第19話 全然無事じゃない

 セリアとパーティーを組むことは、既に師匠に報告済みだ。


 セリアと師匠。そして僕の母は、昔、パーティーを組んでいた。

 しかしいまは分かれ、全くの没交渉。


 どうしてそうなったのか、理由はまだ聞いてない。

 しかし、聞いたところで変わらない気もする。


 問題は、どこに火種があるか、まったく分からないことだ。


 どれだけ過去について知ったところで、ゼロには出来ない脅威。たとえば僕が師匠の弟子であることを明かした途端、セリアに絶交されてしまう可能性だってある。


 一方、師匠に対しては、隠したところで、いつかは絶対にバレる。だったら、バレるより先にバラしたほうが良いに違いない。というわけで、速攻で報告したのだった。


 昨夜、通信の魔道具で――


「師匠、僕がリーダーでパーティーを組むことになりました」

『ほほう?』

「それで、実はですね……一緒にパーティーを組む人が、昔、師匠と知り合いだったって言うんですよ」

『うん?』

「セリアさんっていう人なんですけど、昔、師匠とパーティーを組んでたっていうんですよ。なんかちっちゃい感じの、エルフなんですけど」

『ちっちゃいって、人間的に?』

「いえ。背丈がです」

『ふうん。じゃあ偽物かもしれないね。セリアは、何もかもが小さいヤツだったから』

「いや、その……偽物かも、しれないですね。人間性は、まだ良く分からないですから。本物だとは、確かに言いきれません」

『まあ、すぐに分かるよ。本当にセリアならね。手段と目的を履き違えた美学の欠片もない無趣味で無教養なゴブリンの糞みたいな娘だから』

「……了解です。ところでセリアさんには、僕と師匠の関係は……」

『セリアはさ、なんて言ってた?――私のこと』

「喧嘩したこともあるけど、気持ちの良い友達――とても良い娘だったって、言ってました」

『ふん……偽物だね。絶対そいつ、偽物だよ』

「あの、師匠…………切れてる」


――というわけで一方的に通信を切られて、結局、師匠とのことをセリアに明かすかどうかは、保留のままとなってしまった。


 ●


 街道はいま、草原に挟まれている。

 というか、草原の中を、街道が走っている。


「てぃっ!」


 声と同時に、どさり。

 ホーンドラビットが、斃れるのが見えた。


「運んで運んで『緑の波頭』!」


 続く呪文で、草がホーンドラビットを持ち上げ、馬車まで運んでくる。草原の上を手渡しリレーされるその様は、あたかもホーンラビットが、緑色の波に流されてるかのようだった。


「さて、次は……あれか」


 地面と水平に持った短剣に、種を乗せる。『トブチュカ草』の種だ。それを、風魔術――もちろん『始原の魔術』を使った偽物――で、飛ばした。


 ひゅん。

 どさっ。


 眉間を撃ち抜かれ、標的のホーンドラビットが斃れる。「運んで運んで『緑の波頭』!」それをまた、魔術で馬車まで運ぶ。


 そうやって狩ったホーンドラビットが、既に十羽近くになっていた。昨日みたく『殺しのお豆キラー・ビーン』を使わないのは、色んな種類の風魔術(の偽物)を開発するためだ。


 草の上を運ばれる間に、ホーンラビットからは『トブチュカ草』の茎が生え出している。ホーンラビットは、それだけでも高価な素材だから、きっと良い値で買い取ってもらえることだろう。


「あの~。既に護衛料金の3倍くらいは稼いじゃってると思うんですけど」

「リーダーとして、赤字は許せないからね」


 今回の仕事は、僕が護衛についたせいで実入りが悪くなっている。それを補うため、馬車で移動中も目についた素材を狩り続けていたのだった。


「今回は、これくらいかな」

「そうだね。ここを通るのも、これが最後じゃないしね」


 盗賊に遭ったりとかもなく、ト=ナリまでの2泊3日は、無事に終わった。


 セリアに喜ばれたのは、食事に恵まれてたことだ。今回、僕は『森の恵み亭』で作ってもらった弁当を、道中で必要な分だけ持参していた。収納魔術アイテムボックスの中は時間が止まってるから、腐るどころか冷めることすらない。どういう癖なのか『ぶわ~~、ぶわ~~』と唸りながら、セリアは満足そうに料理を口に運んでいた。


 僕が驚いたのは、野営の時だ。


 セリアは、結界魔術の達人だった。

 街道をちょっと外れた場所に馬車を停めると、簡単に印を結びながら周囲を回る。


 すると突然、消えた。

 馬車もセリアも、僕の目の前から。


「こっちよ、こっち。来て、イーサン」


 馬車の側に置いた荷物さえ見えなくなり、セリアに手を引っ張られるまで、僕は、一人だけ取り残されたような状態になってた。


 そして結界の中に入ると同時。


「あっ……!」


 セリアが、押し殺した悲鳴みたいな、そんな声を出した。

 びくりと背筋を突っ張らせて、彼女は振り向く。


「ごめん、イーサン。毛布……ひとつしか無かった」

「え?」


 そして、色々あって翌朝――


「セリア、眠れた?」

「うん……イーサン、暖かったから」


――そんな風に言いながら、僕らは、改めて裸の肌を触れ合わせたのだった。


 セリアは、初めてだった。

 そして二晩目は、もっと盛り上がり――


「あ、あうぅ。こんなに気持ちいいこと、もっと早くしてれば、知ってれば……ああでも、でもイーサンとじゃなきゃヤだ。ヤだぁ……」


――僕はもう、何が何だか分からないまま、欲望の夜の海を渡ることとなったのだった。


 不思議だが、セリアと過ごしてる間、師匠のことはぜんぜん思い出さなかったし、躊躇いや罪悪感も、まったく無かった。


「ずいぶんお楽しみだったみたいだねえ。セリア」


 ト=ナリまであと数キロメートルのところで、腕組みして立ち塞がる師匠を目にするまでは。


 というわけでこれ、全然、無事じゃなかったね。


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