第20話 二度目の夜想曲
師匠の姿を見た瞬間、僕は思い出した。
僕には、師匠という恋人がいることを。
何故、そんな大事なことを忘れていた?
どうして!?
でもそんなことを考えるのは、いまじゃない。僕は、取り返しの付かないことをしてしまった自分自身を、どうにかしてしまいたくて――
「うわあああああ!!」
――気付くと、地面に穴を掘って頭を突っ込み、三点倒立していた。
「「ちょっ! イーサン!」」
そして全身を回転させ、そのまま地面を掘り進み始めた僕を、師匠が魔術で、セリアが腕力で止め、穴から引っこ抜いたのだった。
そんなわけで――
いま僕は、仁王立ちする彼女たちを前に、正座で土下座してるところだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。僕は、どうしてこんなことをしてしまったのか……師匠のことを愛してます。なのに、セリアのことも好きになってしまったんです。一体、どんな呪われた血が、僕にこんなことをさせたのか……いや、血ではない! この僕の惰弱なる魂が! 僕自身が! 僕の意志で! 肉欲の誘惑に抗おうともせず、血のたぎるまま、師匠を、セリアを裏切ったのです。うわああああ!!」
そんな僕に、師匠が言った。
「いいから、いいから。君が気にすることはないから――ヤらせたのは、私なんだから」
するとセリアも、
「そうね。私たちが、私たちだからそうなってしまった――ってところなのかな」
こうなると僕は、
(???)
である。
「あのね、イーサン。君がセリアとパーティーを組んだのは、知ってたんだ。君に、教えられる前からね」
「私が、連絡したの。あなたの『始原の魔術』を見て、もしかしたらって――それで」
「私たちは話し合って、セリアから記憶を消した。君と私が恋人同士だって、そのことを知った記憶を。そして最後に通話した時、君の記憶も操作した。私と恋人同士だってことを、徐々に、徐々に意識しなくなってくようにね」
「だから、私とあなたがそうなってしまったのも、私たちが、そうなるように――そうなっても仕方ないように仕向けた結果なの。だから、あなたが気に病むことは、ぜんぜん無いの」
そんな2人の話に。
何が何だか分からないまま、僕は問うた。
「どうして……そんなことを?」
答えは――
「それは、確かめるため」
「私たちが、やっぱり同じことを繰り返すのか、試すため」
うん。
やっぱり分からない。
話の続きは、ト=ナリに着いてからということになった。
●
そこからト=ナリまでは、師匠も馬車に乗って移動した。
僕は荷台で、師匠とセリアが御者台だ。
荷物の隙間で縮こまってると、馬車の立てる音に紛れて、かすかにだけど、2人の話し声が聞こえてくる。
不思議なのは、そこに笑い声が混じっていたことだ。
やっぱり友達だから、こんなことになってる今でも、久しぶりの再会を喜んだり出来るんだろうか。
そうだといいな、と思う僕なのだった。
●
ト=ナリのギルドで納品を済ませ、宿に入った。
部屋は、ふたつ。
片方に師匠とセリア、もう片方に僕だ。
夕食も、師匠たちと別々だった。
「どっちに集まる?」
「うーん、イーサンの部屋」
宿の食堂。彼女たちのテーブルから聞こえてくる声からすると、このあと僕の部屋に集まって、話し合うことになる――んだと思う。師匠もセリアも、僕には何も伝えず、食堂を出て行ってしまった。
まあ、いいか。
彼女たちが僕の部屋に来るんだろうから、追いかける必要は無い。ここの料理はうまい。急がず味わってから部屋に戻ろう。油に工夫がしてあるのか、口を火傷しそうな熱さの向こうから、濃厚で複雑な旨味が伝わってくる。
「このタデ牛の炒め煮って、油は何を使ってるんですか?」
宿の女将さんに訊くと、やっぱり工夫がしてあった。
「分かったかい? 出汁を取るのに、スマズ鳥を使ってるんだけどね。その時出た油をいったん別に取っておいて、料理を仕上げる時、また上からかけるんだよ。そうすると、何だか変わった風味が出るって、うちの亭主は言ってるんだけどね。気が付いたのは、お客さんが初めてだよ。正直、あたしも良く分かんないんだけどね」
部屋に戻って、しばらく待った。
師匠たちは、来なかった。
ベッドに寝転んで、もうちょっと待ってみようと思った。
まだ、来ない。
こちらから、師匠たちの部屋に行ってみる?
来ない。
うとうとして、目を覚ますと。
部屋が、真っ暗になっていた。
見上げる間近に、顔があった。
セリアと、師匠の顔が。
香ってくる、料理の匂い。
ああ。確かにこれは、スマズ鳥の油だ。
気のせいだろうか?
セリアが、舌なめずりしたように見えた。
「話は――これから、するんですか?」
訊ねると、師匠が淫笑った。
「うん。
そうか、後でか……あれ?
じゃあ、その前は――今は?
今これからは、何をするというんだろう?
ぼおっと、頭の奥が、鈍く膨らんだような感覚。
きっと、分かってるからなんだろう。
これから何が起こるか分かってるから、そんな風になってしまってるんだ。
「ねえ、しちゃう? 本当にしちゃう?」
「……」
師匠が、無言でシャツを脱ぎ捨てるのが見えた。これで、ゼロだ。師匠もセリアも、着てるものはゼロ――何も身に着けていない。
気付くと、セリアの顔が消えていた。
代わりに師匠の顔が大きくなって、僕に重なって。
何か暖かいものが、歯と歯の間を割って、僕の口の中に忍び込んでくる。
同時に、それと同じ種類の暖かさが、僕のもっと下の、別の部分を包みこんでいた。
そういえば……僕は、思い出していた。
この、宿の名を。
『
以前、師匠と泊まった宿と、同じ系列に違いない。
中で起こったことを話したら、恐ろしいことになってしまうという宿だ。
だからここから先は、限られたことしか話せない。
コトが終わった後、師匠とセリアから聞いたことしか。
それは、師匠とセリアの少女時代――彼女たちがパーティーを組んでいた頃の話だった。
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