第19話 「リスタルドを狙ってる」説
「あれこれあるとは思うけど、そう深刻な問題が起きると思ってないから、リスタルドは話してるんじゃないかしら」
「なるほどね。ま、それについては特に問題がないとしても……あなたがしっかり手綱を握ってないと。彼、優しすぎる傾向があるみたいだし、これからが大変かもよ」
「手綱?」
あまりいい言葉には聞こえない。
だいたい、人間が竜を御するなんて、あまりにおこがましくないだろうか。
リーベルは表現を変えて、聞き返した。
「あの、それってあたしがリスタルドの世話をするって意味?」
「あら、恋人ならそれくらいしないと」
その言葉に、リーベルは目を丸くした。
「こ、恋人? リスタルドとあたしはそんなじゃないわよ。大好きな友達ってだけ。だいたい、リスタルドは人ですらないのに恋人なんて」
「表現の仕方なんて、どうでもいいのよ。要は、どれだけ深い関係かってこと」
「だけど、竜と人間よ?」
「種族の違いなんて、当事者にすればそんなに大きな問題ではないんじゃなくて? 妖精と関係を結ぶ人間だっているんだし」
な、何だかテーズってば、あたし達のことをすごく誤解してるんじゃ……?
口には出せないが、この人、何を言ってるんだろう、とリーベルは思った。
「だけど、気を付けなさいね。優しいっていうのは聞こえはいいけど、時として相手を傷付けることがあるのよ。その優しさが自分に対してだけだと思っていたら、別の場所で別の誰かに向けられてたりするんだから」
えーと……前に工房でおばちゃん達が話してたっけ。思わせぶりな優しい態度をされると勘違いして、結局あの子の方が傷付くのよ、とか何とか。
あれ、誰の話かよくわかんなかったな。優しくされて喜んでいたら、自分の思っていたものと違ってショック……とかいうことかなって、その時は思ってたんだけど。
でも、優しいって悪いこと? あたしはリスタルドがみんなに優しいと嬉しいけどな。意地悪するリスタルドを見るのはいやだし。そもそも、そんなリスタルドなんて想像できないもん。
リーベルには、同じ言葉でも大人が考えている意味がよくわからない。
「それにしてもこの空間、妙な感じね」
獣避けのための火を起こし始めたテーズが、今更なことを言い出す。
「だって、異世界みたいなものだって、リスタルドも言ってたじゃない」
「私が言ってるのは、魔物よ」
「魔物が何?」
「結界を抜ける前、本当に来るのかって彼に念押しされたでしょ。だから、私としてはもっと危険な魔物が出る、と思ってたのよ。力試しにはいいだろうし、危なくなっても竜である彼がいるなら、多少のことは大丈夫だろうってね」
テーズは自分の魔法の腕を磨くため、自分を追い詰めるために旅をしていると話していた。
そんな目的を持つ彼女にすれば、竜の結界内に入ることは最高の修練場になると踏んだのだろう。
だが、今の言葉だと、本気で力試しをするつもりがあるのか、と言いたくなる。
彼がいるなら多少のことはって……それってリスタルドに甘えてるって言うか……リスタルドを利用してるって感じじゃない? そんなの、力試しにならないじゃない。危なくなったら助けてもらうって、都合よすぎだよ。
「実際、魔物が次々に現れて、こんなことで先へ行けるのかしらって少し不安に思ったわ。なのに、あれだけ出て来てた魔物が、彼が眠るとぱたっと出て来なくなった。妙な状況よね。こちらとしては、ありがたいけれど」
何が言いたいのかしら、この人。
「それじゃ、魔物がずっと出て来ないように、リスタルドはずっと眠ってろってテーズは言いたいの?」
リーベルは、ついそんなことを口にしてしまった。
聞き流しておけばいいのに、どこかカチンとくる言葉が所々にあって、言い返さずにはいられなくなったのだ。
「まさか。そうなって、嬉しいと思う?」
「……」
魔物が出ないようにとリスタルドが眠っていたら、自分達は後にも先にも行けないのだ。この地に縫い付けられたも同じ。
いくつかの偶然が重なれば、結界の外へ出られるかも知れないが、どこにも保証はない。間違っても、人間の力だけで先へ行くことは無理。
そんな状態は、彼女だって望んではいないはずだ。
「魔物が出なくてありがたいなら、それでいいじゃない。テーズも助かるでしょ」
「ええ、そうね」
リーベルの少し険のある言い方も気にしていないようで、テーズは軽く肩をすくめる。
最初は口数の少ない人だと思ったが、少し増えてきたと同時に何だか不快な言葉ばかりが出てくるみたいだ。
これ以上彼女と話をしたくなかったリーベルは、適当に木の実を食べると「あたしも疲れたから」と、さっさと眠ることにした。
☆☆☆
リスタルドが目を覚ますと、リーベルの顔がそこにあった。
昨日の朝とは違い、今朝は彼女の方が早く起きてリスタルドの顔を覗き込んでいたのだ。
彼が目を覚ましたと知ると、リーベルの顔に笑みが浮かぶ。
