贄
三船が地を駆け、淳弥が木々を伝い追う。何人かの下忍が付いてくれたが、道中の僧兵を
目指すは飯盛山山頂、三船は僧兵を薙ぎ払いながら、淳弥は止めを刺しながら登る。
山頂には学園の物見櫓があるはずだった。学園背後の山の警護を担う場所だ。敵襲があればすぐさま鐘を鳴らし、撃退を試みるはず。鐘はならなかった。
つまり。
「……やられています」
二人の男子生徒が地に寝ていた。
正面からの突きを喉に受けているのが一人。
背後から首を掻き切られていると思われるのが一人。
「雷光の仕業か」
「おそらく。この二人は相応の手練でした。正面の攻撃をまともに受けることはありません。背後も取られない。顔を知っている二条でなければできなかったことです」
「もしくはよほどの早業か」
「考えにくいですが」
三船は二人の肩を順番に抱いた。
「
淳弥は何も言わなかった。三船は情が深い。流されるななどと、余計なことを言う気にはなれなかった。
「物見役はあと一人いたはずです」
「うん。だが痕跡が……」
振り向いたその時、空気を切り裂く鉛の弾丸が飛んできたのが、淳弥には視えた。
「三船!」言うより早く、三船の巨体を蹴飛ばした。二人がいたあとに、弾丸の青い筋が見える。
「視えましたか!?」
着弾と銃声が離れていない。すぐ近くだ。弾丸の筋を目で辿った。
「西だ!」
聞くが早いか、三船が豪声をあげ駆けた。木々を抜けながら目標へ猛進する。
見つけた。銃を構え、こちらを見ている僧兵がいる。その背後にもう一人。
三船が重心を低くするタイミングで次弾が放たれた。
三船には弾丸が見えない。だが音速を超えた弾丸を目で捉えることが出来なくとも、重心を下げ、的を小さくした今ならどこを狙っているかは予想できる。
彼の手甲には特殊な鋼が仕込まれている。硬く握った右腕を前に出し、盾にする。銃口から飛び出した鉛の玉が手甲にぶつかり、火花を散らして弾き飛ばされた。
跳弾が幹に当たり、芯が割れ、樹が悲鳴を上げるのが聞こえた。
射手が跳ね上がった銃口を再び構えた時には、すでに三船の腕は射手の首の骨を砕き、もう一人の目を潰していた。叫び声を上げられる前に拳で顎を砕く。
「まだ指揮している者がいるはずだ」
追いついた淳弥が聞いた。
「もう見つけました。北へ逃げています。金属音がうるさい。お頭は追ってください」
「お前は?」
ちらりと森の奥を見た。何者かが倒れている。
彼の優しいお頭は、何も言わず北へ跳んだ。
三船は倒れている生徒に近付いた。
「
血溜まりの中で動かない。が、三船には城戸の心臓の音が分かった。不規則に、自らの最後の遺志を伝えるかのような心音が続く。
息絶えるのは時間の問題だった。
「許せ」
心臓を止めた。
無論、涙は出ない。忍者は例外なく涙など枯れている。城戸にも涙の跡はなかった。潰された目からは血が流れているだけだ。
ただ、三船は、許しを乞うように亡骸を抱いた。
埋葬する時間は当然、悲しむ時間も本当はない。
三船が追い着いた時には戦闘は終わっていた。
通信端末を抱えたままの僧兵の死体に囲まれて、指揮官と思しき男が一人だけ残っている。
腰を抜かし、失禁していた。これから自分がしたことの報いを受けることに気付いている。
「こいつが
「うん。さっき命乞いした。もう
「……なるほど」
殉ずる気はない、と。
「聞いておいてくれ」
「……承知」
忍者も侍も僧も、自分自身の命は交渉材料にされない。もとより捨てているからだ。
しかし還俗したなら別である。命を惜しむものは、自らの命に縛られる。
自分の命、ひいては満足な五体や幸せな生活を人質にされるのだ。これまでの己の業を棚に上げるような虫のいい話など、ない。
「俺は戻る」
言って、淳弥はその場を離れた。
あとには怒れる鬼と惨めな贄だけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます