第3話 結太、敵陣で衝撃の事実を知る

 家に入ると、結太と咲耶は、一番手前の応接室のようなところに案内され、ソファに座るよううながされた。


 家の外見は純和風だったが、内装は和洋折衷せっちゅうらしい。

 その部屋には絨毯じゅうたんが敷かれ、天井からは、きらびやかなシャンデリアがぶら下がっていた。


 畳の部屋ばかりなのだろうと思っていた咲耶は、期待を裏切られ、拍子抜ひょうしぬけしてしまった。(ただし、良い意味でであるが)


 咲耶とて現代っ子だ。正座には慣れていない。

 通された部屋にソファがあって、内心、胸をで下ろしていた。


「今、茶菓子でも持って来させよう。くつろいで待っていなさい」


 龍之助は二人にそう告げると、自分も向かい側のソファに腰掛けた。

 結太は思わず立ち上がり、


「じーさんッ! 茶菓子なんかどーでもいーんだよ! 早く龍生に会わせてくれっ!」

「はい。私も同意見です。一刻も早く、桃花をこちらに呼び寄せてください」


 二人に前のめりで詰め寄られ、龍之助は『おやおや』という顔をしてみせたが、にわかにニィッと笑うと。


「まあ、落ち着きなさい、ご両人。離れに、今は龍生の両親はおらんが、その代わり、常に女中頭じょちゅうがしらひかえておる。龍生も、あやつにだけは頭が上がらんからな。……その、何と言ったか……ああ、伊吹さんだったな。伊吹さんに何かしようなどとは、今日のところは思わんはずだ」



(きょ…っ、今日のところは――ッ!?)



 二人はいっぺんに蒼ざめた。

 今日のところは――などと言われても、あっさりと納得出来るはずもない。


「何言ってんだよじーさんッ!? いっつも澄ましちゃいるけど、龍生だって、一応男なんだかんなっ!? 可憐かれんな伊吹さん前にして、ずっと冷静さを保ってられる保証なんて、どこにもねーだろーがッ!!」


 両手でテーブルをバンバンたたきつつ、結太がまくし立てれば、咲耶も負けじと声を張る。


「そーですよじーさ――っ、……もとい、秋月くんのお祖父様! お祖父様はまだご存じないので、無理もないかもしれませんが、桃花はそりゃもう、小柄で華奢きゃしゃで愛らしくて、笑顔は天使もかなうまいと思われるほど清らかで、瞬時に周囲の心を魅了みりょうし、いやしてしまうという、恐ろしいまでに純真な乙女なのですッ!! 言わば天使そのものなのですよッ!! そんな桃花と長いこと同室にいて、平常心保てる男なんているわけがないッ!! 私なら数秒と持ちませんねッ!!」


「…………え?」

「…………うん?」


 何故に咲耶が、『数秒と持』たないのだ?


 結太と龍之助が同時に首をかしげると、咲耶はハッと息をのみ、かすかに顔を赤らめた。


「……失礼。少々、興奮してしまったようです」


 龍之助は、『ふむ』と小声でつぶやきながら、親指と人差し指で、数回あごを撫でた。


 咲耶の暴走を目にし、先程の礼儀正しい態度は、ただの猫被ねこかぶりだったのだと気付いたのかもしれない。

 しかし、そのことについて、特に言及げんきゅうすることはなかった。


「フフッ。あやつもとうとう、家に女子おなごを連れ込むまでになったか。外では女子らにキャーキャー言われとると、年中報告を受けとるんだが、その割に、ちーとも浮いた話を聞かん。どうなっとるのか心配しておったんだが……。そうか、女子を家に……」


 満足げに何度もうなずき、龍之助はしきりに、フフフ、フフフフと笑っている。

 その浮かれっぷりを見ていたら、結太は無性にイラッとして来てしまった。文句を言ってやろうと、口を開き掛けたのだが……。


「うむ。龍生にとっては、その娘が初カノ、とやらになるのだな。……フフフ。どんな娘か、会うのが楽しみだ。……フム。やはり、私自ら茶菓子でも持って行って、様子を窺って来ようか。……ムフフフフ。いや、愉快ゆかい愉快」


 龍之助の能天気な発言に、結太はとうとう我慢出来なくなり、プチンとキレた。


「だーかーらっ! ちげーって言ってんだろッ!? 伊吹さんは龍生の彼女なんかじゃなくっ、オレの――っ」

「そうだ違うッ!! 桃花はただ、秋月に交際を申し込まれただけだ! 彼女というわけではないッ!!」

「そーそー! 龍生に交際を申し込っ――…………ん?…………え?」



(……今、こいつなんて言った?……『龍生に交際を申し込まれた』とか何とか……言ってなかったか?……え、誰に? 龍生が誰に、交際申し込んだって――?)



 思いもよらなかった咲耶の発言に、結太の頭は混乱した。

 混乱し、呆然として、隣にいる咲耶の顔に目をやると、咲耶は再び、赤鬼のような顔でまくし立てる。


「秋月の奴は今朝、迷惑もかえりみず桃花の家まで車で押し掛け、強引に同乗させ、駅に着くまでの車中で、桃花に交際を申し込んだそうです。ぬけぬけと! 何の断りもなくっ!! 私の目を盗んでわざわざ早朝をねらい、車中などという逃げられない空間に追い込んで交際を迫るなど、なんという卑怯ひきょうな男だろう!? なあっ、そうは思わないかご老体ろうたいっ!?」


 咲耶は前のめりだった体を、更に更に前へと押し出し、龍之助に詰め寄った。

 黙って話を聞いていた結太は、ついに耐えられなくなり、口をはさんだ。


「ちょ……っ、ちょっと待て! ちょっと待ってくれ頼むッ!!」

「はあっ!?――なんだ、ごちゃごちゃうるさいぞ? 私は今、ご老体に話を――」

「だからちょっと待ってくれって!! 龍生が伊吹さんに…………何だって?」

「……あぁ? 何だとはなんだ?」


 咲耶は思い切り眉を寄せ、いぶかるように目を細めた。『何言ってるんだこいつ?』とでも言いたげな顔だった。


「今っ、龍生が伊吹さんに交際を申し込んだとかなんとか、言ってなかったか?」

「ああ、言ったが?」


 即答で肯定こうていされ、結太はいよいよ青ざめた。

 聞き違いだと思いたかったが、どうやらそうではないらしい。


「……それ……マジか? ホントの話なのか? 冗談じゃなく?」

「こんな場で冗談を言うほど、私は悪趣味じゃないぞ。……正直、私だって信じたくはなかった。だが、秋月の口から直接聞いたんだ。桃花も否定しなかった」

「……う……そだろ……」



(龍生が伊吹さんに? いつの間にそんなことになってたんだ?……だって、龍生は昨日の放課後、俺に告白の練習しろって……。そのせいで、伊吹さんに……誤解、されて……)



 結太が桃花を好きだということは、龍生だって、ずっと前から知っていたはずだ。(何故なら、桃花に一目惚れした入学式の夜、結太が直接話したのだから)


 龍生だって、結太が一年間片想いしていたのをそばで見、進展がないのをじれったく思っていたからこそ、『告白の練習』を勧めて来たのではなかったのか?


 それなのに、何故――?

 結太の気持ちを知っていながら、何故……この期に及んで、抜け駆けのような真似を?


 ……わからない。


 いくら考えてもわからないなら……やはり、直接龍生に確かめるしかない。

 結太はグッと唇をんだ後、龍之助を睨み付けて宣言した。


「じーさん、今すぐ龍生に会わせろ! 会わせてくんねーってんなら、あんた無視して、このまま離れに押し掛ける!!」

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