Past log 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】
少し小さな、しかし子供二人が“秘密基地”として扱うには十分な規模の小屋が竹林の中に紛れ込むように建っていた。
その小屋ではいつもの様に・・・・・【屍霊の里】族長の次男坊、[シレイ]と【精霊の里】族長のところの長女である[トワア]が集まり、くだらない話を駄弁っている。
二人は許嫁の関係にあり、将来結ばれる事が確約されている・・・・・のだが、その割には会話の内容は気軽な友人のようなものであった。
「ねぇ、シレイ」
「なんだ?」
「最近ワタシの父がいつもキョロキョロしてて気持ち悪いのよ」
「オマエ反抗期突入したのか?」
「いや、本当にヤバいのよ。 常に何かを警戒しているように首とか目を忙しなく動かしているから不気味で仕方ないのよ」
「そんなに?」
「そんなに」
「じゃあまた今度、『気味が悪いから止めてくれない? 加齢臭振り撒いてんじゃないわよ』とか直接言えば」
「いやそんなダイレクトに・・・・・というか加齢臭云々はどこから湧いてきたのよ」
「オレの私情。 最近あの人妙に汗かいてて臭いから」
「それな!!」
・・・・これが里をまとめる長の子供同士の会話である。
現【精霊の里】長であるトワアの父親をバカにするというとんでもない会話である。
これを誰かが聞けば里の将来を憂う事間違い無しだが・・・・・この小屋は秘密基地として使われるだけあって両里を囲む様に存在している竹林の端っこの分かりにくい位置に存在しており、ここに来るまでの道のりも両者の頭の中にしかないので滅多にバレる事はない。
それに二人とも勉強や実戦等の真面目になるべきところはキッチリやるので、周囲からは結構信頼かつ期待されていたりする。
「そういえば、知りたいんだけど」
「なんだ?」
「ワタシは{精霊術師}で、アナタは{屍霊術師}でしょ?」
「そりゃオマエは【精霊の里】の[プネウマンスの血族]で、オレは【屍霊の里】の[ネクロマンスの血族]だしな」
「その違いをちゃんと把握できてないのよね。 屍霊も精霊も同じような霊じゃないの?」
「え、知らんの? 習ってないのか?」
「話しぶりからしてそっちの里ではちゃんと両術師の差異を学ばせてるみたいだけど、どう言うワケかこっちの里じゃ自分達{精霊術師}の知識しか叩き込んでこないのよ。 {屍霊術師}の詳しい解説は誰もしてくれないの」
「・・・・・なんでだ? 少なくともちょっと前までは手を取り合う相手の事を知る為に互いの知識を共有してた筈だろ? 図書館の本では昔からそのようにしていると書いてあったぞ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあその事に関しては今度父に詳しく聞いてみようかしら。 それはそうとかなり気になるから{精霊術師}と{屍霊術師}の違いを今すぐに教えてちょうだい」
「・・・・・まぁ、いいぞ。 じゃあ簡単に教えよう。 まずは初歩的にオレ達が使役する屍霊又は幽霊とも呼ばれる[ゴースト]と、そっちが使役する精霊こと[フェアリー]のそもそもの違いからだな」
トワアの要求を聞いたシレイは、この小屋に元から置いてあったホワイトボードと黒ペンで絵を描き始めた。
「えぇ、よろしくね」
描かれたのはヒラヒラの布が丸い何かを上から覆っているような形状に、ちょこんとした出っぱりの如き手がある絵・・・・・もっと分かりやすく言えば、てるてる坊主の首部分のくびれを無くして小さな手を生やしたような絵。
つまりゴーストの絵である、割と上手い。
そしてその隣に書かれたのはそのまんま文字で『フェアリー』である。
「こいつらは両者とも霊系魔物という大雑把な区分では同じだったりするが・・・・その実態は全くもって似通っておらず、むしろ殆ど真逆だったりする」
シレイは追加でゴーストの絵とフェアリーの字の間に『対をなす!』と書いた。
「成る程?」
