第15話 3人は今を歩む
あ゛あ゛ぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
足がぁ、足が死ぬぅぅ!!
ここまで全力で走ったのは母の原材料不明の特製虹色ハンバーガーを食べさせられそうになった時の逃亡劇以来だ。
化け物魚が少しでも減速するように、ラスイの魔法に沿いつつ木々の隙間を縫って走る。
化け物魚は巨大な両腕でその木を破壊して難なく進むが、多少は減速しているはずだ。
・・・・それでもかなり近づいて来ているのが声と音で分かるが!!
それにしても、化け物魚の頭がそこまで良くなくてよかった。
頭が良かったらただ追いかけるだけでなく、その有り余る力で木をぶん投げるなどで俺を仕留めに来たり、そもそもこんなあからさまに囮をして誘導する俺に引っかかるかも怪しい。
そう考えると、俺の作戦は割と穴だらけだったな。
さて、色々考える事で気を紛らわしてきたがガチのマジで足がヤバい。
ヤバいっていう感想しか出ないくらいヤバい。
俺の体力も計画に考慮しておくべきだった!!
いや、正確に言えば考慮こそしていた。
でも実際に走ってみたら思ってた数倍キツかったってだけの話だ。
・・・・と、体力切れで死ぬとかダサくてやだなと心の片隅で思っていると。
木々が少ない小さな広場のような所に出る。
そこの中心に・・・・ラスイとテクルが立っていた。
ここで魔法の道しるべも途切れており、かつ2人がいるということは・・・・ここが、要のポイントだ。
「テクルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!! ここでしくじらないでくれよぉぉぉ!!!」
俺は叫びながら2人の所に倒れこみ勢いよく到着する。
そして、もう邪魔する木々が無くなった化け物魚は都合よく獲物が集まったと言わんばかりに『ガガガ!!』と鳴き声を発し、そのまま俺の後に続いて突っ込む・・・・・
ズボッ。
事は出来なかった。
化け物魚があと、ほんの少しといった所で・・・・その場に急にポッカリと大きな落とし穴が出来て、無様にも落下したのだ。
そう、これは・・・・[落花]だ。
[落下種]が成長した存在であるこの花は、天然の落とし穴とも呼ばれており。
ネズミ程の小さな魔物の重さに反応して沈めてくる個体もいれば・・・・人よりもっと重いものじゃないと反応しない個体もいるのだ。
ラスイの〈触角探索〉は、俺が聞いた当初思っていた数倍正確だった。
あのエキサイトフルーツで起こしたポイズンベアの位置を的確に見つけたのもそうだし・・・・生き物の種族だけでなく個体差も考慮して探し出す事が出来るらしい。
俺は人間の重さではギリギリ反応しないけど、あの化け物魚のような大きく重い生物には反応する落花を探してもらい、最下級魔法で案内してもらったのだ。
だが、しかし。
化け物魚は落とし穴に落ちそうになった瞬間に腕を引っ掛けており、完全には落ちていないようだ。
そしてポイズンベアを瞬殺出来る程の腕力を使い、一気に穴から這い上がろうと・・・・
する前に。
・・・・・俺は2人の所に倒れ込んだ直後、とっくに化け物魚の方に振り返っていた。
落とし穴に落ちたとしても、この馬鹿力の化け物魚は大した隙にならないだろう。
きっと、直ぐに脱出される。
それは考えていた、というかそれが懸念だった。
計画の最後の為のテクルの魔能には、大振りが必要だ。
あの速さの化け物魚に一瞬の隙ではほぼ意味が無い、きっと躱されるか逆に押し返して来るだろう。
・・・・・だから、俺が振り返ったんだ。
俺は既に、かなりの至近距離で落花にハマった化け物魚に手のひらを向けている。
俺にはあるのだ。
一瞬の隙を1秒の隙に変えれる、相手を遅くする、俺の魔法。
掌にはもう黒い魔法陣が構築されており、そこから同じ黒色のシャボン玉のような球も既に発射されている。
