第100話 蛮勇は絶望を上書きする

 「え?」


 間の抜けた声を発したのは俺の口。

 博士がいつの間にか手に握っていたボタンが押された瞬間、俺達が踏みしめていた地面が消失して正方形の穴となったのだ。

 なんだそのボタン!? 

 そう言おうとした頃には、重力の赴くままに俺達3人はあまりにも突然な事に抵抗する間もなく自然落下していった。


 「落ちてくぅぅぅぅぅぅ!!!」


 「ハハハハハ!!! 場所を変えようか、愚か者ども!!」

 

 いや、落ちるのは俺とラスイとテクルの3人だけじゃなかった。

 確かに穴が出現したのは俺達の足元だけだったが、博士にはテクルの触手が巻きついたままだ。

 つまりテクルが落ちれば、それに引きずられる形で博士も落ちていく。

 こいつ、自分が落ちるのも込みで床に穴開けたのか!!


 落下時間は思っていたよりも短く、5秒経過したかしてないか程で地面が見えた。


  「着地!!」


 未だ状況を呑み込めていないラスイを抱えたまま、テクルは華麗に着地する。

 なんと両足だけで着地して直立不動だ、衝撃とか平気なのか・・・・・?


 「痛っ!!」


 俺も両足で着地したが、衝撃がモロに来てとても痛い。

 別に骨が折れたとかではないが、とにかく痛い、脚がガクガクする。


 「痛っ!!」


 触手に引きずられる形での落下だった為、俺達から少し離れたとこへワンテンポ遅れて地面に墜落するのは敵である博士。

 拘束されて身動きがとれない状態での落下なので思い切り頭から落ちた、痛そう。

 あとこれはどうでもいいが、着地時の反応が俺と同じ。

 ・・・・・自分で落ちる様にした癖に普通に『痛っ』っていうのかよ。


 いち早く情報を確保する為に咄嗟に周囲を見回すと・・・・・先程までいた研究室の奥にあったガラスケースの中である事が分かった。

 ・・・・・・??

 え、奥にあったガラスケースの中?

 穴に入って真下に落ちたのになんで奥のガラスケースに入ってるんだ?

 上を見れば既に穴がなくなっている・・・・・さっきの穴ってもしかして転移とかそういう系の魔法だったのか?


 「・・・・・えっと、その。 すいません。 今どのような状況でしょう・・・・?」


 博士が新手の冗談みたいに痛そうに悶えている間に、困惑しているラスイが困惑している俺に現状を質問する。


 「ラスイ、シクス、誘拐、アイツ、博士、黒幕」


 「・・・・・成程、理解しました!!」


 本当に今の端的超えて簡素超えて手抜きな説明でで分かったのか?

 察しがいいってレベルじゃないぞ。


 「ラスイ、ごめん・・・・私がもっとちゃんとしてればこんな危険な目には合わなかったかもしれないのに」


 「・・・・・? どこにテクルちゃんに謝るとこがあるの? シクスさんと一緒の部屋にいるのを選択したのは私だよ? 何より、きっとテクルちゃんは私がいなくなってきっと本気で心配して助けに来てくれたんでしょ? むしろ私が感謝しなきゃ。 ありがとう、テクルちゃん」


 「う、うぅ・・・・ラスイィ・・・・感謝してくれてありがとう・・・・」


 緊張感はどこにいったのだろう。

 あとラスイ、テクルは心配するどころか発狂してたぞ。

 博士もまだ自分から落ちたのに未だにみっともなく痛がって・・・・・・あ。


 「テクル!! 博士の方を見ろ!!」


 「え? ・・・・・は?」


 テクルの触手には痛覚がない。

 だが、痛みは完全にシャットアウトされるものの、何かされているという感覚は僅かに感じ取ることが出来るそうだ。

 しかしそれは触手に意識を集中しなければ分からず・・・・・ましてやラスイに感謝されていた感動の中では気付く事ができなかった。

 そう、例えいつの間にか博士を縛っていた触手が・・・・・“切断”されていたのを。


 「いくら何でも油断しすぎだ、愚か者共。 敵を前にして談笑とか頭が沸いているようだな。 確かに落下した際に苦しそうに身をよじらせていたが・・・・・それは君達愚か者共の油断を誘う為だ。 けして想定以上の痛みだったからではない、けして想定以上の痛みだったからではない」


 大事な言葉だから2回言ったのか・・・・・?

