夢を諦める私へ

夢を諦める私へ

眩しいスポットライトが照らす

季節に関係なく暑い光に汗が出る

踏むと少し軋む硬い板

声は遠くに響いていく

そんな舞台ステージの上を私は、諦められないでいる。


幼い頃、児童劇団に入っていた。入ったことに特別大きな理由はなく、親が入れたというだけ。物心ついた頃には、舞台ステージの上が私の遊び場だった。その割に特別な才能はなく、大学卒業まで続けていたそれで1番に選ばれることは1度もなかった。


舞台ステージの上で生きていきたくてたくさんのオーディションを受けた。演劇だけでなく、ドラマや映画のような映像演技に手を出したこともある。とにかく、芝居が大好きだった。


結局、どうにもならなくなって大学卒業と同時に諦め、芝居の世界から離れることを決めた。中には引き止めてくれる人もいたが、諦める人が多いその業界でそう多くはなかった。


_芝居から離れてもう随分である。私はもうすぐ30になる。未成年や20代前半の若年層の活躍が目立つ昨今に、舞台ステージの上を目指すには無理のある年齢になってしまった。


あの日諦めたはずの夢は諦められないまま、心の奥の奥にポツンと取り残されていて、たまに演劇を観に行っては、もう1度あそこに立ちたいと存在を主張する。


そんな時、たまたまあるオーディションを見つけた。大手の劇団の団員募集のオーディションだった。団員募集のオーディションには珍しく、応募資格は25歳から30歳。


大きなブランクがある。もうずっと芝居なんてしていない。ひたすら仕事をしていた。ボイストレーニングも体力作りも、諦めたはずの日以来やっていない。受からない可能性の方が高い。それでも最後のチャンスかもしれない。

“最後”という言葉が私を動かし、気づけばエントリーを終えていた。


オーディションは1ヶ月後、それまでに少しでもブランクを取り戻そうと、使うあてもなく貯めていたお金を使って、数年ぶりにボイスレッスンと演技指導を受け始めた。


久しぶりのお芝居はやっぱり楽しくて、仕事の後で疲れているはずなのに、レッスン中は全く疲れを感じず、ただただのめり込んだ。


夢中になる感覚を久しぶりに体感し、純粋にお芝居を楽しんでいた幼少期を思い出す。



__1ヶ月後。


ついにオーディションの当日である。オーディションで行うのは、自己PRと簡単な台本。

集まった参加者たちはみんな若々しく、自分も若く見えるように努力はしてきたが、30手前に見えるのなんて自分だけなのではないかと錯覚するほどだ。


オーディションはグループ面接のような形で進む。自分の番が近づくにつれて鼓動は高鳴り、体温が上がるのを感じる。オーディションでしか感じられない、緊張感と高揚感。久しぶりの感覚への不安と同時に、たまらない興奮を感じる。



__オーディションが終わった。100%納得ができたかと言われれば、ブランクがある分どうにもならないところはある。しかし、間違いなく最善は尽くせたであろう。今の自分ができる1番を出せたと思う。この受かることへの期待もまた、オーディションでしか感じられないのだ。大学の頃は、近づく就職活動や親からの期待にあまりにも焦っていて、こういう自分自身の素直な感情が見えていなかったのではないだろうか。今になってそんな気がした。



結果は、期待したものではなかった。やはり、映画や小説のようにはいかないらしい。仕方ないことだと思う。同じグループの参加者にもずっと上手い人がいた。1度諦めた自分が目指すには壁が高すぎたのだ。これでやっと諦めがついた。立ち止まったままの幼少期の自分は心の中から消えていた。これでもうあそこに立ちたいと思うことはないのだろう。やっと純粋に人のお芝居を楽しめるのだ。これ以上嬉しいことはない。自分の方が上手くできるのにとか、自分ならこう演じるなんてことを考えなくて良いのだ。きっと今まで以上に、観劇が楽しいものとなるに違いない。


不合格のメールをみて、見上げた空は青々と広がっていて。眺めていれば、その青は徐々にぼやける。


自分の人生をかけてきたものと、自分が何よりも大切にしてきたものと、お別れをするのだ。

不合格ということよりも、それが悲しくて仕方ない。


諦めることは怖い。芝居がなくなった自分は生きていけるのだろうか。そんな不安さえある。それでも、頭の中は妙にスッキリしていて、「やっと前を向けたんだね。」と小さな自分が笑っているような気がした。

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