くしゃくしゃの校庭

箱庭織紙

くしゃくしゃの校庭

「なんだ、あれ?」


 とある日の昼休み。

 校庭で友達と駆け回っていた並川健太なみかわけんたは、不思議なもの……いや、不思議な現象を発見した。


 校庭の真ん中あたり、その一部が不自然に凹んでいた。

 まるで、蟻地獄のように。


 興味本位から健太はそのくぼみに近づき、覗き込もうとする。

 校庭に撒かれている砂の下はコンクリートだということを健太は知っていたので、単純に何故くぼみが生じるのか気になったが故の行動だった。

 しかし。


「うわっ!」


 くぼみのふちで足を滑らせ、片足をくぼみの中に突っ込んでしまう。

 足を抜こうとするが、びくともしない。


 やがて、健太が抜こうと奮闘するのとは反比例に、くぼみは健太の足をどんどん飲み込んでいった。

 片足の膝小僧辺りまで飲み込まれたことにより、ようやく健太は事態の異常性を認識する。


「だ、誰か! 助けて!」


 懸命に友達に向かって叫ぶが、何故かその声は友達に届いていないようだった。

 そうこうしているうちに、もう片方の足もくぼみに引きずり込まれ、ついに健太は腰の部分まで砂に埋まってしまった。


「うわああああ!? 助けて、助け……」


 健太の叫び声が悲鳴に変わった、その時だった。


「掴まれ!」


 突然目の前に、健太よりも大柄な大人に近い体型の少年が、健太に向かって手を差し伸べていた。

 迷わず健太は、その腕を掴む。


 すると少年は、片腕で健太の体を全て引き上げた。

 くぼみの横に転がり、震える健太。


「はぁっ、はぁっ……な、なんだこのくぼみ」

くしゃくしゃの校庭クランプル・ヤード、この校庭に宿った『能力』だよ」


 健太を心配するように隣にしゃがみ込んだ少年は、そう言った。


「くら……? 能力って、一体どういうことなの?」

「世の中には、たまに超常的な現象を起こす場所やモノ、人がいたりする。この校庭はそのうちの一つだ。まぁなんて言うかな、妖怪みたいなもんだよ」

「妖怪……ところで、お兄さんは誰なの?」

「俺は如月海斗きさらぎかいと。この小学校の卒業生だよ、今は高校生だ」


 健太にもう一度手を伸ばして立ち上がらせると、少年、いや、海斗はニコッと笑う。


「卒業生の人? この学校に何しに来たの……来たんですか?」

「敬語なんて使わなくていいよ。俺はこのくぼみに用があって来たんだ。かいつまんで言うなら、とある組織の命令でここの能力を倒しに来た」


 海斗は懐から名刺を取り出すと、健太に手渡す。

 難しそうな漢字が沢山並んでいたので、健太にはよくわからなかった。


「なんだかよくわからないけど、このくぼみみたいなのを直してくれるってコト?」

「そうそう、つまりはそういうことだ。そうだ、ここで会ったのも何かの縁だし、君も手伝ってくれると嬉しいな……えっと、名前は?」

「健太。並川健太」

「そうか。健太、今から俺の能力を君に分け与えるから、一緒にくぼみを直してくれないか?」


 そう言うと、海斗は右手に細長いスティック糊を出現させた。


 ― ― ― ― ―


 『整える糊レベリング・ペースト』。

 如月海斗の能力であるソレは、空間を整える能力を持つ。

 例えば階段を斜面にしたり、デコボコな砂利道をなだらかな地面にしたり。

 何らかの差がある空間を均一にならすことが出来ることから、今回のくしゃくしゃの校庭対策のため、組織は海斗を選抜した。


 よって、奇しくも海斗は、数年ぶりに母校の土を踏むことになったのだった。


 ― ― ― ― ―


「はい、君達に俺の能力を少しずつわける。この糊を持って、今から校庭の隅にそれぞれ向かってくれ」


 海斗は持っていた糊をいきなり四本に分裂させると、健太たち三人に渡した。

 「この校庭を鎮めるためには、四隅を封じる必要がある。だから後二人いる」という海斗の言葉を聞いて、健太が近くにいた友達を二人呼んだのだった。


「校庭の隅から別の隅まで、その糊で直線を引くんだ。そうすればくしゃくしゃの校庭の能力が『整地』されて、収まる」


 海斗は糊の蓋を開けると、試しに地面へスッと一本線を引いた。

 すると、周りの土がうねうねと激しく動いた後、やがて綺麗に動きを止める。

 線を引いた周りは、トンボを引いたようにならされていた。


「これが海斗さんの能力……」

「そう。君達三人、巻き込んじゃって悪いね。ホントは大人に頼むべきなんだけど、この学校の人間……というか大人に組織のことが知られるわけにはいかないんだ。だからこれは、俺達四人だけの秘密にしてもらえないか?」