化け物魚が落ちた時にはもう発動した魔法は目前の化け物魚にぶつかり、いとも簡単に割れた。
第1のデバフ魔法〈鈍化〉。
本来ならば膂力で一瞬で穴から抜け出せていた筈の化け物魚は、デバフが付与された証である黒い光を帯び、動きが鈍くなり・・・・・
その僅かに引き伸ばされた隙を狙って、テクルは魔人としての異形の部分であり、魔人能力である『アレ』を出す。
そして、脱出を試みている化け物魚に振りかぶるーーーー!!!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
大きな左袖が捲れ露われた『アレ』は。
見ようによっては、圧倒的質量を誇り人1人簡単に潰せそうな大槌。
見ようによっては、太さに目を瞑ればウネウネと曲がりくねる鞭。
見ようによっては、尖った先端で万物を穿ち大きい風穴を作れる杭。
それは、普通の人体では左腕が生えている箇所に存在する・・・・テクル自身の身長を超える程の尋常じゃなく太く巨大な〈触手〉。
テクルは[テンタクル]の魔人。
テンタクルとはブヨブヨした大きな丸い体から、大量の触手が生えたタコに似た魔物。
その黒一色の蠢く触手まみれの球体の体と顔が無い無貌という悍ましい見た目、普段は住処で微動だにしないが一度怒ると辺りを破壊し尽くす性質から『混沌の象徴』とも呼ばれ恐れられる存在。
テクルの性格はテンタクルという魔物の怒ると手がつけられなくなるという性質が反映されているのかもしれない。
しかし今のテクルは・・・・しっかりと理性を持った目で化け物魚を捉え、穴の中に完全に叩き落とそうと何度も触手を打ち付ける。
「くらえっ!! 落ちろっ!! 失せろっ!!」
『グガッ! ゲグッ! ゴゴガギッ!!』
触手による一方的な暴力で化け物魚が苦悶の鳴き声を上げる。
・・・・傍から見れば、執拗に穴に叩き落とそうとしている絵面はエグいがコレが俺の作戦なのだ。
しかし、割と躊躇なく触手振るってんなぁ。
暴力的な自分への恐怖はそんなあっさり消えるものだったのか?
・・・・いや、多分ラスイが何か言ったんだろう。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ! 落ちろ!! 落ちろぉぉぉ!!!」
・・・・ずっと触手をブンブン振る姿は普通に怖かった。
これはテクルがラスイにトラウマを植え付けたと勘違いしたのも納得だと思ってしまう程だ。
「落ちやがれ、魚みたいな見た目してる分際で陸に上がってきた臭みが凄そうな魔物かもわからん化け物がぁぁぁぁぁ!!!」
ありゃ完全に恐怖乗り越えてるわ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから数分間、テクルはもう何を言っているのか分からなくなるほど叫びながら触手を振るい続けた。
本当にテクルが理性を失ってないか不安になるぐらい振い続けてた。
結果、途中までは必死に抵抗していた化け物魚は落とし穴の中に完全にめり込み動かなくなっていた。
ちなみにテクルが触手を振り続けている間、絵面のエグさで俺が少しビビってる俺の横ではラスイが心底嬉しそうなニッコニコ顔で化け物魚がボコボコにされているを見ており、感性の違いをしみじみと感じたものだ。
その後は、ギルドに報告するため触手にぶん殴られ続けた間に飛び散った化け物魚の紫の血の様な液体や、鱗と・・・・あまり直視したくないが多分肉片らしきものを回収した。
あの化け物魚について不思議な所は沢山あるが・・・・俺は興味のない面倒くさそうな事は後回しにする主義だ、それを調べるのはまた今度にしよう。
そしてそんな事を考えている今、3人で帰っている。
夕焼けになりオレンジに染まった空の下、俺達は街に向かっていた。
ちなみに、俺はテクルの触手に巻き付けられて持ち上げて貰っている。
