私が選ぶのは

うめとう

第1話 私の選ぶ人


「私はここにユフィリア・オルスロッドとの婚約を破棄しエミリア・スペルドと婚約する!!」


学園の卒業パーティの最中、突如挙げられた声は会場内の人々の視線を集める

その中心には声を上げた男子生徒と側には肩を抱かれた女子生徒、その周りには3人の男子生徒がおり、件の男子は1人佇む女子生徒を指差している

彼らを囲うように人の波が動き、その成り行きを見守る


「……あの、殿下?これはなんの冗談ですの?」


少女…ユフィリアが男に問いかける、何故こんな事をするのかと


「冗談?これが冗談に見えるのか!?私は本気だ!」


馬鹿にされたと感じたのだろうか…男は声を荒げる

この男はこの国の第二王子、スターク・ミッドガルだ

彼とユフィリアは幼い頃よりの婚約者であった

しかし、スタークは小さい頃から口うるさく自分を嗜める彼女を疎んでいた


「ならばこそ、何故こんな愚かな事を…」


「私が何も知らないと思っているのか?」


スタークが自身を避けているのは知っている、けれどもこれは王家と公爵家で決めた婚約だ

王子自身が決められる話ではないそれを愚かと言ったのだが彼には伝わらない


「お前がエミリアを虐めていたのはすでに分かっている!」


「「は?」」


今、声が2つ上がった気がするがそれどころではない、ユフィリアは理解できなかった


「平民である彼女が私と親しくなっていく事に嫉妬したお前はエミリアを虐めた、暴言、窃盗、恐喝など様々な嫌がらせ行為、いや最早犯罪を犯しているのは調べがついている」


身に覚えのない事を言われた唖然となるユフィリア、周囲が騒めくのを感じ視線だけを左右に振る


「はぁ、殿下…ご自分が何を言っておいでか理解されていますか?私はそのような事をエミリアにした覚えはありません!我がオルスロッド家の家紋に誓ってもいい」


「白々しいぞ、ユフィリア!エミリアに対する非道の数々、そのような事をする貴様をこの国の王妃には出来ない!即刻、婚約は破棄させてもらう!」


まだ正式な王太子も決まっていないと言うのに次期国王にもうなったつもりなのだろうか…


「…この婚約は王家と公爵家で取り決めた事です、殿下の一存でそれが叶うと?まさか、陛下も承知なのですか?」


否定するのも面倒になったユフィリアは国王がまさかとは思うが良いと言ったのかを確認する


「父上には後程お話しするつもりだ、お前の悪行の数々を知れば私の判断に間違いがないと知るだろう」


「……ここまでとは正直貴方を見誤っていましたわ」


額に手を当てるユフィリアに対してスタークは勝ち誇った顔で


「ふん、今更自らの行いを悔いた所で手遅れだ、私はエミリアと新たに婚約する!お前は必要ない!」


「はぁ、分かりましたわ…殿下、最早ここまでくれば私から言うことは何もありません」


呆れた声で自らを言われのない罪で糾弾する男に問いかけるのはユフィリア・オルスロッド公爵令嬢だ

この国で王家の次に権力がありこの国には欠かせない家、そこに生まれた若く美しい天才、長い銀髪を煌めかせ、燃えるような紅い瞳を持ち、優雅で凛々しいその姿は令嬢たちの中でも憧れの的となっていた

そんな彼女は勉学、政治学、社交性、品格…どれを取っても誰にも劣らない能力

その有能性から王家によってスタークとの婚約を持ち込まれた

対してスタークはある程度の能力はあるが兄である第一王子よりも劣っており、優秀かと言われればそうではない、更にその傲慢な振る舞いからも周囲からの評価もよくはない

しかし、それを知らぬスタークは取り巻きたちから持ち上げられ己の力を見誤る…次期王は自分だと疑わない

それが、足りない部分を補って余りある公爵家の才女たるユフィリアとの婚約が必須条件であるとも知らずに…

更にもう一つ彼の勘違いがある


「さぁ!エミリア、邪魔な女はこれでいなくなる私と共にこの国を栄えさせようではないか!」


「え?嫌ですけど?」


「………………………………は?」


「ぷっ!」


自らが国王にそして王妃にエミリアがなると疑わないスタークの言葉を拒否するエミリア、スタークは何を言われたのか理解出来ずに固まる

そのやりとを見ていた野次馬生徒達がたまらずに吹き出す


「…っな、何を言っているんだ?エミリア?」


「殿下こそ先程から何を言っておられるのですか?」


肩に置かれた手を払い歩む、ユフィリアの側に一歩後ろに立つ彼女は誰からの目にも分かるように声を大きく


「私はユフィリア様の従者です、我が敬愛する主人を侮辱しありもしない罪で貶めようとする者と一緒になるバスがないでしょう?そもそも、貴方を良く思ったことなどありません」


「な、な、……」


「はぁ、エミリア…貴方はまだ私の従者ではないでしょう、それは卒業後にお父様の許可を貰わないと…気が早いですわよ」


「何を仰いますか、私がこの日をどれほど待ち望んだことか、ユフィリア様はご存知のはずです」


「あら、今日を楽しみにしていたのは私もですわよ?貴方こそ、理解しているのではなくて?」


2人の仲睦まじいやりとりは誰からの目にも明らかな仲のいい主人と従者以上の関係に見える


「エ、エミリアはユフィリアに虐められていたのでは…」


状況に理解が及ばないスタークに対してエミリアはまるで虫を見るかの如く、冷えた目で口を開こうとするがユフィリアが手を上げて制す


「そんな事あるはずがないでしょう?エミリアは私が最も信頼の置く者ですわよ?そもそも先程から黙って聞いていれば訳のわからない事をベラベラと…殿下はご自身の恥を自ら披露している事にお気づきではないのですか?」


