31

 少しでも遠回りしたくて、行儀良く廊下を渡る。

 窓を通れば一瞬で着く中庭も、ルールを守れば5分以上の隙間時間を生むことができた。その間で、なんとか心を落ち着かせる。

 中庭に着いて、顔を上げる。少し斜め上に傾いた視界に、細長い影が映った。

 無駄に細長いもやしっ子ーー松ちゃんは、大きな欠伸をして、静かであろう自習室個室に入っていった。


 ……サボってるじゃない。


 なんて思っても、大声を上げる気もしなければ、わざわざ出向いてまで注意する気にもならなかった。その代わり、【菩薩】には見つからないでよと祈った。ヤツに見つかった暁には、わざわざ報告してきて注意しろと言ってくるに違いない。

 誰も見てないのに、気づかなかったフリをするために視線を下ろす。地上では、菜園部が新入生にいい顔をしながら、仮体験の案内をしていた。うそぶく笑顔に、冷や汗が滲んでいる。チラチラとこちらを伺い見ていた目とかち合う。瞬時に相手の顔が凍った。それを見て、新入生が首を傾げた。

 一連の流れを見ながら、その元凶である自分にため息が溢れた。これが自分事じゃなければ、「とんだ嫌われ者ね」と言ってやったのに。

 1人が見れば、途端に目という目がこちらを見てくる。その全てから意識を逸らすべく、私は視線を泳がせた。そんな私に呼応するように、菜園部の連中は私に関わらせまいと、新入生の注意を無理矢理剥がしていく。とてもありがたい。

 全ての視線が逸れた頃、私はやっと一息つくことができた。入り口にもたれかかって、改めて中庭に集まった新入生たちを見やる。

 久々に見た若さ弾ける陽気さに、太陽の日差しとは違う眩さを感じた。どうしてあの爽やかさを泉くんや福田 綺ふくだ あやに感じなかったのだろうか。

 足元を見やれば、自分は影の中にいて。彼らはまるで、光降り注ぐ別世界にいるようだった。そんなところに、私の求めている人物はいるのだろうか。

 諦めとも未練ともつかない落胆に、ため息がこぼれる。

 そんな気持ちを押し黙らせるように、ポケットの携帯が震えた。ーー嫌な予感しかしない。

 無視を決め込んだ私を見透かしたように、また携帯が震える。

 現実逃避するように中庭を眺める。携帯は鳴り止まず、爽やかな空気の邪魔をする。また、彼らの視線がチラつき始めた。あまり長居すると、菜園部の舌打ちが聞こえてきそうな雰囲気を感じた。


 仕方ない。彼は居ないようだし。


 不快な振動は依然、太腿をくすぐり続けている。流石に、持ち込み禁止の携帯を、堂々と取り出すことは避けた方が良いだろう。

 場所を移そう。そう思って踵を返した瞬間ーー大きな影に覆われた。

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