なんとなく幼馴染の純粋なやつが書きたいなって

薄明 黎

プロローグ

「おーい、小莉。起きろー」


 そう言いながら、少年――朝霧あさぎり奏太そうたは布団にうずくまっているマリと呼ばれた少女――日高ひだか小莉まり


「あと五分、五分だけ」


 より一層布団に潜り込んだ小莉に、奏太は大きくため息をつく


「すでに七時半過ぎなんだが、分かってるか?」


「え……?」


「すでに七時三十二分です」


 貼り付けたような笑みでそう言った奏太に、小莉は数秒フリーズし


「うわぁぁぁぁぁ、やばい遅刻するじゃん!」


「俺は知らない。とりま、はよ着替えて、行くぞ」


「うん、わかった」


 そう言って部屋を出た彼はリビングへ降りていく。


「奏太君、いつもありがとうね」


「いいっすよ、こっちもいつもコーヒーとか頂いてるんで」


 奏太と小莉の母が話していると、二階からドタバタと小莉が下りてきた。


「ちょっと何、優雅にコーヒー飲んでるの?行くよ!」


「はぁ、寝坊してたのはどっちだよ……」


 その場で足踏みする小莉に、奏太は渋々コーヒーを飲み干し、キッチンへもっていった。


「小莉、奏太君、行ってらっしゃい」


「「いってきます!」」


 そう言ってドアも締まり切らぬうちに走り出した二人。


 小走りで住宅街を通り抜けた二人は、ギリギリで電車に乗り込むことができた。

 これを逃すと遅刻ルート確定なので、そろって安堵の息を吐く。

 

