生まれ落ちた世界で

海湖水

生まれ落ちた世界で

 私たちは、前の世界では死を選んだ。だから、次の世界では幸せを掴めるんだと、二人で幸せになるんだ。そう信じていた。


 「どうしたんだ?」


 横の席のクラスメイトが話しかけてきた。正直、名前すらも覚えていない、そんなやつ。私はその言葉を無視しようとした。だが、せっかく話しかけてくれたのに、全く返事しないというのも失礼だろう。そのため、私はそいつの方を向いて返事くらいはすることにした。


 「いや、別に。なにもないさ」


 そんなことを言われたそいつは、かける言葉を失っていた。ああ、悲しいことに誰かを私が好きになることはないんだ。だからこそ、小さな下心を持って話しかけてきたであろうその男が、少しかわいそうに思えてきた。


 昔は「俺」だった一人称も、いつのまにか「私」に変わっていた。

 あの時、幸せを誓い合った彼女は、今は傍にいない。

 新しく生まれ落ちた世界で、私は独り、誰にも理解できない感情を抱えて生きていた。



 少し遠くでクラスの男の話す声が聞こえる。先ほど話しかけてきたクラスメイトも、その話の輪に入っていた。


 「お前も振られちまったか~」

 「クッソ~!!やっぱり無理かよ……」


 あれを振られた、と捉えるなんて、なかなかマイナス思考だと思うが、実際に彼に好意など毛ほどもないのは事実である。勝手に諦めてくれた方がありがたい。

 私の見た目は悪い方ではない。実際にこの見た目のせいで、多くの迷惑をこうむってきた。この見た目はどうにも男の視線を引いてしまう。

 そのようなことがあるのならば、他の女から妬まれることがあるのではと思うだろう。だが、実際にそんなことはなかった。なぜなら、私はなぜか、女子からも人気があるからだ。

 多分、女たちは恋愛感情で私を見ているわけではない。多分、かわいいとか、そういう感情で見ているのだろう。だが、それが私にとっては、とてもありがたかった。男のみならず女からもそんな感情を向けられるなんて、とてもじゃないが、たまったものではない。



 「今日も一人か……」


 一人、夕焼けに照らされた道を、私はとぼとぼと歩いていた。他の生徒が話しかけてくるため、部活動なんてできたものではない。最終的には部活動にすら入らず、独りで家に帰る日々を過ごしていた。


 気づけば家への道も少しづつ終わろうとしていた。

 彼女の顔も声もなにもかも、今でも覚えている。だが、私以外には覚えている人は誰もいない。私の性別も、一人称も、姿も、何もかも変わってしまった。あの時、願いあった、記憶の中の彼女の姿は今も変わっていないというのに。

 今日も、独り。

 君はこの世界に生まれ落ちたのだろうか?

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