「そもそものとこから説明すると、誕生する経緯が全然違う。 ゴーストの誕生理由は人が未練を残して死んだ時に魂が現世にしがみついた結果生まれる・・・・っていうのが里の外の常識」
「外の常識? 実際は違うの?」
「あぁ。 図書館の本によれば外の人々はゴーストに対する研究が進んでおらず、造形がとてつもなく浅いらしい。 ゴーストの事を真の意味で理解できるのはオレ達[ネクロマンスの血族]だけだ」
【精霊の里】も【屍霊の里】も世間では存在すら知られないなど、徹底的に外の世界と距離をとっている。
しかし完全遮断ではなく、術師達の足がつかない方法による外界の一定調査はされていた。
その調査による外の記録は最終的に両里にそれぞれ建っている図書館に内蔵され、里長の子である二人は親の許可さえあれば簡単にそれを閲覧できるのだ。
「ふーーーーん」
「でも答えは割と近かったりする。 人の死と未練による執着がゴースト誕生のトリガーになるところまでは合ってんだ」
「じゃあ何が違うのよ」
「・・・・・それを言う前に、『魂』と『命』っていうものを説明しとこう。 『魂』というのはその人の精神性全てを形成する見える事も触れる事も出来ない、しかし確かに己の中に在り、切っても切り離せない人としての根源であり根幹だ。 そして『命』というものはこの『魂』と『肉体』を結びつける鎖みたいなもの。 “死ぬ”という事は命が失われる事であり、つまり『魂』と『肉体』を繋げるものが無くなるという事。 固定されなくなった魂は否応無しに離れていき、取り残された肉体は生命活動を停止する」
新たに描かれるのは、内に『魂』と書かれた♡と、頭部に『肉体』と書かれた棒人間。
その二つの文字入りの絵を繋ぎ合わせるように表されているのは、『命』と書かれた鎖の絵。
「それがどうしたのよ」
「この話を聞くだけだと、死により肉体から乖離した魂が未練で現世に固着して漂った結果ゴーストへと変貌するように思える。 だが、そうじゃない。 魂ってのは肉体から外れればよっぽど特別な方法で維持して保管でもしない限り、時間差はあるものの必ずいつか消える。 ただ消滅したのか、どこか別の次元に飛ぶのか・・・・・消える理由も消えた後も、そこに関してはオレ達も知りようがないが、少なくともその人の魂としては完全に絶対に消失する」
シレイは『命』と書き込まれた鎖の絵のど真ん中を/で塗りつぶし、更に上から『死亡!!』と書く。
次に『肉体』と書かれた棒人間に『チーーン』という死を意味する擬音を書き込んだ。
そして『魂』と書かれた♡を勢いよくバッテンマークで上書き、そのバッテンマークの上に『死後現世を少しだけ彷徨って消える。 いつ消えるかは個人差』と注釈をつけた。
「あぁ、魂が転じた結果ゴーストになるってのを否定するのはこの根拠故ね。 だって肝心の魂が時間経過で消えちゃうんですもの」
「あぁ。 実際にゴーストとなるのは魂ではなく・・・・・魂の“残り香”、未練そのものだ」
バッテンで上書きされた『魂』の隣にシレイが描いたのは、黒いハートマーク。
「未練そのもの?」
「人の意思ってのは凄い。 精神論とか根性論の話じゃないぞ? 実際の屍霊術師的観点から基づいた話だ。 『魂』ってのはその人の精神性全てを包括するものだから、感情とかも勿論含まれる。 だが、死に対する本能的恐怖により増幅される感情は、意思は、未練は・・・・・何かを成し遂げたかったという後悔と願いは・・・・人間の基盤である『魂』すらも逸脱し、肉体からはみ出て残留思念となる。 強固な意思は死んでもこの世に残留するってのが意思の凄い所だ。 そして『魂』が消滅しようが肉体が朽ち果てようが現世にこびりつく意思は思い残しを果たす為に周囲の魔力を掻き集め、それを仮染の実体とする」
黒いハートマークから線を伸ばして書き、最初に書いたゴーストの絵と繋げる。
未練を意味する黒いハートマークがゴーストと長い矢印で結び合い、それ以外の『魂』、『肉体』、『命』は死後も何かに転ずるわけではなくただ無造作に死を意味する何かを追加で描き殴られただけであった。