「それにしても奏太早すぎでしょ、もうちょっと気を遣ってゆっくり走るとかはないの?」


 駅までの道のりにおいて、軽く駆け足で先を行く奏太を全力で追いかけていた小莉は息を整えながら文句を言う


「うん、ない」


「即答」


「だってお前が寝坊したせいじゃん」


「うぅ……でも、身長の差とかもあるしね?」


 奏太の身長は同年代男子の中でも高い方なのに対し、小莉は女子の中でも小柄な方で、確かに身長差は大きく、それに比例して歩幅の差も大きいだろう。だが、奏太それを一蹴し


「いや、この電車乗り遅れたら終わってただろ」


「そうだけどさ、ね、女子に優しくしないとモテないよ?」


「うん、そうだね『女子』には優しくしないとね」


「流石にひどくない⁉」


 そう言いながらポコポコと奏太の胸を殴る小莉、痛みこそないものの、こそばゆい感覚になってきたようで


「すまんて、謝るからそれはやめてくれ」


「まぁ、許してやろうぞ」


 ◇  ◇  ◇


「やぁやぁ、遅刻コンビの奏太さん、小莉さん」


「今日も小莉の寝坊か?」


「おう、そうだな」


「いや、信号引っかからなければ間に合っていたから、私のせいじゃないでしょ」


 結局、学校まで走ったはいいものの、すべての信号にことごとく引っ掛かってしまった二人は遅刻してしまった。

 お叱りを受け、HR終わりの教室で、友達の小笠原おがさわらかい住吉すみよし玲花れいかに茶化されていた。


「いや、完全に小莉がわるいだろ」


「そーだな、日高がわるい」


「もう、みんなして」


 プクゥと頬を膨らませてすねたようにそう言った小莉であった。


 ◇  ◇  ◇


「お邪魔しまーす」


「こんにちは、小莉ちゃん」


 その日の放課後、いつも通り奏太の家にやってきた小莉は奏太の母に軽く挨拶をした。そして、階段を駆け上がり、奏太の部屋の扉を勢いよく開ける。

 奏太はドンッという音にビックッとしながらも、あきれたように


「あのなぁ、俺は毎回優しく開けろって言ってるよな」


「まぁ……気にするな」


「いや、こっちの台詞……というか、こっちの台詞ですらねぇな」


「それで今何してるの?」


「見ればわかるだろ、アンパ〇マンのパズルやってる」


 高校生になってから初めて聞いたであろう単語に、小莉の頭はフリーズした


「え?なんて?」


「アンパ〇マンのパズル」


「なんで?」


「なんか物置部屋行ったら何個かあってさ、今4枚目」


 彼の手元を見てみると、幼児向けアニメのパズルが積み重なっていた。

 それを見ると、誰だって思うことを小莉が代弁してくれた


「いや、暇か」


「実際、暇」


「じゃあ、キャッチボールしたい」


「いいが、どうした急に」


「体育のソフトボールのテストが来週にあって、ちょっと成績ヤバいのよね」


「まぁ、だろうな」


「いや、ひどくない?」


「だって、毎回そうじゃん」


「うぅ、反論できない。まぁ、とりあえず行こ」


「わかった、ちょっとボールとグローブとってくるから待っとけ」


 ◇  ◇  ◇


「変なところ飛ばすなよ?」


「うん」


 二人はグローブをもって、近くの河川敷にやってきた

 そこそこ大きな幅の緑地は今の時間帯、子供たちが使っているため、少し隅の方で練習を始めた。


 それから数十分の時が過ぎ、そろそろ日没といったところで、帰ろうとしたときのことだった。


「ねえ、あれってどうかしたのかな?」


 二人の視界にはしゃがみ込んで泣いている一人の少女が映っていた。

 見る限り小2,3ぐらいだろうか。


 小莉は何も躊躇もなく近づいていき、優しく声をかける。


「きみ、どうしたの?」


「えーっと、えーっと、おばあちゃんからもらったね、手袋をね……なくしちゃったの」


 泣きそうになりながらそう言った少女の話を聞いて、小莉と奏太は目を合わせ頷く


「じゃあ、一緒に探そうか」


「いいの?もう帰らなきゃいけない時間だよ?」


「お姉ちゃんたちは大丈夫だからね、まずどんな手袋かを教えてくれないかな?」


「赤と白でシマシマしてるの」


「どこでなくしたんだ?」


「えっとね、このあたりでねリンちゃんと遊んでたの、それでね、その時に汚れちゃダメだって思って、それで……」


 そう言って、またなくしてしまったということを強く自覚してしまったようで、泣き出してしまった。


 小莉と奏太はあたふたしながら彼女を泣き止ませる。そして、少女を連れて探し始めたが、緑地には無く、三人は川辺に降りて探していた。


「あ、あれじゃない?」


 そう言って、おもむろに駆け出した小莉だったが、忘れてはならないことがある、ここは川辺で、足元は不安定な石である。

 彼女がその手袋を手にしたとき、身体のバランスが崩れ、前に倒れていく。

 小莉自身何が起こっているのか分からず、ただ倒れないように踏みとどまろうとしたその時、足首に痛みが走る。

 そのあとはもうおわかりの通り、鈍い音を立てて水にしりもちをついた。


「小莉!大丈夫か?」


「お姉ちゃん大丈夫?」


「あはは、ちょっとやっちゃったね」


 苦笑いしながら、手に持った手袋を掲げる小莉。滅茶苦茶浅く、ビショビショというわけではないが、十一月の川の水は体にしみるほど冷たい


 差し伸べられた奏太の手をとり、立ち上がった小莉は少女に手袋を渡した。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 すでに暗くなってきた空のした、ニコッと笑った少女に手を振りながら帰っていった。


「こうして、少女の笑顔は守られたのであった」


「セルフナレーションしてる暇あったら帰るぞ、そのままだと風邪ひきかねん」


 そう言いつつ、奏太は自分の着ていたジャンバーを小莉に羽織らせ、足を踏み出したが、小莉はその場に立って、下を見ていた。


「どうした、小莉?」


「いや、さっき足挫いちゃったみたいでさ。ちょっとヤバい」


「マジかよ、まぁ、ほれ」


 そう言って、奏太は小莉の前でしゃがみ、小莉をおんぶした。


「それにしても、ソフトむずい」


「確かにあれはムズイわ、野球とは違った難しさがある」


 そんなことを話しながら、薄暗い空の下二人は家路についた。

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