第6話 結太と咲耶、龍生と桃花の到着を待つ
龍生と桃花が、母屋に向かう途中で話し込んでいた頃。
龍之助と結太達は、まだテーブルを挟んで向かい合っていた。
そして二人共に、龍之助が龍生と桃花を母屋に呼び寄せたにもかかわらず、なかなか到着しないことが気掛かりで、
「いい加減落ち着かないか、ご両人。龍生も伊吹さんも、敷地の外にいるわけではないのだから、事故に
ソファに座って両腕を組んだ龍之助が、二人に言い聞かせるように語り掛ける。
二人はほぼ同時に、バシッと大きな音を響かせながら、両手でテーブルを叩いた。
「安心!? あの、いっつも何考えてるかわかんねー龍生と、人を疑うことを知らねー純粋な伊吹さんが、二人っきりなんだぞ!? 安心してられるワケねーだろーがッ!!」
「あの仮面王子が、純情可憐な桃花と二人きりで、何もせずにいられるはずあるまい!? 涼しい顔して、何かけしからんことをしようと、桃花の隙を狙っているに違いない!! 安心などしていられるかッ!!」
二人同時にまくし立てられたものだから、龍之助には二重放送のように聞こえてしまい、何を言っているのか、詳しいところまでは聞き取れなかった。
しかし、これだけはわかった。二人揃って、全くと言っていいほど、龍生に信頼を置いていないのだな――ということが。
同じクラスになったことがないという、咲耶の方だけならいざ知らず、幼い頃から知っている結太からも、ここまで信頼されていないとは。
龍之助はほんの少しだけ、孫の行く末が心配になった。
「だから、大丈夫だと言っとるだろう。先ほど、赤城に離れの様子を見に行かせた。じき、戻って来る。赤城には、『龍生が伊吹さんによからぬことをしそうになっていたら、割り込んで邪魔をしてやれ』と申し渡してある。二人が甘い
そう言って、龍之助がソファに寄り掛かった時だった。
「殿」
赤城の声が、部屋の外から聞こえた。
(………………〝との〟?)
咲耶の頭には、思いっきりクエスチョンマークが浮かんだが、結太はと思って隣を見ると、何故か、げんなりとした顔で龍之助と赤城をチラ見し、小さくため息をついていた。
(……なんだ? まるで、『また始まった』とでも言いたげな――)
結太の反応に、咲耶は微かに首をかしげる。
理由を訊ねたかったが、龍之助と赤城の動向も気になったので、ここは黙っていることにした。
「うむ、赤城か。――入れ」
龍之助が声を掛けると、ドアが音もなく開き、赤城が下方を見ながら入って来た。
足音もさせぬまま、素早く龍之助の
「離れの様子を探って参りました」
視線を下に向けたまま告げる。
龍之助はソファにふんぞり返り、いきなり
「うむ。……で? 二人は何をしておった?」
「はっ! 離れをお出になる時は、お二人
「て…っ、手を繋いでたぁああッ!?」
「っざけんなアンニャロォオオオーーーーーッ!!」
思わず椅子から立ち上がり、ギリギリと
「ほぅ。手を繋いで。……して、その後は?」
「はっ! 突然
「なにっ!? 抱き合っとったのか!? 抱き合っとったんだなっ!?」
「うわぁああああッ、嘘だぁあああああッ!! 誰か嘘だと言ってくれぇええええッ!!」
「あン…ッの、エロ仮面王子ぃいいい!!…………殺すッ!!」
赤城の衝撃的な報告に、三者三様の反応を見せる面々だったが、彼は淡々と報告を続ける。
「いえ。抱き合ってらしたわけではないようです。体近くに引き寄せられた伊吹様の肩に、若のお手が。それから、伊吹様の耳元付近に、若のお顔が近付き、何やら、内緒話のようなものを――」
「なにっ、内緒話となっ!?…………いやいや、違うだろう赤城? 口づけだ。口づけておったんだろう、伊吹さんの頬に? それとも、耳をパクッといっとったか、パクッと?」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら、
結太は、彼の言動が腹に
「何が『耳をパクッと』だ! このエロじじいッ!! 勝手な
(……ったく。さっきから聞いてりゃ、何一人で盛り上がってんだ、このじーさん? 孫が女の子連れて来たってことが、そんな浮かれるほど嬉しーのか?)
龍之助のことは昔から知っているが、こんな状態の彼を見るのは初めてだった。
オチャメな部分を見せつけて来ることは、たまーにありはしたが、エロ発言など聞いたこともない。
結太にとっては、〝見た目も中身も渋くてカッコイイ、たまにオチャメなおじいさん〟だったのだが……。
「フッフ、すまんすまん。少々調子に乗り過ぎたな。何せ、龍生が女子を連れて来るなど、初めてのことだったから、楽しくなってしまってな。我ながら、大人げない発言をした。許せ、結太」
素直に謝罪され、結太は、怒りの持って行き場を失った。
うっと詰まると、『まあ、わかりゃいーけどさ……』などとモゴモゴ言い、バツが悪そうにそっぽを向く。
すると、咲耶と目が合ってしまい、ここでも結太はうっと詰まり、慌てて目をそらせたのだが。
「なあ、ひとつ質問してもいいか?」
「……は?」
唐突に咲耶から訊ねられ、結太は間抜けた声を上げた。
「……な、なんだよ?」
結太にとっては、咲耶は未知の存在に等しい。
妙なことを訊かれなければいいのだがと、身構えていると、
「さっきから気になっていたんだが、ご老体と赤城さんとやらは、何をしているんだ?」
「……え、何してる……って?」
質問の意味がわからず、
「さっきから赤城さんは、『殿』だの『若』だの、急に言い始めただろう? ご老体はご老体で、急にソファにふんぞり返って、偉そうな言動し始めるし……。いったい、あれは何なんだ? おまえ、知ってるんだろう?」
結太は『ああ、そのことか』と、再びげんなりした顔をし、投げやりに言った。
「あれは、お遊びだよ、お遊び。たま~にだけど、急にやり始めるんだ、あの二人」
「……お遊び?」
「そー、お遊び。……じーさんが殿様になり切って、マサさんがお庭番になり切るとかってゆー遊び。要するに、時代劇ごっこだよ。それよか、殿様ごっこ、って言った方がいーかな?」
「……『時代劇ごっこ』……」
咲耶はそう言ったきり、しばらくぼーっとしていた。
大人が〝ごっこ〟遊びなどと、呆れているのだろう。
結太はそう思っていたのだが――。
「それは面白い!」
咲耶は瞳を輝かせ、意外過ぎる言葉を放った。
「………………は?」
「なるほど、そうか。お庭番だから、赤城さんは片膝をついて報告していたわけだな。ご老体がいきなりふんぞり返ったのは、殿様という立場を強調するためか。……ふむ。しかし、惜しいな。どうせ遊ぶなら、もっと本格的にやった方がいいんじゃないか? ご老体は和服だから、まだいいにしても、赤城さんはスーツだからな。イマイチ
「………………」
(こいつ……確か、いつも学年上位の成績だったと思うけど……。実は、勉強以外はバカなんじゃねーのか?)
一人でブツブツと話し続ける咲耶を見つめ、『これがあの、〝クールビューティー〟だの〝女王様〟だのと、陰で持ち上げられまくってる女の正体か……』と、結太は呆れ返っていた。
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