第21話 ドルンドルンの罪
「それなら、絵の中に潜んでいるような奴に心当たりは?」
「絵画の中? それにも思い当たる節はないな。その者と、お主のその力とが関わりがあるのか?」
「まあ、ちょっとね」
グラサンが一体何者なのか、少なくとも奴が俺と関わりがあることは確かだ。だが、メルが知らないとなれば、いつも絵画の中に潜んでいるか、いずれにせよまともな奴ではないだろう。
「ようこそ、ドルンドルン邸へ」
思えばここへ誰かを招くのは初めてだ。また、前の人生でもそうだが、誰一人として自宅に招いたことが無かった気がする。休みの日は死んだように眠り続けるか、家事を消化するか、元気があれば風俗店を開拓するか。
そのような人生を送って来た俺が、突然このような少女を招くようになってしまった。全く不思議なものだ。俺は複雑そうな表情を浮かべた。
「ドルンドルン?」
「い、いや、何でもない。さあ、こっちだ」
パンドラへの鍵は肌身離さず持ち歩くことにしている。さすがの俺も植木鉢の下というのは頼りない。何かあったらリプリエに怒られてしまう。
メルがタペストリーの前で、
「ほう、お主、意外とまともな感性をしておるのじゃな」
「……メル、ここから先は、きっと俺とメルの秘密だ。約束してくれるな」
「うむ、しかし、一体何があるのだ。まさか、この絵の中に隠れ住むつもりか!?」
ある意味で惜しい。俺はメルに目配せをして、そっとタペストリーを
「これだ」
「おおっ!」
メルの顔が明るく輝く。喜怒哀楽の初々しさは全く子供のようだ。
「そして、これを、こうだ!」
俺は懐から恭しい所作で鍵を取り出すと、勢いよく鍵穴に差し入れた。
「おおっ、一体何があるのだ!」
メルの様を見ていると、思わず微笑ましくなってしまう。俺は小さな笑みを湛えて扉を開く。
「む、まさかこの扉は神託の門となっておるのか?」
神託の門とは地上へ向かう際の、鳥居の中にあるあの平面上の空間のことだ。確かに見た目は似通っている。いずれにせよ、メルの反応で俺は確信した。やはりこの世界は特別なのだ。
「違う空間に行くという意味では同じかも知れない」
俺はメルに目配せをして、まずは俺からパンドラへの扉を潜った。続いてメルも臆せずに飛び込む。途端に遥かなる大自然が姿を現した。
「ここは、地上?」
メルの反応は正直だ。生物がいない事を除けば、確かにそれは地上と見間違えても仕方がない。
「いや、ここは全く別の所だ。名前を、パンドラ」
リプリエを除けば、この地の名前を告げた相手はメルが初めてだ。俺はちょっとだけ恥ずかしいような、誇らしいような、複雑な気持ちに包まれた。
「パンドラ……、お主、やはり凄い奴じゃったか!」
メルの眩い眼差しを受けながら、俺がたじろいでいると、ふっとリプリエが現れた。
「なあに、騒がしい声がするわね」
突如として現れた妖精を前に、メルはただでさえまん丸な瞳を、更に皿の如く丸くした。
「な、な、なるほどのう、よく分からないけど理解したぞ」
その後、俺の僅かな説明の後、メルが自信なさげに言った。とはいえ話の流れは簡単だ。この悠久の大地に人間を運び込み、進化を促し、人間たちの街を作る。人間たちに技術発展を促すには、幾つかの試練を与えなければならない。
まずはこの自然が彼らにとっての試練となる。そして、それは巡り巡って、メルの力になることもあるかも知れない。
「それで、メルちゃんは、天候を、その、何というか、少しくらいは操作することが出来るの?」
リプリエも何となくメルの様子を察して、探りがてらに言葉を向けた。
「地上のように安定化の機構が働いていると難しいのじゃが、この場所のように、全く手つかずの環境であれば、少しくらいは出来る! ……はず」
そう言うとメルは小さく目を瞑り、神経を大気に集中させた。瞬間、規則性の無い風が一帯を強く吹き荒び、野の草花を押し倒して吹き荒んでいった。
「はあ、はあ。どうじゃ、なかなかのものじゃろう……。もし、この地のエネルギーが自ら回転し、天候を循環させる力があるとするならば、アタシももっと力を得られるはずだ」
「ハ、ハハ、凄いじゃないか、メル!」
彼女が起こしたのは、確かに神々からすると小さなものかも知れない。だが、元人間の俺からすると、それはまるで奇跡にも近い。
「まだまだ、力を得ることが出来ればこんなものではないぞ。そもそも、今の地上の環境では、アタシの力を上手く使いこなせないようになっておる。そして、それはドルンドルン、お主もそう思っておるのじゃろう?」
天候不順が悪天候を生み、それがまた様々な大気変動を齎し、力となって回り続ける。もちろんそこに限界はあるだろうが、しかしメルの言葉が必ずしも嘘ではないと俺は思っていた。
だが、ちょっとだけメルの言葉が引っ掛かる。
俺はそもそも、神々の力を使って風俗街を作りたいとは思うが、それを争いに使おうとは思っていない。メルはどことなく他の神々に対する劣等感からか、彼らに対抗心を燃やしているようにも見えるが、俺はそのような感情は抱いていない。
上級神の面々の力は確かに凄いだろう。しかし、果たして彼らが俺を敵対視し、排除しようなどと思うだろうか。
だが、それは決して
「どうするのだ、この世界に逃げ込むのか?」
メルが興味深そうな表情を浮かべて尋ねる。俺は今一つその質問の意味が分からなかった。
「逃げる?」
「さっきもゲイドリヒ様が言っておったろう。天界は確かにのんびりした所じゃが、さすがに限度がある。そろそろお主も覚悟を決めておいた方がいいと思ったまでじゃ。もしくは、何かしら他に道を見出すか」
ゲイドリヒの名前を前に、俺はその面影を思い出し、幾らか身震いがする思いだった。そして思い出されたのは、審判という言葉だ。
「……審判、と言っていたな」
「そうじゃ、お主の罪がどうなるのか、それを決める為の審判じゃ」
俺はどうにも話が怪しい方向に向かい始めたな、と感じた。しかし、何となく
気が付いていたことだ。俺がドルンドルンとして生きていく為に、その事実と向き合わなければならない。
「教えてくれ、俺はどういう事をしたんだ? そう、客観的な意見が欲しいんだ」
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