 無言で頷く健太たち。

 組織という秘密を守るために大人に隠れて不思議な力を使う、というのは少年たちにはとても甘美なものに思えていたからだった。


「じゃあ、行こうか」


 海斗の言葉を合図に、四人は四方へと散った。


 ― ― ― ― ―


「よし、ここだな」


 健太は校庭の隅まで行くと、一番端の部分に糊を突き立てた。


「これを向こうの隅まで一気に……引っ張る!」


 地面に糊をつけたまま、向こうの隅まで健太は走り出した。

 前方を見ると、同じく海斗の指示に従った友達が、腰を低くして懸命に糊を地面に付けつつ走っていた。


「もう少し能力でのりを大きくするとか出来ないのか」という疑問はありつつも、健太は走っていく。

 後ろをちらっと振り返ると、のりをつけた地面が勢い良く動き、のりの整地能力によってならされようとしていた。


「これで!」


 地面が一定にならされつつ健太は向こう側の隅まで到達し、糊を塗り終えた。

 どうやら他の三人も塗り終えたようで、それぞれの隅で手を振っている。


「終わった……? おーい!」


 だが、その瞬間。


「な!?」


 校庭の中央に、巨大な渦を巻いた砂の竜巻が起こった。

 砂の竜巻は急激にその姿を肥大させ、高さは校舎よりも大きくなっていく。

 当然、竜巻付近にいた健太の同級生たちも竜巻にその体を巻き取られてしまっていた。


 阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる中、しかし校舎からは誰も出てこない。

 能力で起こった竜巻自体が見えてないのか、健太にはわからなかったが、このままだと外部からの助けは望めそうになかった。


 自分が持っている僅かな糊で、あの竜巻を整地できるのか健太は悩むが、立ち止まっている暇はなかった。

 竜巻に向かって走り出し、のりを地面に付けようとしたその時。


「待ってくれ健太! 俺が行く!」


 竜巻を避けながら海斗と友達が健太の下へ走り寄ると、海斗は健太の糊に手を当てた。

 すると、健太が持っていた糊は一瞬にして消え、代わりに海斗が持つ糊が一段と大きくなっていた。


 海斗の糊は、今や海斗の背丈よりも大きくなっており、錫杖のような形へと変化していた。


「最大限力を集中させると、この形になるんだ。ここまでこの校庭の能力が大きいとは思ってなかった……危ない目に遭わせた。ごめん」

「いや、そんな」

「後は俺が何とかする。健太たちは下がっててくれ」


 健太たちが竜巻から離れると同時に、海斗は空中へと飛び上がる。

 力を集中させているからなのか、眩い輝きを放つ錫杖のような糊を、竜巻に潜ってその中心部へと突き立てた。


「くらえっ!!」


 海斗は竜巻に沿うように、のりで大きな円を描く。

 すると、一瞬竜巻の動きが固まったのち、爆散して健太の友達らを一斉に吐き出した。


「うわっ!?」


 落ちてくる友達を避ける健太たち。

 地面に落ちた友達らは、それぞれ起き上がるものの竜巻に巻き込まれた、ということ自体をわかっていないようだった。


「もしかして……竜巻自体が見えてなかった?」

「恐らく健太の言う通りだ。普通の人間は能力が見えないものなんだよ。君達は俺の能力を分けたから別だけど」


 海斗は健太たちの横まで戻ると、そんなことを言った。


「ただ、健太。君だけは最初からくぼみが見えてたね」

「あっ……そういえば」

「どうやら君には、能力が覚醒する”素質”があるみたいだ……どうかな、俺が紹介するからさ、組織に入ってみないか?」


 きょとんとする健太に、海斗は手を差し出す。

 この時の健太は、これが後々能力にまつわる特殊な事件の始まりだとは、思ってもいなかった。

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