 いや、そんな事はどうでもいい。

 対人戦闘の経験が少ないとはいえ、敵である要注意対象の博士から目を逸らしてしまうという大ポカを俺達はやらかし、拘束から脱出されてしまっている。

 触手は丁度博士巻き付いていた部分が細切れになっており、その断面はあまりにも荒々しい。

 まるで、回転する刃で無理やり斬ったような・・・・・・


 「ふんっ!」


 テクルは伸ばしていた触手をすぐ自身の元まで縮めて、掛け声と共に力を込めた。

 無造作に切断され、血の代わりに黒い液体をこぼしている断面から新しく触手が生え、元通りになる。

 

 「ほう? 再生能力があるのか! 魔人という存在は総じてタフだが、再生まで可能とあればその生命力は他の魔人とも一線を画すな!! 実に欲しい、いや今すぐ貰うとしよう!! ハハハハハ!!!」


 警戒して距離をとる俺達。


 博士の手にはまたボタンが握られて・・・・いや、色が違うな。

 さっき押された『穴道』と書かれてたのは、オーソドックスな赤いボタンだったが今度はオレンジ色・・・・違うボタンだ!!


 カチッ


 『ギュイィィィィィィイン!!!』


 ボタンの押された音の後に聞聴こえてきたのは、何かが拘束で回転して空気を切っている音。

 その音の発生源は、俺の頭上。


 「!! 危ない!!」


 テクルが焦ったように触手を俺の頭より少し上に向かって振るった。


 『バチっ!!』


 何かが俺の真上で破壊されたような音・・・・・まるで、“電気が弾けた音”がした。


 「ほう! 流石は魔人、お仲間を救う為に咄嗟に触手を振るったか!! ・・・・今度はもう少し多めにくれてやろう!!」


 カチッ

 カチッ

 カチッ


 ボタンが三度押される。

 それに呼応するように、博士の周囲に展開される人の頭サイズの3つの黄色い魔法陣。

 その魔法陣達から出てきたのは、バチバチと迸る電気で構成された回転ノコギリの如く回り続ける円形の刃。

 先程も出てきていたんだろうが、頭の上に出て顔を上に向ける或いは避けようとする前にテクルが壊したので見えなかったのか。


 『ギギギュイイイィィィィィィィィィイイイン』


 さっき俺の近くに出てきた時より、音が煩いのは数が3倍だからだろう。

 煩さ3倍増しな刃が、俺、テクル、ラスイそれぞれの首目掛けて一直線に飛んできた!!

 俺はすぐさま回避


 『バチっ!!』 『バチッ!!』 『ばちッ!!』


 ・・・・・回避するよりも早く、テクルが横薙に触手を1振りすれば俺達の首に到達する前にいとも容易く炸裂音を発した後全部かき消えた。

 もうテクル1人でいいんじゃないかな。

 

 「・・・・・ふむ? 今飛ばした魔法、〈電鋸〉は私が脱出する為に巻き付いていた触手をバラバラにするのに使った魔法だぞ? その時は簡単に切断できた・・・・つまり強度で負けている訳はない筈だ。 今呆気なく〈電鋸〉を破壊出来たのは、そちらが振るう事で加速していた事を加味してもおかしい事だ。 計算によれば確実に私が勢いよく飛ばした〈電鋸〉の方が振るわれた触手さえも斬り飛ばしてて押し勝つ筈なのに・・・・・不合理だ、不条理だ、不可解だ、不快だ、不愉快だ、ふ、不、ふ、ふふふふ不ふふ不。 ハハハハハハハハハハハハハハハ、そうだよなぁ、魔人ってそういう存在だったなぁ、だからこそ研究対象として・・・・・・ハハハハハハハハハハ」


 博士が狂ったように下を向いてくつくつと笑い始めた、不気味な事この上ない。

 何だよコイツ・・・・・だが、今がチャンスだ。

 博士は完全に無防備になっている、今度はコチラが油断した相手の虚を突く番だ!!


 俺が促す必要もなく、テクルが既に触手を振るう直前の姿勢になっている。

 よく分からないボタンを所持している事も含めてとてつもない危険なこの相手を荒っぽい方法でも確実に無力化する!!

 テクルは躊躇うような素振りも見せず・・・・・触手を高速で博士の腹目掛けて伸ばす!


 ドゴッッ!!


 触手の先端が笑い続ける触手の先端が博士の腹部を・・・・・!!

 腹部を・・・・? 

 

 あれ、俺は目がおかしくなったのか? 

