私は夢の中で彼氏ではない男性とキスをする

Ryo

第1話 最近見る不思議な夢


最近おかしな夢ばかり見る。

妙にリアルな夢だったり、あり得ない事が起きたりする。決まって最後はーーキスをする。


目が覚めて隣に眠る彼氏、悠太ゆうたの寝顔を見つめる。今日は講義がないから私の家で軽く飲んで、そのままの流れでセックスして寝た。スヤスヤと眠る悠太に抱きつくと、寝ぼけながらも抱き返してくれた。そして再び眠りにつく前に、先ほどの夢を思い出した。


みんなでアスレチックで遊ぶ夢だった。みんなというのは、普段遊ぶ友達だったり、もちろん悠太もいた。そしてそのアスレチックは本格的なもので、公園にあるようなものじゃなくてテレビでよくやるSASUKE的なのをカジュアルにした感じのものだった。高い所から飛び降りたり、ロープを伝って遊んだり、夢じゃないと出来ない事を色々していた。


その中に『彼』はいた。見知った人がいる中で、毎回一人だけ知らない人が混ざっていた。背が高く髪はサラサラと艶のある黒髪。顔には鼻から上がモヤがかかっているようで、見えるのは薄い唇とシャープな顎。口元が見えているので『彼』のなんとなくの表情は感じ取れた。綺麗な白いシャツと黒いパンツを穿いた彼はスタイルが良く見えた。


最初は私は友達と遊んでいて、そのうち『彼』も現れて、私は『彼』の方に走っていく。


「今日も会えた。」

「僕に会いたかったの?嬉しいな。」


悠太がすぐそばにいるのに、その男性に抱きつかれ私も背中に腕を回してそれに応える。身長が高い事で生まれる体格差のあるハグ。そのすっぽりと抱き込まれるようなハグに安心感を覚える。


「ねえ、高い所は平気?」

「うん、平気。」


本当は平気じゃなかったけど『彼』と一緒に居たいから嘘をついた。『彼』に手を引かれてアスレチックの一番高い所へ登っていく。


そして登り切った先はどこかの高層ビルの屋上だった。アスレチックに登っていたのに、いつの間にかビルの屋上に立って居て一緒に下を見下ろしている。リアルなら泣き叫んでいるような高さだけど、不思議と恐怖は無かった。


「高いね?」

「うん、すごく高い。」


『彼』が私の髪を一房取って口付ける。その仕草がとてもロマンチックで目が離せなかった。顔は見えないけどきっとすごく優しい顔をしているに違いない。『彼』は私の腰をとって言う。


「僕と一緒に落ちてくれる?」

「うん。どこまでも落ちてあげる。」


『彼』はにっと笑って私を抱きしめた。そしてゆっくり後ろへ倒れて私ごと落ちる。落ちている間も離れずに、私も離れないように強く抱きしめる。いつまで落下していくんだろう。『彼』越しに下を覗いてみても地上はまだ先のような感じがした。私には『彼』に話しかける余裕があった。


「あなたは誰?」

「誰でもないよ。綾乃あやのだけの僕。」

「名前はないの?」

「名前はないよ。」


さっきの夢はこんな話はしていない。私はいつからかまた夢を見ていたようだ。はっきり夢だと夢の中で気付けるのは今回が初めてだった。


「最近あなたの夢ばかり見る気がする。」

「それはきっと綾乃が僕に会いたいから。」


口元が優しく笑っている。毎日その唇とキスを交わしている。


「毎日あなたとキスする夢をみるの。」

「それはきっと綾乃が僕とキスしたいからだね。」

「そうかもしれない。」


これは夢だから浮気にはならない。きっとこの夢は私の理想の男性の夢を見ているだけなんだ。私は『彼』にキスをするために首元に腕を回し近寄り、ゆっくり唇を合わせた。


「もう終わっちゃうね。」


唇を離すと『彼』は寂しそうに唇を歪めていた。『彼』越しに地面がもうすぐそこまで来ている事に気付く。決まってキスをすると夢が終わってしまう。もっと『彼』と一緒に過ごしたいのに。もう一度強く抱きしめられる。夢だけどとてもリアルに肌の暖かさや抱きしめられてる腕の力が感じられた。


「また会える?」

「綾乃が夢を見てくれたら。」

「じゃあ、見るね。」


私がそういうと『彼』は満足してまた笑った。そして私を抱きしめたまま地面にぶつかったーーと思ったら、地面は水のように柔らかくて、深く沈んでいくような感覚。意識が遠くなって、眩しくて目が覚める。


「おはよう、綾乃。」


悠太が肘を付いて私の顔を見ていた。そして軽く口付ける。さっきの『彼』とのキスを思い出して、まるで浮気をしてしまったかのような罪悪感に苛まれる。あれは夢だからなんでもないのに。


「おはよう。悠太。」

「今日はどうする?家でのんびりするのもいいし、どこか買い物にでも行く?」

「昨日、ちょっと飲みすぎたから家でゆっくりしたいかな。」


頭がズキズキと痛んだ。昨日は確かに飲みすぎてしまった。それに夢を見るって事は眠りが浅い証拠でもあった。最近ずっと夢を見続けているので脳が疲れているのかもしれない。日の光から逃げるように布団に潜りこむ。もう少し眠りたいけど、また夢を見たらーー。そうなったら私はまた『彼』に会いに行ってしまう。


