第2話 パーティーをクビになる

「なあ、思い出してくれ。ディーサン。さっきの戦闘で、お前は何をしていた?」


「『癒やしの風ヒール』を……かけてた」


「そう、ヒールだ。じゃあ教えてほしいんだが、お前のそのヒールに『スペシャル』はあったか? 俺の『受即散』やクラウドの『八種八撃』、メリッサの『氷結の楔』みたいなスペシャルな何かが、お前の『癒やしの風ヒール』にはあったと言えるか? そもそも、お前に何があるっていうんだ。『癒やしの風ヒール』と初級の攻撃魔術と、クソの役にもたたない『宴会魔術』しか使えないお前に、俺達と並び立てるだけの何かがあるっていうんだ?」


「…………」


 言い返せなかった。僕が使える魔術は、いまジャンが言った3つだけ。しかもその中で実戦で使えるものといったら『癒やしの風ヒール』しか無い。


 役立たずと言われて当然だ。


 僕がパーティーに入った頃は、ジャンもクラウドもメリッサも、ようやくFランクいちばんしたを卒業したばかりの新人で、僕と大差ない実力しか無かった。


 でもそれから、三人ともどんどんレベルの高いスキルをものにして、パーティーのランクをCまで押し上げた。なのに僕といったら、いまだに『癒やしの風ヒール』しか使うことが出来ない。


 僕がパーティーに入ってから、今日で二ヶ月。まだ二ヶ月とも言えるし、結果を求めるには、まだ短すぎるとも言えるかもしれない。だけど僕と彼らの間に生じた差は、歴然としている。その結果を、否定することは出来ない。そこから見通すことの出来る、未来についてもだ。


「分かった……確かに僕には、このパーティーに相応しい実力は無い。僕だって努力してきた。だけど、こんなに差がついている。だから、分かる。君たち三人が持ってるようなスペシャルな何かは、僕には無い」


 ジャンとクラウドとメリッサを、順番に見て、僕は言った。


「さようなら」


 そして歩き出す。


 まだ、クエスト完了の承認はされていない。それは、ギルドに火竜の死体を運びこんでから行われることだ。ジャンがどう処理するか次第だけど、おそらく僕は、クエストの開始前にパーティーを離脱したということになるだろう。報酬は得られないし、今回のクエストの功績が、ランクアップの考査材料となることもない。


 でも、もしこのままこの場に居続けて『おいおい。ここまで俺に言わせておいて、まさか分け前を貰おうってつもりじゃないだろうな。俺の訊き方が悪かったんなら言い直そう――なあ、ディーサン。お前に、どんな働きがあったって言うんだ? 教えてくれないか? お前のその馬鹿のひとつ覚えの『癒しの風ヒール』に、一体どんな評価や報酬が値するって言うんだ?』なんて言われたりしたら、パーティーをクビになったことより切ない気持ちになってしまいそうだった。


 実際、前の前のパーティーではそうだった。パーティーをクビになるのは、これが初めてじゃない。いつもそうだった。ようやく初心者を脱したレベルのパーティーに誘われて、参加して。そしてみんなが力をつけてく中で、僕だけが取り残される。そうして、この二年で僕は三つのパーティーをクビになり、今日、それが四つになったというわけだった。


 歩き出した僕に労いや、逆に嘲弄する言葉も、かけられることはなかった。


 しばらく歩いて振り向くと、三人はもう僕を見ていない。メリッサを中心に、再び絡みあってた。またしばらく歩いて、また振り向く。三人の姿は、もう見えなくなってた。届くのは谷底に反響する、メリッサの喘ぎ声だけだ。そして更にもう少し歩けば、それさえも聞こえなくなった。


 僕は、足を止めた。


「……もう、いいかな。この辺で」


 念の為、辺りに誰もいないのを確認して。

 僕は取り出した。

 懐から出たそれは、内側に青い魔力が灯る、円盤型の魔導具だ。


 名前を『跳躍の輪』と呼ぶ。


 それを足元に転がすと、輪の中央に爪先を置き一気に体重を移した――ぬるり。ぬるぬると微妙に不快感を伴う滑らかさで、足首から膝。膝から腰。腰から反対側の膝といった順番で、身体が円盤へと吸い込まれていく。


 腹から胸。

 胸から腕。

 最後に、頭が。


 全てが円盤に吸い込まれ、視界がまだらな黒色で覆われる。一瞬のようでもあり、ずいぶんと時間が経ったようでもあり。この間に此方彼方の時差を調整しているのだと、僕にこの魔導具を与えた人――僕の『師匠』は言っていた。やがて、砂浜から潮がひくように。さあっと黒が消え、目の前に景色が戻ってくる。


 そこは、すでに火竜の住む谷ではなかった。


 石の転がる地面は、均された芝生の緑に。ひび割れた岩壁は、窓枠の並ぶ屋敷の壁へと変わり。舞い飛ぶ砂塵は失せ、空はただ青く、雲はただただ白いだけとなっていた。


 ここは王都にある、ゴーマン公爵邸。

 僕の、自宅の中庭だった。


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