歌うたいの聖女は追放された先でモフモフな冬の竜帝陛下から溺愛されています
遠梶満雪
第1話 出来損ないの歌うたい
「シア・アンバー。お前にはこの学院から出ていってもらう」
学長に重々しく告げられた言葉は、あまりにも私の心に辛くのしかかった。
寮の私の部屋から出てきた、と言われたコインの詰まった空き缶には当然見覚えがない。
しかし、それを証明する手段を私は持ち合わせていなかった。
「明日の朝には追い出す。貴様のような盗人に一晩でも寝床を与えることに感謝しろ」
私は力なく項垂れるしかない。何を言っても証拠がなければ聞いてはもらえないだろう。
私に掛けられた疑いは、学院の中にある大聖堂の奉納品を盗んだこと。
勿論、そんなことはしていないのだが、まるで犯人が私であると決めつけたかのように話は進んでいった。
「『歌うたい』としても出来が悪く、その上盗みまで働くとは。やはり貧民街育ちの孤児など迎え入れるべきではなかった」
ああ、そういうことか、と独りでに納得する。学長がどうしてこれほど一方的に責め立てるのか分かった。
「お前が歌うだけで、竜たちは暴れ、狂ってしまう。お前は呪われているのだ。シア・アンバー」
私が盗んだかどうかなどどうでもよいのだ。
ただ、目障りなのだ。
それだけが、私は悲しくて。
何も言えずに審問会は終わった。
──────────────────────
「無様ね。いい気味だわ」
「アメリ…………」
審問会の後、とぼとぼと廊下を歩いていると話しかけてくる人間がいた。
彼女の名はアメリ。私のことを目の敵にする、私と同じ、竜を鎮める『歌うたい』の見習いだ。
「気安く名前を呼ばないでちょうだい。性根の汚さが伝染るじゃない」
「私はやってない!」
自分を奮い立たせて反論するが、彼女は鼻で笑うだけだった。
「盗人は誰だってそう言うわね。…………でも、清々するわ。無能で、明るいばっかりで、ウザったくて仕方なかったもの」
息が詰まる。これは怒りなのか、悲しみなのか、分からなかった。
彼女は続ける。
「誰も庇ってくれなかったんでしょ? 随分と嫌われたものね」
「それはっ…………」
あなたが止めさせたからでしょ、と言いかけて遮られる。
「私に楯突くの? この、侯爵令嬢の私に? あ、ごめんなさいね。貧民街育ちのあなたには貴族のことなんて分からないものね」
私は拳を握りしめるだけだった。
彼女の家は長年強い影響力を持っている貴族の家で、今いる『歌うたい』の見習いたちの中では最も身分が高いそうだ。
アメリはいつもそれを鼻にかけているし、親の権力を振りかざして周りを威圧している。
だから私は彼女が嫌いだったし、彼女も身分の低い私を嫌っていた。
私が追いやられるのをアメリは心底嬉しそうに見ていた。
「ま、精々泥でも啜って生き延びたら? 悲劇の主人公気取りで死ぬより、こっちのほうが醜くてあなたにはお似合いよ!」
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『歌うたい』は竜を鎮める巫女だ。
私たちの住む王国には竜がいる。土地を守護する五頭の竜人と、彼らほどの力は持たない単純な竜種。後者であれば、人間よりも多いくらいだ。
人間たちは彼らと歌を使って意思疎通を取る。暴れる竜には諌める歌を、弱った竜には癒やしの歌を。そうして私たちの国は発展してきた。
その為の人々を育成し、国家のために役立てるのが学院だ。
卒業した者の行先は様々で、地方の教会や牧場に行くこともあれば、軍に入ったり放浪に出てしまうなんて人もいる。
特に成績優秀なものは偉大な五頭の竜────竜帝のもとへ行き、その眠りを補助する。気に入られれば王家の者より強い権力を手にすることさえある。
…………今の私には全て無縁のことであるが。
眠れぬ夜を過ごし、朝日も出ない内から学院を追い出された私は、着の身着のまま、行く宛もなく歩いていた。
いや、目標はある。学院からほど近い北の山脈を目指し、そこで雪に包まれて死んでしまおうと思ったのだ。
見知った王都の貧民街に戻るには路銀が足りない。
そして、既に私には、もう一度世界に食らいつくだけの気力はなかった。
空腹も感じないほどの苦痛の中、段々と冷えていく大気に安心さえ覚えた。
「…………ここでいいかな」
すっかり日も落ちた頃、雪も積もり始めた山中で、一際大きな木の下に腰を降ろす。
最期に、力尽きるまで歌を歌っていようと思った。歌うことは何よりも好きだったから。
こんなくだらない人生の中で、たった一つ輝いていたモノ。
歌声が綺麗だから、と学院に連れて行かれた日の喜びは今でもはっきりと覚えている。
「─────、─────────、────……」
暗い木々の隙間から、満天の星空を覗きながら、私は歌う。
一曲目、貧民街の子どもたちに歌ってあげた歌。
二曲目、これは学院で最初に教えてもらった歌。
三曲目、試験のために一生懸命練習していた歌。
四曲目…………段々、眠くなってきた。
「こんなところで眠ったら、ヒトは死んでしまうよ」
「……いいんです。そのために来たんですから」
…………誰だろう。もう、目も開かないや。返事をしてからそう思った。
「やっぱりいい歌だ。もう少しだけでも聞きたいな」
いい歌? 最後にそんな風に言われたのはいつだっただろう。
ふわりと抱き上げられた感触がある。しかし、暖かくはない。不思議な感覚だった。これが、死ぬということなのだろうか。
「僕はオーウェン。君は?」
「私……わたしは──────」
そう言ったきり、私は意識を失ってしまった。
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