リーベルの笑顔って、見ていると嬉しくなるんだよね。他の誰でも、笑顔を向けられればもちろんそれなりに嬉しいんだけど。母さんやプレナがぼくに向ける笑顔って、ぼくの様子に
リスタルドは、昨日もリーベルを心配させたであろうことは覚えている。だから彼女の笑顔が母やプレナと同じく、安堵の感情が含まれていることもわかっている。
それでもなぜか、彼女の笑顔は見ていると嬉しくなるのだ。どこか太陽を思わせる。それはリーベルの金の髪のせいだけではないだろう。
「おはよう、リスタルド」
「おはよう、リーベル」
言ってから、リスタルドはゆっくりと起き上がった。
特に調子は悪くなさそうだ。こうなってしまうことにはもう慣れてしまったが、いつもとは場所が違うので、同じようにはならないことだってありえる。
だが、今のところは問題もなさそうだ。
「やっぱり休むのが一番なのね。寝る前にリスタルドの手を触ったらまた冷たくなってたけど、朝はもう温かくなってたから安心したわ」
力を使いすぎることでこうなる、と教えられても、やはり心配なものは心配だ。
冷たく、と言っても、前の夜ほどではなかった。ちょっと冷えてるな、という程度。
それでも、寝ている間に何か起きたりしないか、という心配はどうしたって消えなかった。
そばにカルーサやプレナがいれば大丈夫だろうと思えるが、今は誰もいないから何も聞けない。こうなるんだ、という話はリスタルドからしか聞けないのに、その彼が眠ってしまうのだから、心配するなという方が無理。
だから、こうしてちゃんと体温が戻ってきたことを確認すると、リーベルは心底ほっとする。
「うん。いつも、朝起きると何でもなかったように戻っているんだ。その
寝込まれるのも困るけど、そのけろっとした回復ぶりは何なのよ。
力の使いすぎで初めて倒れ、次の日に目を覚ましたリスタルドを見て、プレナが少しばかり憤慨した様子で口にした言葉だ。
その後も何度かあきれたような表情で、似た様なことを言ったりしている。
「うんうん、プレナの気持ち、わかるなー。冷たくなった時のリスタルドに初めて触れた時、本気でこっちの心臓が止まるかと思ったもん」
リスタルドだって、やりたくてやってる訳じゃない。リーベルだって、それはわかっている。
だが、苦しくなる程心配した分、文句の一つもつい出てしまうのだ。
ほっとしたからこそ、出る言葉。
「はは……ごめん」
リーベルの気持ちがわかるリスタルドとしては、苦笑するしかなかった。
「あれ、テーズは?」
「近くを散歩してるわ」
「散歩っ? いくら魔法使いでも、この周辺をあまり歩き回らない方が……」
初日に離ればなれになった時はともかく、意図的に一人になるなんて危険だ。何かあった時、リスタルドが駆け付けても間に合う保証などないのに。
「彼女、本気で『魔物はリスタルドを狙っている』説に自信があるみたい」
リスタルドと合流したら魔物が現れるようになり、リスタルドがダウンしたら何も出なくなった。
夜になってからは、獣よけも兼ねてずっと焚き火はしていたが、魔物が現れる気配はまるでなし。
魔物は、リスタルドを狙っている。
テーズは、完全にそう信じているようだ。
リスタルドの意識がない時や夜は襲って来ない理由など、細かい点についてはまだわからない。そもそも、竜を襲うという無謀なことをする、魔物達の意図が全く不明。
だが、狙いはリスタルドだと考えないと、テーズが一人になった時に魔物が全然現れなくなった理由は説明できない。
「昨日もそんな話はしていたけれど、彼女に襲いかかっている魔物だっていたよ」
「あたしもそう言ったわ。そしたらね、魔法使いで魔法の気配がするから、ついでみたいなものだろうって。要するに、魔物達がちょっと間違えたって感じじゃないか、なんて言ってたわ。鴉の時はともかく、昨日はあたしにちょっかいかける魔物も全然いなかったから、強い魔力に反応してるんだろうって」
人間の魔法使いと竜を、魔物が間違えるだろうか。それとも、魔法の気配がすれば適当に襲っておく方針でいるのか。
「だけど、竜の結界内で、どうして竜が襲われるのよ。まさか、人間の姿だとあっちは竜のことがわからない……って言うんじゃないわよねぇ? 魔物にだって、相手が持ってる魔力のレベルが高いか低いか、くらいはわかるでしょうし。リスタルドに……って言うか、竜に恨みでもあるのかしら」
竜に仲間を殺されたことがあって、竜を見たら報復とばかりに襲うのか。
それにしたって、襲って来る数が多すぎる。
「うん……それはぼくも不思議に思っていたんだけれど」
ふとリスタルドは、眠ってしまう前に現れた狐の魔物を思い出した。
あの時、狐は「今日は終わった」と言った。今は時間が経ち、新しい「今日」が始まっている。
と言うことは「今日は始まった」から、また新手が現れるかも知れない。
「リーベル、テーズを捜しに行こう。魔物がぼく狙いであっても、やっぱり心配だ」
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