「は、恥だと!?」


「本当にこれほどとは…貴方もその取り巻きも理解出来ないとは」


「ふざけるな!私を誰だと思っている!?私は次期王だぞ!そして、彼らはその従者だ!お前如きが侮辱していい者達ではない!」


「…………貴様こそ誰に向かってその言葉を発しているのですか?」


貼り付けていた笑顔の仮面を外し表情を消したユフィリアは正に凍てつく視線で彼らを見る

その迫力にスターク達は息を呑み、動けなくなった


「たかだか第二王子とその取り巻きの分際でこの国を支えるオルスロッド家の私にありもしない事を次々と…この能無しの無礼者どもが、何よりも私の最も大切なエミリアの肩を断りもなく抱き、あまつさせ本人が望んでいないのに婚約などと…命が要らないようですわね」


「ひっ!」


「そ、そんな…ユフィリア様…最も大切などと、もったいなきお言葉です」


スタークは腰を抜かし怯えた目で、片やエミリアは頬を赤く染め羨望の眼差しでユフィリアを見つめる


「そもそも、お前が王だと?私との婚約を解消したお前が王になれるわけないでしょう?貴方のお兄様と肩を並べられたのは私との婚約があったからですわ、即ちオルスロッド家の後ろ盾を自ら手放した愚かな王子には最早同類以外は誰も見向きもしなくなるでしょう、我が家の力があってこそ貴方が王太子になる可能性が産まれていたのにそれを理解すらしていないとは、多少有能だと思っていたのですが、私もまだまだですわね、ここまで愚かとは…あぁ、もう取り消しは出来ませんからね、この事はお父様と陛下にもお伝えしますから、そして、今後一切私のエミリアにちょっかいをかけないでくださいまし、命の保証は致しませんわよ…それでは、ご機嫌よう…行きますわよ、エミリア」


「は、はい!ユフィリア様!貴方様のエミリアはどこまでもついて行きます!」



会場を出て家に戻る前に城へ向かう、今回の事の些細を国王に報告するためである

馬車に乗り込むユフィリアに続きエミリアも登場する


「どうして貴方まで付いてくるのですか?先に屋敷に行っていてよろしいのに」


「何も仰いますか、ユフィリア様がいる所が私のいる場所です」


「全く……それよりエミリア、今は2人きりよ?」


「あ…えへへ、卒業おめでとうユフィ」


「貴方も卒業おめでとう、エミ」


手を重ね額を合わせる


「ふふ、貴方と出会ってもう10年以上経つわね」


「12年と4ヶ月ですよ」


「懐かしいわね…」


「はい…あの時はお母さんが死んじゃって1人だった私をユフィが見つけてくれたのよね」


「ふふ、貴方を見つけた時何故か連れて行かなければいけないと思ったのよ、魅了でもされてしまったかしら?」


2人は幼い頃に出会った、幼くして母を亡くし身寄りがなく当てもなく彷徨っていた所をユフィリアに拾ってもらい、公爵家で住み込みで働きだした、そしてその給金を学費に当て学園に入学した

エミリアはユフィリアに恩義以上の感情を抱いており、従者として当主に願い出ているが平民であるエミリアに許可を出さずにいたが、ユフィリア自身もエミリアを従者として望み、条件を出す事で説得した

その条件とは学園での生活の間2人の接触を禁止した


「魅了は私がされてるよ、ふふ、お屋敷では会えていたけど学園では全然だったから寂しかったよ」


「私もよ…それよりも、エミリア…どうしてあの愚か者は貴方を婚約者にしようとしていたの?貴方から近づいたとは思っていないけれど」


「あーなんと言いますか、実は旦那様から…」


「お父様から?」


オルスロッド公爵はそもそも、スタークとユフィリアの婚約には否定的だった、しかし王家…国王から強く望まれ、公爵が折れた

ただスタークの素行の悪さに更なる疑念を募らせた公爵が学園での調査をエミリアに依頼、その為スタークに近づいたエミリアは好かれてしまった

王子というブランドに群がる令嬢達と違い任務という事でただの観察をする為に近寄ったエミリアには下心や思惑はなくそれがありのままの自分を見てくれているという都合のいい勘違いをしてしまったのだ

だが、そもそも、エミリアはユフィリア一筋の為一切の希望は初めからないのであった


「そうですか、お父様が…私のエミリアに害虫に近づけなどと…ふ、ふふふふ…帰ったら…」


「ユ、ユフィ…落ち着いて」


「エミ、貴方は私の従者、私のそばから決して離れることなど許しませんからね」


「勿論、この命が尽きるまで貴方の側に…我が主」


揺れる馬車の中で身を寄せ合う2人は城に着くまで寄り添った



その後ユフィリアからの報告で第二王子との婚約は解消、スタークは廃嫡となった

そして、第一王子と婚約後、王妃に就いたユフィリアの側には常に従者がいたという

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