「コーヒー飲みたい……。」

「いいよ、待ってて。淹れてくるね。」


待っててと私が潜ってる布団の上からチュと音を立ててキスをして、悠太はコーヒーを淹れにキッチンへ向かった。優しくていつも甘やかしてくれる悠太になんの不満も持ってなかった。なのにどうしてあんな夢ばかりみるのだろう。


『彼』はよくわからない人だった。夢の中の人物にどんな人かっていうのもおかしいけど、私の見る夢で世界が全く変わるのに、『彼』だけは決まって同じ服装、同じ役割で登場してくる。周りの登場人物はその夢に合わせてドレスを着たり、警察の役割だったり、時にはメイド服だって着ているのに……。彼だけは決まって白シャツに黒のパンツ。そして顔が、鼻より上の顔が全く見えないのも彼だけだった。


どうして私が夢では『彼』に恋人のように接するのかも、どうして毎回キスをしたら目が覚めるのかも分からなかった。まるで眠り姫になった気分だった。夢の中でキスをされると現実で起きる。大学やバイトで疲れているのかもしれない。


私は布団の中で一度伸びをしてゆっくりと起き上がり、布団の上に座った。まだぼんやりする意識の中、悠太が淹れてくれているコーヒーのいい香りが頭をスッキリさせてくれる。


「お待たせ。二日酔い大丈夫?」

「ありがとう。もう少しゆっくりして、しんどかったら薬飲むかな。」

「うん、そうしよ。」


暖かいコーヒーを渡してくれてた悠太はそのまま私の後ろに座って、飲むのを邪魔しないように優しく抱きしめる。この人は私の事をすごく好きでいてくれてるし、私も悠太の事は大好きだった。サークルの新歓で酔った勢いで家に連れ込んでそのままやってしまった仲から始まったけれど、次の日シラフに戻った悠太は土下座をして責任取るとまで言い出した真面目な人だった。


そんな悠太が可愛くて付き合い始めて1年以上経った。お互い大学やバイトがない日は一緒に過ごしたりしていたらあっという間に月日は流れていた。

ちなみにサークルは完全に飲みサーだったので二人とも自然にフェードアウトしていった。お酒は好きだけど毎日飲み会を開くような人たちにはついていけなかった。変な先輩もいたし、お互いに異性に絡まれる相手を見るのは好ましくなかったので飲み会を断るようになって、ほとんど声がかからなくなった。


「悠太くすぐったい。」

「んー、綾乃の匂い落ち着くんだよね。」

「もう、溢れちゃうからっ!」


溢さないようにコーヒーを近くのテーブルに置いて、悠太に抱きしめてもらいながら横に倒れる。私の足の間に悠太の足が入ってきて、そのまま首元に顔をうずめてきて唇の感触がした。


「綾乃、好き?」


ふわふわとした髪が顔にかかってくすぐったい。甘える様に私を抱きしめる。


「うん好きだよ。」

「嬉しい。」


悠太は私を愛してくれてる。

なのに私は夢の中で別の男の人とキスをしている。

もしかしたらその夢は未来の何かを暗示しているのかもしれない。そう思って私は寝ながらスマホを取り夢占いの検索をかける。未来の何か暗示だとしたら、これから私は浮気をしてしまうって事なのかな。


「何か夢を見たの?」

「うん、ちょっと変な夢を見ちゃって。」


悠太に見られながら他の男性とキスをしたというキーワードを検索にかけずらいので、それは避けて調べてみる。


『アスレチック 男性 落ちる』


ーーアスレチックーー

開放感を求めているようです。適度な休息を心がけましょう。


ーー男性ーー

夢の中の見知らぬ男性はあなた自身の男っぽさを強調した人物像です。また理想の男性を表す事もあるでしょう


ーー落ちるーー

大きな恐怖心、不安を示します。


あまりいい夢ではなさそうだった。占いは信じないタイプだけど、こうも悪そうな事が書かれていると、自分では気づいてない不安や恐れを感じているのかもしれないと心配になる。後で悠太が見ていない所でキスをしたワードでも検索をかけてみよう。


「何か不安な事があるの?」


一緒に検索画面を見ていた悠太が私に聞いてくる。私はスマホの画面を消して体の向きをかえて悠太に向き合って抱きつく。悠太の体の暖かさを感じで心が落ち着く感じがする。


「来週提出しなきゃレポートがまだ終わってない事ぐらいかな。」

「それは早く終わらせないと。」

「後でやる。」


私の男っぽさを強調した人物像、または理想の男性ーー。確かに高身長で筋肉質な黒髪の男性は好みではある。だからこそ私もきっと夢の中で『彼』に抱きついたりキスをしたりしてしまうのかもしれない。少し罪悪感は残るものの、実際浮気をしたわけでもないし、その内夢も見なくなるだろうとそれ以上考えるのはやめた。


その日は一日中家で映画を見たり、一緒にゲームをしたりと休日をだらだらと過ごした。悠太は次の日朝からバイトがあるらしく夜には帰ってしまった。一人部屋にいる私はノートパソコンを開きぼちぼちとレポートを書き始めた。

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