第92話 テクルは。

 簡単な事だった。

 急遽追跡対象を見失う、その事象に対する謎のデジャヴ。

 分かった今では・・・・既視を感じるのは当然の事だったと理解出来る。

 

 だって、俺は既にそれを“逆の立場から体感”していたのだから。


 視点を・・・・・ひっくり返す。


 追う側の、逆側。

 “逃げる側”としても考える。


 逃げ続ける自分。

 何かに追われる自分。

 突如消えるかのようになる自分。


 追い続ける相手。

 見えなくなる相手。

 突如対象が消えて辺りをウロウロする相手。


 ・・・・・あぁ、やっぱり。


 今の状況は[化け物魚]の時と、酷似している。

 

 化け物魚は俺達を執拗に追い回していた。

 だが、いきなり俺達が痕跡も残さず消えた。

 そして、俺達が消失した所で止まった。


 ・・・・今シクスを追う側の俺達と、目の前で起きた現象も挙動も一致している。


 今まで痕跡を残していたのに、途中から区切られたかのように何の痕跡もなくなる。

 それそのものが、シクスの残した最大の“跡”だった。


 俺達が化け物魚から逃れる時使用した、他者からの認識をさせず物理的な干渉も無効にする〈結界〉・・・・・シクスはそれに入ったんだ!!

 つまり、俺達が認識出来ていないだけで目の前には結界が存在している!


 ・・・・・だがそれを知ったからってどうすればいい?

 俺が入った〈結界〉は『おじいちゃん大好き』という一見ふざけてる『鍵言葉キーワード』を叫ばねば入場が出来ない。

 この結界だってきっと『鍵言葉キーワード』か、それと似た別の何かがないと入れない。

 俺達がノーヒントでそれを知る方法はない、急な消失の答えそのものが分かったとしても結局入れなきゃ意味がない・・・・


 なーーーーーんて、思うわけはない。


 いつも俺が考えて、テクルがトドメをさす・・・・付き合いは短いが、強敵相手にはいつだってそうやってきた。


 俺の思考の果てに正体が判明した、〈結界〉。 

 後は、普段通りテクルに殆ど丸投げだ。


 〈結界〉は第三者の侵入を阻む為に物理的な干渉が出来ないようになってる?

 それがどうした!!


 「テクル!! これはお前の力が必要だ!! だから一度落ち着いてくれ!!」


 「どうすればぁぁ・・・・どうすればぁぁ・・・・・・うぅ」


 俺の声が聞こえてないのか、テクルはうずくまって錯乱したままだ。

 だが俺はテクルの横に座り、語り続ける。


 「ラスイを助けたいんだろ?」


 「うぅぅぅ。 どう、すればぁぁぁぁ・・・・・」


 「その為にはお前が必要だ」


 「ラスイ、ラスイィィィィィ・・・・・・」


 「うずくまったままじゃ、ラスイと会う事は出来ないぞ」


 「・・・・・・・・・うぅ」


 「今、その発狂状態を無理矢理抑えて力を貸せとは言わない。 多分無理だろうからな。 だが、その状態のままでも、諦めなければ、行動を起こせば。 ・・・・・少なくとも今の止まった状態よりラスイと会いやすいと思う」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「御伽話に出てくる勇者みたいなロマンチックで上手い言葉は言えない、綺麗に立ち直らせて奮起させれるような語りなんて出来ない。 でも・・・・俺は諦めがいい時はキッカリ諦めるが、諦めが悪い時はとことん諦めない、諦めれない男」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「今はただ、少しだけ行動を起こして欲しい。 ずっとうずくまるだけより、絶対にいい」


 「・・・・・」


 「もう一度言う。 ・・・・・ラスイを、助けたいんだろ?」


 その言葉に対して、テクルは。


 「・・・・・私、は。 ・・・・何を、すればいい?」


 立ち上がり、理性を取り戻した眼で。

 そう、言葉を返した。


 「・・・・・足凄いガクガクしてんぞ」


 「仕方ないだろ!! ・・・・ラスイが居なくなった事を思う度に、怖くなるんだから。 ・・・・って!! それが勇気を出して立ち上がった相手に開口一番で言う事か!?」


 「俺はそういう人間だ。 知ってるだろ? の付き合いだけだがな」


 「・・・・あぁ、付き合いだ。 知ってたさ」


 「じゃあ問題はないな。 ・・・・さぁ!! いつも通りバイオレンスに頼む!! 俺の目の前を思いっきりブン殴れ!!」


 「訳の分からない注文だが・・・・」


 テクルが、触手をうねらせ、振りかぶる。


 「お前がわけわからない・・・・どこか外れた奴なのは」


 そして、思いっきり命令通りの位置目掛けて。


 「いつもの事だった、な!!」


 触手を振るった。


 バキッッッ!!!!


 触手が、大きな音を立て。

 何も存在しない虚空で止まった。

 いや、正確にはぶつかった、だろう。


 触手がぶつかった空間を中心に、ガラスのヒビじみた断裂が辺りに広がっていく。


 テクルの魔人能力、〈触手触れるべき手〉は。

 例え非実体化しているゴーストだろうと。

 例え認識も接触も叶わない結界だろうと。

 必ず触れられる。

 物理的干渉無効を無視する、絶対的な暴力だ。


 認識出来ない結界に、触手が大きなダメージを与えた。

 故に、虚空にヒビが入ったように見えている。


 「まだ、まだぁぁぁぁ!!」


 未だヒビが広がってる途中にも関わらず、再度触手を振るう!!


 バキッッバキッッッ!!!!!


 「追加ぁぁぁ!!!」


 バキッバキッッバキッッッ!!!!!!


 「もう・・・・一押しぃぃぃぃいい!!」


 バキッッッッッッ!!!!!!!!


 「ラストォォォォォォォォォォ!!!!!!!」


 パッ、リーーーーーーーーーン


 亀裂が辺り一帯の空間に広がり。

 結界が、音を立てて割れた。

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