 博士の腹に槍突きのように勢いよく衝突した触手が・・・・触手の方が、まるで堅いものにぶつかったように“凹んでいる”。

 博士のお腹ではなく、触手の方が、だ。

 これじゃまるで、博士の腹がテクルの攻撃力を上回る防御力を持ち合わせているみたいだ。


 ・・・・いや違う、腹だけじゃない!!

 博士が着ているいかにもな白衣でさえ、触手にぶつかられているのにも関わらず少しも凹まずシワ1つもつかない!!

 博士が何か堅牢で透明な何かを纏っているのか・・・・!?


 『キィィィィン・・・・・・』


 途端に、妙に耳障りな音が鳴った。

 脳に響くような不快な音。

 その音は、凹まされた触手の先端が接触している博士の体・・・・・いや、博士が纏っている何かから聴こえてくる!!


 『ドゴッッ!!』


 テクルの触手の先端が、強烈な殴打音と共に破壊された。

 一瞬で先端から中央にかけた触手が強烈な力を加えられたかのようにズタズタになったのだ。


 「こっ、これは!? 一体、何が!?」


 「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 油断したのは私ではない、愚か者共である君達だ!! こんな状況で無防備になる訳がないだろぉ? ハハハハハ!! 拘束を解いた後に自分の体に張っておいたのさ・・・・・私の独自魔法〈超反射障壁〉を!! 今の私に危害1つでも加えてみるがいい!! そのまま自分の体に帰ってくるからな!! ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 本当に何だよコイツ!!!

 ラスイを攫おうとした事に始まり、シクスという人間の創造、ボタン1つで魔法の発動、謎の正解を求めてくる石板、果ては体に纏った攻撃を弾く独自魔法!!


 ・・・・・・あれ、俺達勝てるのか?

 危害を反射するとか・・・・・倒せなくない?

 実際にうちのパーティ唯一のアタッカーであるテクルの攻撃が跳ね返された。

 周囲の環境を利用して・・・・とかも出来ない、周りはガラス張りで使えそうな物なんて何一つ落ちてない。

 それに向こうにはボタン1つで魔法を発動させてコチラを一方的に攻撃出来る。


 ・・・・・・・・詰んだ?


 俺と同じ、敗北以外の結果が考え付かなかったのだろう。

 テクルも、ラスイも、絶望したような表情を浮かべている。

 そんな様子を見てる博士は対照的に、希望に染まりきった嗜虐的な勝利を確信した笑みを浮かべている。


 あぁ、俺の人生ここでお終いなのか。

 きっとこのマッドサイエンティストな博士は俺の死体を何かの錬成の材料とかにするんだろうなぁ、もしかしたら生きたまま捕えられて想像を絶する苦痛を伴う人体実験をされちゃうかもなぁ。

 絶対に俺に死んでほしくないと言ってた母は怒るだろうな、他者を思いやる心が大きい酒場のお姉さんは泣くだろうな、俺達を信じて見送っている先生は後悔してしまうだろうな。


 ・・・・・・いやだな。


 死にたく、ないな。



 諦めたくないな。


 ・・・・・・・






 ・・・・・・うん、ここで終われないな!!!



 俺ってそ簡単に潔く命を捨てれない、生き汚い男だ。

 ナイーブになる時間はもう終わった。

 切り替えの良さは俺の良さ。


 ・・・・・・・・ふぅ、それじゃいっちょ言いたい事を言わせて貰おう。


 「シクス・・・・・お前いくら何でも実力を見誤りすぎだ。 様々な証拠から推測するに、きっと博士がさっき言ってた通り俺達を博士にぶつければ余裕で俺達の方が勝てると思ったんだろう。 その状況を作る為に、ラスイを攫って跡を残してここまで連れてきて、最後に命令されたら博士を守ってしまう自分を銃で退場させたんだ。 シクスが行ったのはこちらからしたら迷惑も迷惑、大迷惑だ。 やった事は実質、ラスイを人質に取って自分では手が出せない敵を俺達に倒してもらうというもの。 なんの事情も知らない俺達を巻き込むなっての。 シクス自身もきっと負い目を感じていたんだろうが、それでも無関係な俺達を巻き込んだのは変わらない事実。 あーーーあ!! シクスのせいでこのままじゃよくて死亡、最悪このまま拷問コースだ!! シクスめ、とんでもない奴!!」


 「「「・・・・・・・」」」


 俺の突然の愚痴に、博士含めて全員が動きを止める。

 博士よ、急に言葉を捲し立てるのはお前だけの特権じゃないぜ?