「・・・・つまり?」
「成し遂げられなかった後悔が死の間際で飛び出てきて魔力による中途半端な実体を得たのがゴーストって事だ。 これの肝心な部分は一つ。 ・・・・・ゴーストは、死んだ本人じゃないって事」
「?」
「『魂』とはその人そのものである・・・・・だが、ゴーストには『魂』も、ましてや命もない。 死を目前に大きくなりすぎて『魂』から弾かれた残り滓である未練がゴーストの正体、つまり本人ではなく、本人の“悔い”こそがゴーストの本質であり正体だ。 それを生前の人と同一視しちゃいけない。 ゴーストをゴーストとして成立させるのは無念だけで、その無念を本人の死後も成就させる為だけに行動するだけなんだよ」
ゴーストと『魂』を余りのスペースで隣同士に描き直す。
そしてこの二つの絵に挟まれる形で中央に書かれたのは、無慈悲な≠。
「・・・・つまり、死んだ人には{屍霊術師}でさえ二度と会えないって事?」
「まぁ、そういう事だな。 死んだ人から生まれたゴーストはその死んだ人じゃなくて、死んだ人の心残りでしかない。 実際ゴーストの行動の基盤は全部が未練だからな。 ゴーストが幾ら生前の人を想起させるような挙動をしたとしても、それも全て未練から来た行動が偶然生前と似通っただけだ」
「そういうものなのね」
「そういうものなんだよ」
ゴーストは未練という魂の残骸でしかなく、生前の本人とは本質からもう違う。
死者とはどんな形であろうと、再び出会う方法はない。
その事実がなんだか酷なように思えて、何故だかトワアは少し悲しい感覚になった。
その悲しみを知ってか知らずか、シレイは解説を続行する。
「・・・・ゴーストの成り立ちは理解したな。 もうコレでフェアリーとの違いは理解出来ただろう」
「・・・・えぇ、根本的に違ったわね。 ゴーストは死の際の思いで生まれるけど、フェアリーは・・・・・」
ゴーーーーーーーーーーン ゴーーーーーーーーーーン ゴーーーーーーーーーーン
その時、トワアの言葉に覆い被さるように大きな鐘の音が鳴り響いた。
この鐘は一定の刻になるとそれを知らせる為に毎日鳴り、その音は両里の全域まで響き渡る。
「もうこんな時間かよ・・・・・じゃあ、今日はお開きって事で」
「えぇ、バイバイね」
鐘により今の時間を把握した二人は、今日これ以上この場に長居するのは無理だと悟り互いの家に帰る準備を始めた。
シレイはホワイトボードの全体をフルに活用して描きまくった絵と書きまくった文字を白板消しで全部消す。
トワアは、それを・・・・消されていくゴーストの絵や『魂』の文字、黒いハートマークをなんとも言えない気持ちで見ていた。
次の日。
トワアの父親、【精霊の里】長がとある人物を、詳しく言えば幼女を里に連れてきた。
里付近で死にかけていたので拾ってきたと、トワアの父は言ったそうだ。
今まで誰かが招かれた前例のない両里にとって、この話は里中に広がった。
意外な事に里の存在を秘匿していた民達は、誰もその招かれた者を追い出すような真似をしなかった。
里の民は決して純粋な優しさで認めたワケではない。
もし・・・・拾われたのが“普通の人”ならば、里の存在が外に流れてしまう事態を恐れ、里の者達は『招かれざる者を追い出せ!!』と猛反発を起こしていただろう。
だが、来たのは・・・・・連れてこられた幼い来訪者は『普通の人』ではなかった。
その者の特異性故に、むしろ里で取り込みその能力を利用するという方針で固まったのだ。
彼女は外の世界で一定の差別を受ける{屍霊術師}とは比にもならない、侮蔑をされている者。
彼女は異形であり、異端であり、異質であり、異常であり、生命として歪である者。
迫害され、排斥される、社会の弾き者。
トワアの親が連れてきたのは・・・・魔人。
とても弱々しく、オドオドしており、全体的に儚い印象を抱かせる・・・・・[ベビィスライム]の魔人だ。
里が滅ぶまで14日
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