であれば契約者が気づかなくても〈契約〉の内容に含まれちまう。 詐欺師はそうやって自分の都合のいい記載を見えない文字で書き込んでおくんだ・・・・・オレ騙されてねぇよな? なんか全体的にコイツら変な所が多い気がするし怪しいなぁ。 紙面を擦って僅かな凹凸が隠れていないか探すとしよう。 もし真っ白な部分で少しデコボコを感じればそこに透明文字があるって事だからな)

 

 なんなら依頼者を詐欺師なんじゃないかと、〔契約書〕に小細工しているのではないかと疑い始めてすらいた。

 かつてラスイという魔人から638750エヌを騙し取った詐欺師は言う事が違う。

 

 流石に堂々と不正を疑うのは不味いと理解しているからか、クズルゴは読むフリをしつつ他人から見えないようにこっそりと紙面を擦っている。

 他にも、裏面に何かないか、縦読みして意味が成立する箇所がないか、見にくい小さな記載がないか、暗号が隠れてたりしないか、太陽で照らしたら文字が浮かび上がったりしないか等を徹底的にこっそり読み取るフリをしながらも行っていた。

 背伸びしたり成る程〜みたいな顔でウンウン頷いたりして少しでも精査する時間を稼いだ・・・・・小賢しい奴である。


 「読み終わりました。 サインは血判でしますね」


 そして異変が何もないのを確認して、クズルゴは疑っていた事をおくびにも出さずに平然とした顔でそう宣言する。

 〈契約〉の証明として最も格式高く、相手を一番信用している証となる『血判』で行うと堂々と自然な流れのように言い放つ事で好印象を与える狡いテクニック付きで。


 クズルゴは自分のレイピアを鞘から少しだけ抜き、僅かに外に出てきた根本の刃に親指をちょこっと押し当てて切り傷を作る。

 レイピアは先端で『突く』イメージが強いが、実はかなりの切れ味があるのだ。

 その切れ味によって作られた出血親指でクズルゴは〔契約書〕に血の判を押した。

 

 「どうぞ」


 血判が為された〔契約書〕をクズルゴはキャビンの扉の隙間に、内側へと差し込む・・・・渡された時の逆だ。

 キャビン内に差し込んだ〔契約書〕が掴まれた感触を壁越しで感じ取り、手を離せば〔契約書〕はが内部へ引っ張られていった。


 「・・・・・確認しました。 今回の護衛、宜しくお願い致します」


 「あ、はい。 精一杯やらせて貰います(っしゃぁ!! なんだかんだあったが、結果的に受注出来たぁっ!!)」


 クズルゴは紆余曲折ありつつも、ようやく依頼を受ける事に成功した。

 ここからで、漸くスタートラインである。








ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「ワタシの文字、どう思う?」


 「どうって・・・・・綺麗だなとしか言いようがない」


 「あら、随分素直に褒めるのね?」


 「いやだってよぉ、『文字』はオマエの血統・・・・・もっと言えばオマエ自身のアイデンティティそのものでもあるだろ。 それを否定しちゃ世話ねぇよな」


 「・・・・・確かに、ワタシの『文字』はアナタにとっての『ゴースト』のようなものだものね」


 「あぁ。 それをバカにしたら、オマエんとこの里との関係だって悪化しそうだ」


 「考えすぎじゃない? 確かにワタシと『文字』は深い繋がりがあるけど、多少こき下ろす程度で長年続いた里同士の交流は悪くならないわよ。 今のワタシとアナタみたいに、里長の子供同士が代々婚約する掟があるくらいなんだし」


 「むしろ婚約の掟は互いに裏切らない為の人質交換みたいなものじゃねぇか? それか、かつては本当に人質交換の意味合いが強かったけど、時代に流されていく内に本懐が忘れられて形式だけ残ったとか。 まぁ、どっちにしろオレ側の【屍霊の里】とオマエんとこの里が完全な仲良しこよしってワケではねぇ筈だぞ。 ・・・・特に今代は」


 「どう言う事?」


 「オマエの父親・・・・つまり、そっちの里長はなーーーんか、オレ達{屍霊術師}を見下してる節があるんだよ。 だから表面上の交流は大して変化がねぇけど、心情的には少しだけ険悪になってる」


 「憶測では?」


 「いや、絶対にそうだ。 オマエんとこの親、すぐ難癖付けてくる顔してるし悪人顔だし、若い女を下卑た目で見てるらしいし、なんかオレに対する当たりがヤケに強いし・・・・・」


 「・・・・ワタシの文字を否定して両里関係悪化云々より、その発言の方が問題だと思うわ」


 「安心しろ。 皆んな裏でこっそり言ってる。 そっち側の・・・・・【精霊の里】の今代の長が超不人気でバカにされても仕方ない奴なのは暗黙の了解だ」 


 「こっちの里長をそこまで罵倒されてるとは思わなかったわね・・・・・まぁ、我が親ながら、たまに生理的嫌悪感が沸くので同意なのだけれど」


 「いやオマエもこっち側かよ」














 














聞いているぞ

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