第12話 桃花と咲耶、物憂げにランチを食す

 昼休みの二年三組の教室では、いつものように、桃花と咲耶が、向かい合って弁当を食べていた。


 ちなみに、桃花は母の作ってくれたり卵と照り焼きチキンのサンドウィッチ、咲耶は自分で作った弁当(おかずは卵焼き、唐揚げ、豚肉の生姜しょうが焼き、鮭の塩焼き、金平きんぴらレンコン、ほうれん草とコーンのバターいため、スパゲッティナポリタン、ブロッコリーと人参にんじんのサラダで、主食は大きめのおにぎり二個)だ。


 思わず『今日は運動会?』と訊ねたくなるほどのおかずの多さだが、咲耶にとっては、これくらいの量が通常だった。


 ――にもかかわらず、特に運動をしているわけでもない(いて言えば、朝晩の犬の散歩くらいか)のに、バランスの良いスタイルを保っていられるのだから、他の女生徒達からしたらたまらないだろう。


 必然的に、特に太りやすい体質の女子達などからは、羨望せんぼう嫉妬しっとの入り混じった視線を向けられてしまうのだ。


 今日も例外ではない。

 教室内で、弁当や購買のパンを食べている女生徒達は、『何よ、あのバカみたいな量? あれだけ食べて太らないってどーゆーことっ?』や、『キーッ! ホントに神様って不公平! のろってやるわ―ッ!』などと思いつつ、チラチラと咲耶を盗み見ている。


 一方、そんな女子達の視線にも一切気付くことなく、咲耶はモグモグと弁当を食べ進めていた。

 すると、


「咲耶ちゃん、昨夜ゆうべはごめんね? いきなりあんなこと相談して、びっくりさせちゃったよね……」


 突然、桃花が申し訳なさそうに謝って来て、咲耶はピタリと食べるのを止め、顔を上げて桃花を見た。


「べつに、桃花が謝ることじゃないだろう? 悪いのは、あの憎ったらしい仮面王子なんだからな」

「……ううん。わたしもいけなかったの。秋月くんに言われたこと、すぐに咲耶ちゃんに相談してればよかったんだけど……なんとなく言いづらくて、結局、夜になっちゃったし」


 いつもだったら、困ったことがあれば、即座そくざに咲耶に相談していた。

 昨日だって、龍生宅から車で送ってもらっている途中にでも、龍生から言われたことを、伝えていればよかったのだ。



 桃花は昨日の夜、


『実は、秋月くんに

 お試しで付き合ってって

 言われちゃったんだけど、

 付き合うって、具体的には

 どーすればいいのかな?』


 というメッセージを送っていた。


 秒の速度で、


『付き合う!?

 お試しって

 どーゆーことだ!?』


 咲耶から返信があったのだが、詳しい経緯けいいを説明すると、もう反対されてしまった。


『お試しだろうと何だろうと、

 付き合うなんて

 絶対反対だ!!』


『あの仮面王子、

 何を考えてるかさっぱり

 わからん! 危険だ!!』


『桃花にもしものことが

 あったら、私は

 どうすればいいんだ!?』


 付き合うとは、具体的にはどういうことなのかが知りたかっただけなのだが、それ以前に、付き合うこと自体を反対されてしまい、昨夜は結局、


『とにかく早まるな!

 秋月には、私が

 話をつけてやる!』


 ということになったのだった。



(咲耶ちゃんには心配掛けちゃうだろうけど、秋月くんが言ってたように、楠木くんの事情を知ってるのはわたしだけなんだし……。やっぱり、困ってる人をそのままになんてしておけない)



 そこでふと、桃花は結太の席へ視線を移した。


 彼の席には、今、誰も座っていない。

 昼休みになると同時に、結太は教室の外へと出て行ってしまい、それきり戻って来なかった。



(今までは、教室の自分の席で、パン食べてたのにな……。やっぱりわたしがいるせいで、教室には居辛いづらくなっちゃったのかな……)



 だとしたら、どうにかしなければ。


 このままずっと、結太に居心地いごこちの悪さを感じさせ続けるのは、桃花にとって耐えがたいことだった。


 桃花は意を決し、咲耶をまっすぐ見つめて口を開いた。


「あ……あのね、咲耶ちゃん。わたしやっぱり――」

「朝、秋月に会って来た」

「うん、そう。秋月く…………えっ!?」


 驚いて目を見開く桃花に、咲耶は浮かない顔で。


「あいつのことは、今でも完全に信じたわけじゃない。だが、桃花のことは、一応理解しているようだし……。その……だから、桃花がどうしても、奴と〝お試しのお付き合い〟とやらをしてみたいと言うのなら、私はもう、何も言わない。……いや、あいつが信用ならない奴だとハッキリしたのならば、即座に付き合いはやめさせる。しかし、奴の正体が定まらないうちは……これは、あいつにも言っておいたことだが――しばらくは、静観することにしたんだ」

「咲耶ちゃん――!」


 桃花の顔色が、ぱあっと明るくなった。

 何故なら桃花は今、『咲耶ちゃんが反対しても、わたし、秋月くんと〝お試しのお付き合い〟してみたい。ごめんね』と言おうとしていたのだ。


 心配してくれる咲耶には、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、その咲耶からGOゴーサインが出たのなら、もう安心だろう。


「ありがとう、咲耶ちゃん! わたし、付き合うとかって、まだよくわからないけど……出来る限り、頑張ってみるね!」


 ニコリと笑う桃花に釣られ、咲耶もかすかに笑みを浮かべたが、その笑顔は、どこかさびしげだった。


 咲耶は気分を変えるため、唐揚げや卵焼き、おにぎりなどを、次々に口へ放り込み、あっという間に弁当箱をからにしてしまうと、


「だがな、桃花。あの野郎が変なことしようとして来たら、すぐ私に言って来るんだぞ? 全力でボッコボコにしてやるからな!?」


 などと、物騒なことを言い放つのだった。

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