 

 「・・・・・でもさ。 子供達の為に俺達と一緒にダンジョンを攻略しようと奮起していたのも事実だ。 例え後から生やす算段があったとしても、自身の足を躊躇なく先生の為に切断したのも事実だ。 唐揚げを頬張って見ているこっちが嬉しくなってしまうような笑顔を見せてくれたのも事実だ。 他の人にはさん付けなのに、俺にだけ呼び捨てしてきやがって互いに軽口を叩きあったのも事実だ。 とてつもなく分かりにくいヒントを残したのも、俺とテクルなら正解出来ると信じているという事実だ。 俺達と戦いを避けたかったのか、真っ先に自分に銃口を向けれるようにしたのも事実だ。 シクスがいい奴なのは、俺達3人が理解している、紛れもない、どうしようもない事実だ」


 側から見ればシクスの行いは、自分の為に他人の大事な人を攫って追いかけさせるというタチの悪いものだ。

 でも、それで言えばこっちだってタチの悪いロクデナシだ。


 俺は普段殆どクエストは着いてきて無駄口叩くだけ、サボっているのと変わりない。

 テクルだって嫌いな相手は普通に殺す・・・・まで行かなくともその一歩手前までは本気でやろうとする超過激派暴力女。

 そんなロクデナシ俺達は実際に採集祭で他人が集めた植物をかっぱらって澄まし顔で優勝するというスポーツマンシップのカケラもない最低行為をした。

 パーティ唯一の良心ラスイはロクデナシとは程遠い根っからの善人だが、異常な卑屈さという大きな欠点を抱えている。


 つまり何が言いたいかっていうと、あれだ、えっと、そう!!

 どこか外れた俺達が、やった事は普通に傍迷惑なシクスの為に人肌脱いでやってやろうって事!!

 シクスは自分の命まで賭けてまで俺達に信じて懸けてくれたんだ!!

 ここで惨めにやられるなんてダサ過ぎる!!


 「俺達みんな博士の言う通りの愚か者かもしれないな!! でも、ここで死ぬのは普通に凄く嫌だ!! 醜くても滑稽でも、抗ってやる!! いや、もう倒してやる!! こちとらありえんぐらい追跡してくる上に一撃が即死レベルの拳持った鮫とか、不可視の攻撃を遠隔で行えるクズとか、なんかデカくて毒吐ける蛇倒した事があるんだぞ!! 老人1人ぐらい3人でボコボコにしてやるよ!!」


 「・・・・・・魔人の腰巾着がよくそこまで大口を叩けるものだ」


 「魔人の腰巾着・・・・・その通りだな!! 実際に今からお前を倒すのは俺じゃなくてテクルだからな!!」


 「は? え? そこまで言って挑発してるのに私任せか?」


 「あぁ」


 「『あぁ』じゃねーよ!! 何言ってるんだ!! 私の攻撃だって通用しない相手だぞ!! 倒せるわけなんて」


 「お前が倒せなかったらラスイも死ぬと思うぞ」


 「薄汚博士ぇ!! お前を倒すのはこの私だぁ!!」


 「テ、テクルちゃん・・・・わ、私の為に・・・・!!」


 先程までの俺達の絶望は霧散していた。

 最早狂気ともいえるような無謀な勇気・・・・決して勇者が抱くような高潔な勇気ではなく、蛮勇と呼べるソレが俺達の心を上書きしたのだ。

 でも、例え蛮勇でも絶望に打ちひしがれて何もしないよりマシだろ?


 そこに立っている俺達の顔は、絶望ではなく、どこか大事なネジが外れたかのような、はっちゃけてはじけた奴らの顔だ。

 辛気臭く泥臭い感情は俺達には似合わない。

 暗い狂気より明るい狂気!!

 今より行うのは死に戦ではない、勝つ為の戦!! 

 反射出来る相手でも、きっと俺なら何か思いつく!!

 

 テクルは手で先程かいた冷や汗を拭い、ズタズタになった触手を再生させる。

 ラスイは触角をぴーーーんと立てて、敵を見据えた目となった。

 そして、俺は。


 「さぁテクル、俺を運んで貰うぞ!!」


 テクルの背中に引っ付いて、所謂おんぶの状態になった。


 「・・・・・やっぱり決まらないよな、お前」


 いいんだよ!!  


 勝利の顔したあいつに、シクスの代わりに報復だ!!

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