今日から追放少女〜気ままに暮らしていられませんわ

砂糖あずさ(さとあず)

第一話 私もそうだった

 姉たちが嫌いだ。

 一番下だからといって、私を認めなければ、信用もしない。


 あまつさえ、この私を家から追い出した。


 私が何をしたかと言えば、六人の姉の婚約者たちによる、低俗な要求を突っぱねたくらいだ。


 姉たちは当然私の言い分なんて聞こうともしない。


 婚約者全員で口裏を合わせ、悲劇のヒロインよろしく、涙を流して私が言い寄ってきたと証言したそうだ。


「ああああああああ! もう嫌! ずっと砂! 砂! 砂!」


 そんなことがあり、私は永遠に続く砂漠を突き進んでいた。


 もちろん目的地は存在していて、それは"宝玉の羅針盤"という魔道具が指し示している。


「見てなさいよ……。絶対に痛い目に合わせてやるんだから」


 首から下げている羅針盤を強く握りしめ、不安定な足場を一歩、また一歩進んでいく。

 姉と婚約者たち、そして勘当を言い渡した父への復讐心を原動力にして。


 だけど、流石に私の体力が限界に近づいていた。

 太陽に照らされて、熱くなっている砂場で座り込み、残り僅かな食料を見つめる。


 お尻が焼けるように暑いけれど、日陰が見当たらないので仕方がない。


「あとこれだけ…か。早く村でも街でも見つけない……と…」


 干し肉を噛み締め、砂粒を一つ一つ数えていると、あれだけ明るかった地面が一瞬にして日陰へと変わった。


 雨でも降るのかと、期待して空を見上げた私の目の前には——


「い、いいいいいいやあああああああああああああああああああああああ」


 醜い魔獣の口が視界いっぱいに広がっていた。

 反撃する暇もなく、私の世界は、暗闇に包まれた。



 *



「——ん……つ、冷たい」


 魔獣の胃の中は案外、心地がよかった。

 体がひんやりと冷え、今日までの疲労が回復しているみたい。


 暗くて、涼しくて、静かで——


「おい嬢ちゃん」


 年老いた男性の声が聞こえた。

 私以外にも食べられた人がいる。


 まだぼやけている視界でも、老人が側にいることが分かった。


「嬢ちゃん、大丈夫か?目は覚めたか?」


「……あなたも魔獣の餌にされたの?」


「何を言っとる?ここはわしの家だ」


 老人の発言に驚き、眠たい目を擦った。

 彼の言う通り、確かに民家だった。


 そして声の主の老人は、体が汚れ、服はボロボロ。

 血と、胃液が混じったような悪臭を放っていた。


 その姿が私の不信感を煽り、体を強張らせる。


「……っ!あなた、私に何をしたの?」


「お、おいおい待ってくれ。わしは何もしておらんよ。砂漠の中で倒れとった嬢ちゃんを運んで来ただけさ」


 嘘だ。


 私の記憶と食い違う。

 倒れていた私を運んだだけだなんて、そんなの、信じられない。

 

 彼のそばには杖が置かれている。

 老人は魔法使いで、魔獣は幻覚に違いない。


「男ってみんなそうなのね。幻覚魔法まで使って何をしたの」


「……。まぁよい。そばに水と食料を置いておる。好きなだけ持って行くとよい」


 呆れた様子で答える老人の言う通り、私が座るベッドのそばには綺麗な水と食料が置かれていた。


 手早く荷物をまとめた後、その老人に冷たい視線を向け、静かに家を出た。


「うっ……最悪。私にまで変な匂いが移ってるじゃない」


 老人が私の体に何かしたのは明白だ。

 想像をしたくはなかったけれど、嫌でもその行為を考えてしまう。


 少しでも早く忘れるため、早々に村を出ることにした。




 運がいいことに、村の出口で体を洗うのにうってつけな水場を見つけた。


「まさか、砂漠のど真ん中の村に水場があるなんてね」


 体に染み付いた匂いを落としきると、来た道の方角から村人たちの悲鳴が聞こえてきた。

 悲鳴の原因は分からない。


 まぁ私には関係ないことだ。

 あんなことをする人がいる村なんて、早々に抜け出したい。


 けれど、風に乗る匂いが、今落としたはずのものと少し似ている。


 一瞬、あの老人の残り香かと思ったけど、これはもっと強烈で、誤魔化しようのない濃度だ。


 匂いに鈍感な人でも、この違いを見逃すことはできない。


「もしかして……」


 私は急ぎ足で来た道を戻った。

 