足がパンパンでもう歩けそうにないので運んで貰っているのだ。
触手がヒンヤリしているので、汗たっぷりの火照った体を冷やすことも出来る。
「もう、私は・・・・躊躇しない! これも私だって受け入れて、自分と仲間のために全力で触手を振るう! 手加減なしで!!」
「さすが、テクルちゃん!!」
何だか楽しそうに話している2人を見ていると・・・・2人が魔人であることがどうでもよく感じる。
この2人に関しても色々気になるが・・・それも今は置いておこう。
これは面倒くさそうだからではなく・・・・何となく、そっちの方が良い気がしたから。
ただテクルに関しては多少の手加減は必要だと思う。
「なぁ、クロイ」
テクルが俺にいきなり話しかけてくる。
「お前のお陰で、ラスイとの仲も元に戻せた。 まぁ、私が勝手に遠ざけてただけなんだけど・・・・ だから、その・・・あれだ・・・・・ ありがと、な」
「よし、じゃあ早速お礼をしてもらおう」
「え?」
俺の間髪入れない予想外の返答に驚くテクル。
「お前も俺とラスイのパーティに入って3人パーティになろうぜ」
それを聞きテクルは更に驚いた顔になり、次に嬉しさと困惑が混ざったような何とも言えない表情になり・・・・
「・・・・・いいのか?」
「私は大賛成です!」
ラスイの言葉で頬が緩んだテクル。
「あぁ、俺は最近クエストの仕事をラスイがほとんどやってしまっているこの状況が悪くない、むしろ良い状況だと思うようになった。 だから、更に俺の仕事を減らすために人数は大いに越したことはない。 お前の触手ならどんな危険が迫ってもきっと俺達を守ってくれる」
「・・・・・・」
俺の言葉で顰めっ面になるテクル。
「ラスイが〈触角探索〉でクエストの植物を探し、テクルが万が一魔物に襲われた時のボディーガード。 俺はそれを見守る。 完璧な役割分担だろ?」
「・・・・・・・・・・・」
更に顰めっ面になるテクル。
「あとなんかこの触手、さっきまで冷えてたのになんか温くなってきたぞ? お前の体の一部だし、何とかして冷やせねぇか?」
顰めっ面が一周回って逆に威圧的な笑顔になるテクル。
「・・・・今私が触手に力を入れれば、それに巻き付けられてるお前はどうなると思う?」
「嘘です! 俺もしっかり働きます!!」
「・・・・こっちも冗談だよ。 でも、肝は冷えただろう?」
「私はその役割分担でもいいんですけど・・・」
俺は感性はかなり違うが、きっと良い奴らの2人と街への帰路を共にするのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・クソ。 赤眼這腕鮫がただのゴミになってしまったじゃないか・・・ やはり知能が低い奴ではダメだな・・・・」
小さな箱庭のような立方体の部屋の中に、老人がいた。
白髪が大量に生えた、小柄なおじいさんだ。
しかし、嫌な感じがする謎の存在感を醸し出している。
老人のいる部屋は壁という壁、床という床に、何かの実験に使うであろう色とりどりの液体が入った瓶、絶賛中身で何かが調合されてるフラスコ、ドクロマークが描かれた危険な香りがするスイッチ、果ては・・・大人5人程入っても余裕がありそうな大きい培養槽が何個もある。
その老人は研究室のような所で恨めしそうな声でブツブツと何かを呟いていると、ハッと何かを考えついた顔になり・・・・
「そうだな・・・お前に出てもらおう。 最高傑作である、お前にな」
『・・・・・・・・・』
複数ある内、唯一人1人で限界の小さなサイズの1つの培養槽の中にいる何か・・・・いや。
誰かに、そう言ったのだった。
《To be continued》
→第二章 報復せよ、勝利の顔したアイツを
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