第29話 ボコボコタイム

 着地と同時に、目に映る情報が変わった。

 表示のされ方が、整理されてた。


 まず視界の右上に、小さな四角型が3つ。

 それぞれが、師匠たちの視覚情報――いまみんなが見ている景色だ。


 そして反対の左上には、地図と無数の『点』。

 青黄赤の3色で、内訳は青が『師匠とセリアと母さん』。黄色が『生存している人間、動物、魔物』。赤が『スネイルの幹部、もしくは一定以上の魔力の持ち主』だ。


 僕たち4人の位置関係としては、中央にいるセリアを囲んで、大きな三角形を作っている。赤い点――『スネイル』の幹部を探しながら前進し、セリアのところで集合するという作戦だった。


 僕は告げた。


「黄色、7つ。行きます」


 数の多い黄色――『スネイル』の構成員とは、ちょっと進むごとに出くわす。もっとも、どこにいるかは地図で分かってるから、あっちにとっては出会い頭でも、こっちにとっては待ち伏せだ。


 おまけに――


「ぎゃっ!」

「ど、どこから!?」

「あっちだ!」

「あっち!? 誰もいねえぞ! ぎひぃっ!」

「で、でもあっちから、あっちから撃って……いじぃっ!」

「馬鹿野郎! 全然、ちが……畜生! どこから! どこから撃ってやがる!?」


――悲鳴をあげる『スネイル』の構成員。彼らの周囲を歩きながら、僕は地面と水平に持った短刀に、小石を乗せる。そして撃つ。風魔法で。


「ぎゃふぅっ!」


 また1人、斃れた。

 彼らに、僕の姿は見えていない。


 セリアがかけてくれた、結界魔法のおかげだ。


 野営の時、馬車を見えなくした結界。

 あれを、僕ら自身にかけているのだった。


「びひぃっ!」

「あぶぅっ!」


 近く、見えない場所からの一方的な射撃。


「いぎぃっ!」

「あぎゃぁっ!」


 戦い自体も、一方的に終わる。


「黄色、9つ。行くよ」

「黄色、6つ。行くわね」


 師匠と母さんも、さくさく殺っていた。

 右上の映像でも、左上の地図でも、それが分かった。


 母さんが剣を振り、師匠が魔法を放つ。

 誰かの視界で、誰かが斃れる。

 そのたびに、地図から黄色い点が消える。


 そして――


赤い点幹部が、中央に向かってるわね」

「セリア、ちょっと場所をずらして。そのままだと3対1になる」

「は~い」


――『スネイル』の幹部にも、動きが現れ始めた。セリアがいるのは、城の中央だ。そちらに向けて、幹部の5人中3人が集まりつつある。彼らも彼らで、連絡を取り合っているのだろうか?


 残る2人のうち、1人は師匠と母さんの間を抜けて、城の外へと向かっていた。

 でも、師匠によると――


「放っといていいだろ。どうせ、すぐ戻ってくるし」


――ということらしい。


 そして、残った1人が。


「来ますね――やっちゃっていいですか?」

「頼んだイーサン」

「がんばってね!」

「しっかりやんなさいよ~」


 地図上を、僕に向かって進んでくる。

 赤い点と遭遇したのは、それから2分後だった。


 ●


「そういうことか……」


 思わず、声が漏れた。

 いま地図上では、僕と赤い点が重なっている。


 しかし――思い出して欲しい。

 赤い点は『スネイルの幹部、もしくは一定以上の魔力の持ち主』。


 いま僕の目の前にいるのは『もしくは』の方だった。


亜龍族デミドラゴン


 簡単に言うなら、魔法も使うでっかい蜥蜴だ。


 龍と同じで、上級種ではブレスを吐いたりもするけど、それ以上の進化は無い。大きささも、最大で20メートル程度。しかもいま僕が対峙してる『亜龍族デミドラゴン』は、10メートルもなかった。以前クビになった『ミスリルの団結』で退治した火竜と比べても、だいぶ見劣りがする。


「悩むなあ……」


 斃せるかどうかでなく、どう斃すかだ。僕が見てるのと同じく、師匠たちも僕の戦いを見ている。それを考えると、あんまり安易な斃し方は出来ない気がした。でもあんまり悩むのも低評価というか、後でからかわれそうだ。


「ま、いいか」


 広げた手のひらを、右から左に動かす。

 5本の指から疾走る、魔法の刃。


「!!………」


亜龍族デミドラゴン』が、ばらばらになった。


「おお。カッコいいねえ。『熊爪斬ベア・スラッシュ』。しかも無詠唱とはねえ」


 師匠の言う通り、いま僕が放ったのは、始原の魔術『熊爪斬ベア・スラッシュ』だ。

 無詠唱だったのは……


「あー。イーサン、照れちゃったでしょ~」

「注目されて照れくさいから、無詠唱でちゃちゃっと済ますって、そういうのがね~~。我が息子ながらさあ」


 セリアと母さんの言う通りです。


「と、ところで師匠たちは……」

「うん。あと1人」


 僕が『亜龍族デミドラゴン』を迎え撃ってる間に、師匠たちはセリアと合流。そのまま『スネイル』の幹部3人を襲撃していた。


 結果――師匠の視界で、歯を失った男が泣きながら訴えている。


「や、やふぇ、やめ……やめて。堪忍して。かんにん。かん。おね、おねが……おふぇが、いびぃいいっっ!」


 そして、顔を踏み潰された。

 でも師匠が言った『あと1人』は、この男じゃない。


 セリアと、母さんの視界に映ってる方の男だ。


 巨漢といっていいだろう。

 一種の魔道具だろうか? 

 裸の上半身のあちこちに、革のベルトを巻き付けている。


「来るなら来いや! 俺の『魔剛体』はなあ。A級冒険者で金線級魔術師って奴の魔法だって跳ね返したことがあるんだよおおお!」


 うわあ……小者臭い。


「へ~。ほんとだ。硬いね~」


 無造作に男を殴り、セリアが言った。


「むぐ、ぶぅふうう……」


 男はというと、既にもうなんか色々吐き出したそうな顔になっている。

 そこで、母さんからの提案。


「セリア、賭けない?」

「いいよ~。私は3枚ね~」

「じゃ、私は2枚」

「へへ~。じゃあまず、1枚からね~」


 母さんの手のひらに、セリアが銀貨を1枚乗せる。


「あ~、確かにこれは硬いわ~」


 母さんが、男に剣を振り下ろして言った。


「ぎ、ぎぎぎぎぎ」


 男は、なんとか耐えたみたいだ。

 肩から胸にかけて大きな痣が出来てるけど、切れてはいない。

 明らかに鎖骨が折れてるみたいだけど、それでもだ。


 そんな状態の男に、師匠が声をかけた。


「あのさー。彼女の剣って、かけるコストによって威力が変わるんだよね。いまは銀貨1枚だったけど、2枚3枚って増えれば、その分、威力も強くなるから。分かったら、早めに降参――」


「こ、降さ――」


「――は、イゼルダが許さないか」


「許すわけないでしょ~」


「だ、そうだ。だから、その……」


「あ~、負けた。切れちゃったよ~」


 というわけで、賭けは母さんの勝ちで終わった。


 両断された死体を調べてみると、男の革ベルトは魔道具でもなんでも無かった。

 ただの、おしゃれアイテムだったらしい。


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