第38話 モエラの事情
10日ぶりに会うモエラは記憶より血色も良く、心なしかふっくらというか、丸っこくなったように見えた。しかしそれをそのまま言ってしまうほど、僕も馬鹿ではない。だから、
「元気そうでよかった」
という表現で、留めておいたのだ。
モエラもそのへんは察したらしく、
「とりあえず……元気。見ての通り、ね」
と。言いながら目を逸らしてるのは、説明が困難だからだろう。冒険者ギルドの受付で忙殺されてる彼女と、いま豪華なドレスを着て呑気にサンドイッチなんか(しかも、一食食べ終えた後のちょい足しみたいな感じで)食べてる姿には、大きな落差がある。その落差を生んだ過程を誤解なく説明する面倒臭さは、想像するまでもなく大変そうだった。
でも、訊かねばなるまい。
「どうしてこんな、っていうか……こういうことに?」
「食べて」
モエラは、皿に残ってたサンドイッチを差し出すと、言った。自分が話してる間は、それを食べて、余計な口を挟むなということなんだろう。僕がサンドイッチに口を付けると同時に、彼女は話を始めた。
「まず……ギルドで働いてた私と、いまの私。どっちが本当かって言ったら、心はギルドの私。でもそれ以外は、こっちの私が本当なの」
モエラは、大陸北方の小国『コッパー』の姫なのだという。3人の兄の下に生まれた彼女は自由に育てられ、学問をしたいと望めば他国への留学が許されるほどだった。
そして、事件は彼女の留学中に起こった。
やはり他国から留学していた彼女の友人が、留学先の国の王子と恋に落ち、子供を身籠ったのだ。友人は無事出産を終えたのだが、凶事はその直後に起こった。何者かの襲撃を受け、友人は惨死。赤ん坊はどこかへ連れ去られた。
モエラは、それに怒り真相を究明しようとした。しかしそれは叶わず、何故か彼女は学園を追放され、表向きではあるが、家からも勘当されることとなった。
「私を護るため、だったんだけどね」
傍観者であるモエラにまで脅威の及ぶ、それほどの謀略が友人の死の背後に渦巻いてたということなのだろう。モエラというのは、その際に家から与えられた偽名だ。冒険者ギルドへ就職するにあたって係累をでっちあげたのも、それ以前の冒険者としての活動を陰から支えたのも、彼女の父――母国の王の手によるものだった。
「それで――もうじゅう、12年!? ええっ。そんなに経っちゃった!?」
そしてモエラ本人も驚くほどの時間が、それから経ったということか。ついでにここまでの話から、なんとなくモエラの年齢も推測できてしまうのだけど、とりあえず気付かなかったことにしょう。
(大体、僕より5歳から7歳上?)
師匠やセリアが相手だと意識しなかったけど、モエラが相手だと、年齢差が気になってしまう。(年上の恋人、奥さん――いいじゃない!)いや、だからそういう余計なことを考えてしまうから、気付かなかったことにしようと言ってるのに……
モエラの話は続く。
「冒険者の活動も、ギルドで働くのも楽しかった。なんていうか『自分はこれで良かったんだな』って。モエラとして生きるのが、自分の身の丈にはあってたんだなって。イーサンのパーティーに入ったのも同じ。モエラとしての人生を、より良くするため――あなたを、好きになったのもね」
「…………」
「こんなことを言うのは――分かるよね? もう、終わりだから。私、お見合いするの。って言っても、明日、お見合い相手の方のお母さまがこの国に来られるから、まずはお会いして気に入って頂きましょうって。結婚まで、何年もかかるかもね。あっという間かもしれないけど。上手くいっても、いかなくても。私は勘当を解かれたから、もうモエラには戻れない。再開した『セシリア姫』としての人生を、これからの私は生きてく……」
お見合い――モエラが拐われたのは、そのためということか。
「ねえ、イーサン。あなた、南の方の国に行ったことって、ある? お見合いの相手がね、そちらの――って国の方らしいんだけど……え? イーサン。え?」
僕は、モエラを抱き上げるとテーブルに寝かせた。覆いかぶさり、唇を奪う。そのままドレスをまくりあげ、あらわになったガーターとストッキングの間に触れながら、顔を、彼女の首筋に埋めた。切なげに鼻を鳴らしながら、彼女が僕の頭を掻き抱く。体を離したのは、しばらくそうやって抱きしめあった後だった。
「さよなら。モエラ」
「さよなら。イーサン」
僕らは、そう言って別れた。
●
キ=テンに戻って、みんなの顔を見た。
みんな、僕の表情から察したみたいだった。
声をかけられる前に、僕が言った。
「駄目だったね。彼女を連れ戻すのは、無理だ。連れ戻したところで、何も解決しない。彼女も、それを分かっている。何も出来ることなんて無い。無いんだよ――この、イーサンにはね」
でも――それぞれのやり方でニヤニヤする、彼女たちに付け加える。
「なんとか出来る人が、いないわけじゃない。僕には無理でもね。だから、頑張ってもらおうと思うんだ――その、彼にね」
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