第56話 自傷は周囲を驚かす
「なぁテクル・・・・お前最奥とまではいかなくとも、割と先まで進んだよな?」
「あぁ、結構走ったしな」
「途中で何かに襲われたりしなかったのか?」
「特に何にも」
「・・・・あ、それって違和感です!」
今も話の一連の流れを聞き、ラスイは俺が気になっていた事を理解したようだ。
かなり察しが良くて助かる。
「え? 何がっすか?」
「何で違和感なの?」
・・・・逆にテクルとシクスは察しはそこまでよくないようだ。
「さっき説明した通り、このダンジョンでは至る所に金鮫が潜んでいるはずだ。 金鮫は攻撃的では無いが・・・・自分のテリトリーで騒いでいる奴をただ見るだけで何もして来ないほど臆病な魔物でもない。 むしろ大きな音を出せば普通に襲ってくる」
俺はテクルが戻ってきた時を思い返す。
あの時、テクルは焦って足音をたてまくっており、更にかなり叫んでいた。
何なら、ゴールドスライムとの戦闘時だって俺達は騒ぎまくっていたはずだ。
金鮫に限らず鮫系の魔物全般は聴覚がよく発達しており、基本的には最低でも2km離れた位置の音もハッキリと聞こえる。
ダンジョン内でこれ程音を出しまくってるのに。全ての金鮫が無反応で一切現れないのは強烈な違和感だ、むしろ本来いないはずのスライムはいたのに。
・・・・いやまぁ、襲ってこないに越した事はないけどな?
俺は鈍感な二人に、違和感の理由を伝える。
「へぇ、鮫系の魔物って耳がいいんすね。 よく見たことはあったっすけど初めて知ったっす」
「ま、まぁ分かってたけどな! それぐらい!」
テクルが謎の意地を張ってるな・・・・というかシクスはよく鮫を見るのか。
「それにしても金鮫が襲ってきてない理由って何だ・・・・あ、分かった! 多分冬眠ってやつじゃないか? 眠ってるから反応しないだけだ!」
「テクルちゃん、鮫は冬眠しないんじゃないかな・・・・その上今は冬でもないし。 それに沢山音立てちゃったから寝てても起きちゃうと思う」
「・・・・た、ただ言ってみただけだから。 本気で言ったわけじゃないし」
なけなしの知識で推理したテクルだがあっさりラスイにへし折られてしまっている。
「今は別に気にしなくていいんじゃないすか? それよりも、口の中の口から出す液体に触れたものを金にする、っていう蛇の方が大事じゃないっすか?」
「確かに! クロイ、あの蛇はやばいぞ! 見下ろせる魚もどきと違って凄い大きい! 多分あのサイズで鱗びっしり生えてるから、私の触手ビンタでもそこまで効かないと思う!」
テクルの触手が効かない・・・・それはうちのパーティでは非常にマズイ。
何故ならうちのパーティの攻撃はテクルに全任せしてるからな。
テクルの触手以外魔物に通じるまともな攻撃手段がない・・・・
ん、待て、確かそもそもの話。
「テクル、お前の触手今一部金にされてるじゃん! 相手に効く効かない以前に、その状態で平気なのか!?」
テクルの圧倒的パワーはしなやかかつ強靭な触手だからこそ、相手に本気で振るっても自分自身に反動など無く大丈夫なのだ。
相手を殴るたびにこちらが傷ついてしまっては本末転倒だしな。
だが、現在半分ぐらい金になった触手を相手にぶつけたら、金の強度まで下がりしなやかさを失った触手の方が壊れてしまいそうだ。
それに上手く振るうことができるのかも謎だし。
「あぁ、それは大丈夫だ。 見てろ」
しかし俺の焦りとは裏腹にテクルは落ち着き払った状態で触手を前に構え、触手の反対側、つまり右手で触手を掴む。
そして。
ブチィィ!!!
なんとそのまま思いっきり自分の右手で、根本から触手をぶち抜いた!!
ぶち抜かれ右手に掴まれてる触手の断面から、黒い液体がボドボドと滴りこぼれ落ちる。
テクルのぶち抜かれた境目になってる体の方の断面からも、同じ黒い液体が大量に溢れている。
テクルはもはや自分の体では無くなった触手をポイっと投げ捨てる。
その捨てられた触手の辺りとテクルの足元に、まるで血溜まりかのようにそこらじゅうに断面から溢れ出る黒い液体が溜まっていく。
俺はいきなり高レベルすぎる自傷行為を前にして呆気に取られてると。
「ふんっ!!」
今度はテクルが力んだ、かと思えば体の境目の断面から一瞬で綺麗な新しい触手が生えてきた。
「私の触手、力を込めれば再生するんだ。 つまり触手が使い物にならなくなったら自分でぶち抜いて新しく生やせば元の状態に治る。 それに触手部分には痛覚がないし、引きちぎったとしても出てくるのは血じゃ無くて、自分でもよく分からないけど、別に減っても死にはしない黒液・・・・だから再生するために自分で引っこ抜くのに抵抗とかがないんだ。 ちなみに触手の部分からは黒液しか流れ出てこないけど、そこ以外の体には普通に血が流れてるからな!」
やけに説明口調なのは驚いている俺への配慮だろうか。
「コ、コレがテンタクルの魔人の能力の一部っすか・・・・」
「再生は普通に疲れるけどな」
「だ、大丈夫? 疲れすぎで倒れそうになったら教えてね?」
「・・・・いや、凄いな」
・・・・再生も凄いけど簡単に触手ぶち抜ける程のパワーがある右手に俺は驚いた。
ワンチャン触手より右手の方がパワーあったりしないか?
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