 すれ違う村人は全員、顔が恐怖で歪んでいる。

 この表情をする者は決まってを見た後だ。

 私が同じ顔をしたのは記憶に新しい。


 その時の記憶が、背筋を冷たくする。

 

「幻覚じゃなかったのね」


 老人の幻覚魔法だと思っていた魔獣は確かに目の前に存在していた。


 十数人を丸呑みできる首があり、顔は口のみで構成されている。

 その口で何十人もの村人を飲み込んだんだろう。

 腹は膨れ上がりかなり重そうに見える。


 私を食べた、あの魔獣だ。


「ほんと、嫌になるわ」


 荷物から杖を取り出し、魔獣に向け、ありったけの魔力を込め始める。


「おい! 嬢ちゃん! まだいたのか! 早く逃げなさい!!」


 あの老人が村人を引き連れ、魔獣のいる方角から走ってきた。


「はよ逃げないと!」


 老人、村人の前に立ち、再び杖を魔獣に向ける。


「不意打ちでなければあれくらい、どうってことないわ」


「な、なんじゃって!?」


 姉と婚約者たち、そして父への怒り。

 真実を見ようとしなかった自分への怒り。


 魔力と共に、全て杖の先へ集める。

 私の魔力に感づいた魔獣がこちらに口を向け、見るに耐えない腹を引きづりながらこちらに近づいてきた。


「お、おい!本当に大丈夫なのか!?わしでも倒せなかったんじゃぞ!」


「大丈夫」


 魔獣は涎を撒き散らしながら私の体に手を伸ばす。

 本当に酷い匂い。


 ついに魔獣は家一軒分の距離まで近づいてきた。

 口を涎と血で濡らした魔獣の姿が、嫌という程よく見える。


「本当に醜いわ、あなたも、私も!!」


 魔獣の手が私を捕まえる直前。

 その手、そして首の一部と次々に魔獣の体が私の魔力によって吹き飛んでいく。


「な、なんだこの魔法は……」


 驚く老人を尻目に、私は魔獣の姿が消えるのを確認すると、ストンと尻餅をついた。


「じょ、嬢ちゃん!だいじょぶかい?まさか本当に倒せるとは。すごいじゃないか!」


 老人は私の肩に手を置き、優しい目で私を見つめていた。


 あの時、その優しい目には、私の姿がどれほど醜く、残忍に写っていたんだろう。

 手の震えが止まらない。

 彼に向けた無思慮な行動が私の心に深く突き刺さった。


 真実を聞こうをもせず、老人を疑った私は、姉たちと同罪だ。

 私はその優しい手を、静かに肩から下ろした。


「おじいさん…私」


「どうした!?どこか痛むかの?」


 自分自身の醜さ、卑劣さを痛感し、心が押し潰れそうになる。

 

「さっきは、失礼な言動。態度をとってしまって……本当にごめんなさい」


 私はすぐに立ち上がり、老人に対し、頭を下げた。


 私の謝罪の言葉なんて、この心の優しい老人に対して軽すぎるかもしれない。

 彼の痛みを思うと、彼の目を見ることが怖くてしょうがない。


「嬢ちゃん顔を上げてくれないか」


 頭は上げられない。

 たとえ老人の願いでも。

 

 彼の目を見る資格は私にはない。


 そんな私の判断は老人に膝をつかせてしまった。

 

「あっ……」


 見上げる老人は、優しい表情をしていた。


「気にすることはないさ。娘がいた時はあんなことしょっちゅうだったよ。久しぶりに娘に会えたみたいで実は嬉しかったのさ」


「そんな、でも、私…」


 私の言葉と「それに」と遮り、老人は続けた。


「私の娘を殺した魔獣を倒してくれた嬢ちゃんを、責めたりできないよ。本当にありがとう」


「ありがとう。おじいさん。私、もうあんな風に人を傷つけるような真似しないわ」


「あぁ。それでいい。そうだ嬢ちゃん。名前を聞いてもいいかな?」


 老人はまた私の肩に手を置き、優しい表情で笑いかけてくれた。


「私の名前は…ただのアムリス」

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